拾わない判断も仕事です
朝の区画確認をしていたとき、地図の端に見慣れない印が増えていることに気づいた。
「……ここ、前は通行可だったよな」
市場裏から少し外れた場所。
路地の奥に、小さな空き地がある。
見た目はただのゴミ溜めだ。
木箱、壊れた樽、金属くず。
でも、近づいた瞬間――足が止まった。
「……拾わない」
理由は分からない。
ただ、嫌な感じがする。
頭の奥で、静かに線が引かれた。
《危険適合外判定》
「……また増えたな」
意味はすぐに分かった。
今の自分にとって“関わらない方がいい物”が分かる。
ゴミ拾いとしては、逆の判断だ。
でも、今日は袋を開かない。
通りかかった商人が声をかけてきた。
「清掃の人、そこも頼むよ」
「……ここは、今日はやめた方がいいです」
「え?」
「理由は分からないんですけど、
今は触らない方がいい気がして」
商人は首を傾げた。
「ゴミだろ?」
「はい。でも、今日は拾わないです」
自分でも不思議なくらい、はっきり言えた。
そのまま、区画を一つずらして作業を続ける。
別の路地は、いつも通りだ。
昼過ぎ、役所の担当が慌てた様子で走ってきた。
「ユウキさん!
あの空き地、立ち入り禁止にします!」
「……何かありました?」
「魔力汚染です。
中の金属くずが反応して、
下手に触っていたら事故でした」
商人が青ざめていた。
「……拾わなくて正解だったな」
俺は、袋を縛りながら思う。
「ゴミ拾いって、
拾わない判断も必要なんですね」
役所の担当が、小さく頷いた。
「ええ。
あなたは、ちゃんと仕事をしてます」
その言葉は、今までで一番しっくりきた。
ギルドの前を通ると、マルタさんが箒を止めた。
「今日は、袋が軽いね」
「拾わない場所がありました」
「それでいい」
迷いなく言い切る。
「拾う人はね、
拾わない理由も持ってるもんさ」
飴を一つ、手渡された。
その夜、資料室では赤い付箋が一枚増えていた。
「注意:判断に従うこと」
名前は、ユウキ。
俺はまだ知らない。
この“拾わない判断”が、
冒険者たちとの価値観の違いを
はっきりさせていくことを。
拾わなかった空き地は、その日のうちに柵で囲われた。
赤い札がぶら下がり、通行禁止の文字が目立つ。
俺は少し離れた場所から、それを眺めていた。
「……結果的に、正解だったな」
でも、胸を張る感じはない。
ただ、あの時拾わないと思った。それだけだ。
翌日、役所で区画の説明を受けたとき、担当の態度が微妙に変わっていた。
「ユウキさん、この場所ですが……」
地図を指しながら、少し言葉を選ぶ。
「危険物が混じる可能性があるので、
“判断優先”でお願いします」
「判断優先?」
「拾うかどうかは、あなたの裁量で」
それは、今までなかった扱いだった。
「分かりました」
そう答えると、相手はほっとしたように息をついた。
現場に戻ると、冒険者らしい二人組が路地で何かを拾っていた。
金属くずを袋に放り込み、楽しそうに笑っている。
「それ、売れるんだよな?」
「運が良けりゃな」
声をかけるべきか、一瞬迷う。
でも――頭の奥で、また線が引かれた。
《危険適合外判定》
「……今日は、関わらない」
俺はそのまま別の区画へ向かった。
昼過ぎ、鍛冶屋から呼び止められる。
「清掃の兄ちゃん、
最近“危ない物”は持ってこないな」
「はい。拾わないようにしてます」
「それがいい」
真面目な顔で、こう続けた。
「拾う奴は多いが、
選別できる奴は少ない」
それだけ言って、砥石を一つ渡してきた。
「仕事の礼だ」
ギルドの前では、マルタさんが腕を組んでいた。
「顔つきが変わったね」
「そうですか?」
「迷わなくなった」
飴を渡されながら、ぽつりと言われる。
「拾わない判断はね、
誰かの怪我を拾わないってことだよ」
その言葉は、昨日より少し重かった。
夕方、役所の掲示板に新しい紙が貼られた。
《清掃区画・判断担当:ユウキ》
名前を見たとき、少しだけ肩に力が入った。
その夜、ギルド資料室。
リィナは記録を読み返し、静かにペンを走らせていた。
「……判断による事故回避、複数件」
分類棚の札を、もう一段上へ移す。
“重要参考”
彼女は小さく息を吐いた。
「拾わない、という判断が
評価される人は、珍しい」
書類を閉じると、次のページを開く。
そこには、冒険者の事故報告が並び始めていた。
同じ日、同じ区画。
同じ“ゴミ”。
違ったのは、
拾うか、拾わないかだけだった。
事故が起きたのは、夕方だった。
俺は別の区画で清掃を終え、袋を縛っていた。
そのとき、遠くから騒ぎ声が聞こえた。
「おい! 大丈夫か!」
「誰か、治癒魔法を!」
声の方向は、あの空き地だった。
俺は足を止めた。
近づかない。
それも判断だ。
少しして、役所の職員と治癒士が走っていくのが見えた。
担架に乗せられていたのは、昼に見かけた冒険者の一人だった。
顔色が悪い。
腕が、不自然に痙攣している。
「魔力反応による感電だそうです」
後から聞いた話だ。
「金属くずをまとめて拾った際に、
内部で反応が起きたとか」
命に別状はない。
ただし、しばらくは動けない。
「運が悪かったな」
誰かがそう言った。
俺は、そうは思わなかった。
運じゃない。
判断の違いだ。
その夜、役所で簡単な報告を求められた。
「空き地には、近づいていませんね?」
「はい。拾わないと判断しました」
担当者は深く頷いた。
「……助かりました。
もしあなたまで巻き込まれていたら、
清掃区画全体が止まっていました」
それは、初めて言われた“必要とされる理由”だった。
帰り道、ギルドの前を通ると、マルタさんが静かに掃除をしていた。
「聞いたよ」
「……はい」
「拾わなかったんだね」
「拾いませんでした」
彼女は少しだけ笑った。
「それでいい。
街はね、無茶する人より、
止まれる人を必要とするんだ」
飴を一つ、いつもより丁寧に渡される。
「今日は、よく休みな」
宿に戻ると、机の上に短剣と指輪が並んでいた。
拾った物と、拾わなかった物。
ふと、文字が浮かぶ。
《廃棄物適正処理》
「……処理、か」
拾う。
拾わない。
どちらも、仕事だ。
同じ頃、ギルド資料室では、記録が一行追記されていた。
「事故回避実績あり。
判断を尊重すること」
リィナはペンを置き、静かに書類を閉じた。
「……この人は、
冒険者向きじゃない」
そして、少し考えてから付け足す。
「でも、
街には必要だ」
その評価は、まだ表に出ない。
けれど、確実に根を張り始めていた。
俺はその夜、特に何も考えずに眠った。
明日も、ゴミ拾いだ。
拾うか、拾わないかを決める仕事。
それが、今の俺の生活だった。




