管理局に呼ばれた理由
王都管理局から届いたのは、一枚の紙切れだった。
立派な封蝋もなければ、脅すような文言もない。ただ簡素な文章が並んでいる。
「内容確認のため、一度来局を願います」
「……これ、怒られるやつじゃない?」
ユウキは紙を裏返したが、追記はなかった。
「たぶん違うわね」
ミーナが腕を組む。「ギルドが消えた後、ダンジョン事故の報告を上げてたの、ユウキだけよ。清掃報告と被害状況の簡易まとめ。管理局に回った現場データとしては、唯一」
「唯一って言葉、あんまり嬉しくないなぁ」
「でも、逃げたら余計に面倒になると思います」
レオルが真面目に言う。
「要するに、呼び出しってより照会だな」
ガルドが肩をすくめた。「役所っぽい」
そうしてユウキたちは、王都管理局へ向かった。
建物は思っていたより地味だった。石造りで装飾も少なく、人の出入りも控えめ。冒険者ギルドのあの騒がしさと比べると、拍子抜けするほど静かだ。
「……役所だなぁ」
受付で名を告げると、ほとんど待たされることなく通された。確認は最低限。無駄なやり取りもない。
「話が早い……」
それだけで、ユウキは少し安心した。
通された部屋にいたのは、一人の男だった。痩せ型で、年齢は三十代後半ほど。机の上には書類の山。顔を上げても、表情はほとんど動かない。
「エルディン=クロウだ。第三監査課所属」
歓迎の色はないが、拒絶もない。ただ事務的だ。
「君がユウキだな。……職業欄は、無職(要相談)」
その言葉に、レオルが一瞬だけ身構えた。
だがエルディンは気にした様子もなく続ける。
「安心しろ。不利評価ではない。分類不能という意味だ」
「それ、余計に不安なんですけど」
ユウキの返しにも、エルディンは表情を変えなかった。
「不安になる必要はない。君は“役に立っている”」
褒めているのかどうか分からない言い方だった。
「本題に入ろう。今回の用件は、管理外ダンジョンに関する確認だ」
「……冒険、じゃないですよね?」
「違う。事故防止だ」
エルディンは書類を一枚差し出す。
「踏破率三割以下。放置罠多数。冒険者が入り、勝手に死に、勝手に放置している区画だ。ギルドが消えた今、管理責任はこちらに回ってきた」
「それ、清掃なんですか?」
「清掃だ」
断言だった。
「危険物の撤去、不要物の回収、再利用可能資材の分別。君の提出した報告書を見る限り、適任だ」
ユウキは書類に目を通し、小さく息を吐く。
「……普通に面倒な仕事ですね」
「そうだ」
エルディンは否定しない。「だが、誰かがやらなければならない。君は、それをやっている」
冒険者じゃなくてもいい。英雄じゃなくてもいい。
拾って、片付ける。それだけだ。
ユウキは書類を閉じ、うなずいた。
「分かりました。清掃ですね。任せてください」
管理外ダンジョンの入口は、想像以上に地味だった。
派手な封印も、禍々しい気配もない。ただ「放置されていた」という空気だけがある。
「……なんか、嫌な予感しかしないんですが」
レオルが剣を握り直す。
「分かるわ」
ミーナが周囲を見回した。「危険っていうより、管理されてない感じが一番怖い」
「壊れてる罠、放置された荷物、誰が置いたか分からねぇ痕跡……」
ガルドが鼻を鳴らす。「これ、冒険じゃなくて後始末だな」
「後始末です」
ユウキは即答した。
ダンジョンに一歩踏み入れた瞬間、視界の端に情報が流れる。
【拾得物最適化指令 発動】
【回収推奨:破損罠部品/劣化魔石/用途不明金属片】
「はいはい、まずは地味なやつから」
ユウキがしゃがみ込み、罠の残骸を回収する。
「……それ、罠だったんですか?」
レオルが覗き込む。
「だった、だね。今はただの危険なゴミ」
「冒険者が見たら無視する場所ね」
ミーナが言う。
「見ないフリして死ぬやつだな」
ガルドが即断した。
奥へ進むと、今度は散乱した装備品が目に入る。剣、盾、ボロ布のような防具。
【なんか使えそう判定:低】
【再利用可能性:洗浄・再加工で中】
「拾うんですか、それ……?」
「拾う」
ユウキは迷わない。「洗えば使える。捨てるには惜しい」
「基準が完全に清掃業者なのよ」
ミーナがため息をつく。
さらに進むと、明らかに怪しい壺が転がっていた。
黒ずんでいて、嫌な感じにヒビが入っている。
【廃棄物適正処理 発動】
【分類:危険物/封印推奨】
「……これ、触らない方がいいやつだよね?」
「ええ、絶対に」
ミーナが即答する。
「爆発するやつだな」
ガルドも断言した。
「封印袋、出します」
ユウキが手際よく壺を封じる。
「冒険者だったら割ってるな」
ガルドが言う。
「割って、呪われて、死ぬわね」
ミーナが続ける。
「僕、冒険向いてない気がしてきました……」
レオルが小声で言った。
「大丈夫」
ユウキは笑った。「清掃向いてるよ」
その言葉に、三人が一斉に微妙な顔をした。
だが確実に、ダンジョンは静かになっていく。
罠は撤去され、危険物は封じられ、通路は歩きやすくなる。
「……なんか、普通に安全になってません?」
「なってるわね」
ミーナが頷く。
「冒険者がいなくなった方が平和って、どういう世界だよ」
ガルドが笑う。
ユウキは落ちていた布切れを拾い、袋に入れながら言った。
「世界って、案外こんなもんなんだと思う」
誰も答えなかったが、否定もしなかった。
ダンジョンの奥は、妙に静かだった。
敵がいないというより、何も起きていない空間が続いている。
「……ここ、逆に怖くない?」
レオルが小声で言う。
「怖いわね」
ミーナが頷く。「掃除されてないのに、荒れてない」
「誰かが、途中で放置した感じだな」
ガルドが壁を叩く。「冒険中断?」
その時だった。
【拾得物最適化指令:強制割り込み】
【回収対象を検知】
ユウキは足を止めた。
「……ちょっと待って」
「何かあった?」
ミーナが即座に警戒する。
「ゴミ……なんだけど、ゴミじゃない」
「どっちだよ」
ガルドが突っ込む。
通路の端、瓦礫の影に、小さな金属箱が落ちていた。
装飾はなく、鍵も壊れている。ただ、異様に“古い”。
【零価再定義 発動】
【価値判定:ゼロ】
【再評価中……】
「ゼロ?」
レオルが眉をひそめる。
「ゼロって、ゴミ以下じゃない?」
ガルドが言う。
「……普通ならね」
ミーナが箱を見つめる。「でも、その表示は見慣れない」
再評価が終わる。
【再定義完了】
【分類:未使用/未割当/削除保留】
ユウキは、思わず苦笑した。
「なるほど。そういうやつか」
「分かるの?」
レオルが聞く。
「うん。たぶんこれ――使われなかったもの」
「装備?」
「違う。役割」
三人が黙る。
エルディンの言葉が、ふと頭をよぎった。
――拾っているのは君じゃない。世界の方だ。
「これ、本来なら消されるはずだったんだと思う」
ユウキは箱を持ち上げる。「でも、消しきれなくて、ここに落ちた」
「つまり?」
ガルドが首をかしげる。
「つまり、放置された世界のゴミ」
「嫌な言い方ね」
ミーナがため息をつく。
「でも、放っておいたら危険?」
レオルが真剣な顔で聞く。
「分からない」
ユウキは正直に答えた。「だから――拾う」
【とりあえず拾っとく 発動】
金属箱は、静かにインベントリへ収まった。
何も起きない。音も、光もない。
「……地味だな」
ガルドが言う。
「地味ね」
ミーナも同意した。
「でも、こういうのが一番後で厄介なんだよ」
ユウキは軽く肩をすくめた。
ダンジョンを出る頃には、通路はすっかり安全になっていた。
危険物は消え、罠は撤去され、足元は歩きやすい。
「……冒険者がやる仕事じゃないですね」
レオルがぽつりと言う。
「だから残ってたのよ」
ミーナが答えた。
ユウキは振り返り、静かになったダンジョンを見た。
「捨てられた場所には、捨てられた理由がある。でも――」
彼は歩き出す。
「拾わないと、もっと面倒になることもある」
それだけ言って、ユウキは出口へ向かった。




