報告書は、正直すぎると嫌われる
王都管理局の報告室は、やはり静かだった。
紙の擦れる音と、ペンの走る音しかしない。
「以上が、今回の清掃結果です」
ユウキは、いつもの調子で報告書を差し出した。
内容は簡潔だ。撤去した罠、封印した危険物、再利用可能な資材の数。そして最後に、備考欄。
「……備考、多くない?」
ミーナが小声で言う。
「思ったこと全部書いたら、こうなった」
「それ、役所的に一番面倒なやつよ」
向かい側では、エルディン=クロウが無言で紙をめくっていた。
表情は変わらない。だが、ページをめくる速度が、明らかに遅い。
「管理外ダンジョン、第一層から第三層まで。罠の残骸三十二。危険物七。封印処理済み……」
淡々と読み上げたあと、指が止まった。
「……未割当物件?」
「はい」
ユウキは素直に答える。「よく分からなかったので、とりあえず拾いました」
室内が、一瞬だけ静まり返る。
「“とりあえず”?」
「ええ。“とりあえず”です」
エルディンは報告書から顔を上げ、ユウキを見る。
「それは、処理マニュアルに存在しない判断だ」
「そうだと思います」
「通常は、放置か廃棄だ」
「そうでしょうね」
二人の会話は噛み合っているようで、どこかズレていた。
「……危険は?」
「今のところ、特に」
ユウキは首を傾げる。「だから余計に嫌な感じです」
「正直だな」
それは皮肉でも、評価でもなかった。
「管理局としては、危険が確認されない物件は保留扱いにする」
エルディンは淡々と言う。「だが、その判断を現場で行った例は、記録にない」
「じゃあ、初ですね」
「そうなる」
レオルが思わず口を挟んだ。
「それ、まずくないんですか?」
「まずいかどうかは、今後次第だ」
エルディンは書類を閉じ、別の紙を取り出した。
「追加依頼を出す」
「もうですか?」
「報告書が想定より正確だった。管理局は、正確な報告を嫌わない。困るだけだ」
「嫌ってるじゃないですか」
「嫌ってはいない。対応が増えるだけだ」
ミーナがため息をつく。
「つまり、仕事が増えるのね」
「そうだ」
エルディンは何事もないように続けた。
「次は、同系統の管理外区画だ。規模は小さいが、放置期間が長い」
「また清掃ですね」
「清掃だ」
断言は変わらない。
ユウキは報告書の控えを受け取り、軽く伸びをした。
「分かりました。拾って、片付けて、正直に書きます」
「それでいい」
エルディンは一瞬だけ視線を落とし、付け加えた。
「……正直すぎるのも、記録対象だがな」
ユウキは苦笑した。
どうやら、自分は管理局にとっても面倒な存在らしい。
次の管理外区画は、前回よりさらに地味だった。
入口の表示板は半分崩れ、通路は狭く、空気も重い。
「……ここ、掃除する意味あります?」
ガルドが率直に聞いた。
「意味がない場所ほど、後で事故が起きるのよ」
ミーナが即答する。
「それ、役所の理屈ですよね……」
レオルが苦笑した。
「役所の理屈は、だいたい正しい」
ユウキは前を見ながら言う。
中に入ると、案の定、何もない。
罠も敵も、派手な異常もない。ただ、妙に整いすぎている。
「……掃除、されてません?」
レオルが言った。
「されてるわね」
ミーナが周囲を見る。「でも記録は“未踏破”」
「誰かが来て、途中でやめたか」
ガルドが壁を叩く。
その瞬間、ユウキの視界に表示が走る。
【拾得物最適化指令:沈黙】
【警告:回収対象なし】
「……え?」
ユウキは足を止めた。
「どうした?」
ガルドが振り返る。
「いや、何も反応しない」
ミーナの眉が上がる。
「それ、初めて?」
「うん。ここまで来て“何も拾うな”って言われたの」
レオルが周囲を見回す。
「じゃあ、安全なんですか?」
「逆」
ユウキは即答した。「安全なら、何かしら“処理済み”って出る」
通路の奥、行き止まりに近い場所で、違和感は形になった。
床に、きれいに並べられた跡がある。
何かが、あった。そして、持ち去られている。
「……これ、掃除じゃない」
ミーナが低く言う。
「回収だな」
ガルドも察した。
その時、金属箱がインベントリの中で、かすかに震えた。
【未割当物件:反応】
【同期率:微弱】
「……ああ、なるほど」
ユウキは頭を掻いた。
「誰か、俺と同じことしてる」
「え?」
レオルが声を上げる。
「拾ってる。世界のゴミを」
その場に、妙な沈黙が落ちた。
「それ、偶然じゃないわよね?」
ミーナが確認する。
「偶然なら、もっと雑」
ユウキは床の跡を見る。「これは、慣れてる」
「つまり?」
ガルドが腕を組む。
「俺以外にも、“回収役”がいる」
誰も笑わなかった。
ダンジョンの奥は静かだ。
だがそれは、何もない静けさじゃない。
すでに、誰かが通り過ぎた後の静けさだった。
「……帰ったら、正直に書きます?」
レオルが恐る恐る聞く。
「書く」
ユウキは迷わなかった。「正直に書いて、面倒を増やす」
「性格悪いわね」
ミーナが呆れる。
「役所向きだな」
ガルドが笑った。
ユウキは出口に向かいながら、呟いた。
「世界のゴミ拾い、思ったより競争率高いな……」
王都管理局の記録室は、相変わらず静かだった。
ユウキが提出した報告書は、すでに三人分の控えに分けられている。
「管理外区画、異常なし。ただし回収痕跡あり、対象不明……」
エルディンは淡々と読み上げ、そこで言葉を切った。
「異常なし、ではないですね」
ミーナが即座に訂正する。
「そうだな」
エルディンは否定しなかった。「異常が記録できない」
「それ、一番厄介なやつじゃないですか?」
ユウキが正直に言う。
「その通りだ」
エルディンは別の書類を取り出す。
古い紙だ。端が黄ばんでいる。
「似た記録が、過去に三件ある」
レオルが身を乗り出した。
「三件も?」
「正確には、三件“しか”ない」
エルディンは視線を落としたまま続ける。「いずれも数十年前。共通点は、現場に残されたのが“処理済みの静寂”だけだったこと」
「……誰かが、掃除した後?」
「そうとも言える」
ユウキは首を傾げた。
「でも、その人たちはどうなったんです?」
エルディンの指が、紙の上で止まった。
「記録が残っていない」
それ以上は言わなかった。
「消えた?」
ガルドが低く聞く。
「存在しなかった扱いだ」
エルディンは淡々と答える。「職業欄が更新されず、所属もなく、功績も残らない。最終的に、記録から抜け落ちる」
ミーナが静かに息を吐いた。
「……ユウキと同じね」
「完全には同じではない」
エルディンは初めて、ユウキをまっすぐ見た。「君は、まだ“残っている”」
「残ってるって、何に?」
「記録にだ」
ユウキは苦笑した。
「それ、褒め言葉ですか?」
「警告だ」
部屋の空気が、少しだけ重くなる。
エルディンは書類を閉じ、言った。
「今回の件は、管理局内部でも共有する。ただし、対策は取らない」
「取らないんですか?」
レオルが驚く。
「取れない。正体が不明だ」
エルディンは即答した。「だから、様子を見る」
「嫌な言い方ですね」
「役所は、嫌な言い方しかしない」
ユウキは肩をすくめた。
「じゃあ、俺は今まで通り拾えばいい?」
「拾うな、とは言わない」
エルディンは一瞬だけ間を置いた。「だが、拾いすぎるな」
「難易度高いなぁ……」
「世界は、君ほど親切にできていない」
その言葉を最後に、話は終わった。
管理局を出た後、レオルがぽつりと言った。
「……僕たち、変な仕事に足突っ込んでません?」
「今さらよ」
ミーナが即答する。
「でも、給料は出る」
ガルドが笑う。
ユウキは空を見上げ、軽く伸びをした。
「大丈夫だよ。まだ――拾える範囲だ」
だが、インベントリの奥で、金属箱は静かに沈黙したままだった。




