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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第3章

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何も起きていない朝

 朝の王都は、いつも通りだった。


 ユウキは路地裏でゴミ袋を抱え、しゃがみ込んでいた。


「……これは、拾わない」


 腐りかけた箱を一度持ち上げ、すぐに元に戻す。


《拾わない判断も仕事です》


「うん、今日は調子いいな」


 自分でもよく分からないが、基準が安定している日は気分がいい。


 角を曲がると、見慣れた人影があった。


「おはよう」


 マルタだった。掃き掃除の途中で、いつもの袋を差し出してくる。


「はい、今日の飴。昨日、変なところ行ってたでしょ」


「ちょっと奥の方を」


「“ちょっと”ね」


 マルタは笑いながら首を振る。


「でも無事ならいいわ。ほら、喉」


「ありがとうございます」


 飴を受け取って、ユウキは素直に礼を言った。


「今日は静かですね」


「そうね」


 マルタは周囲を見回す。


「ギルドも、やけに静か」


 その言い方が、少しだけ引っかかった。


 ギルド前の掲示板では、リィナが紙を貼り替えていた。


「おはようございます」


 声をかけると、彼女は一度だけ顔を上げて頷く。


「おはよう。今日の清掃依頼、減ってます」


「減ってる?」


「ええ。理由は……書いてありません」


 掲示板を見ると、確かに数が少ない。代わりに、やたらと曖昧な文言の紙が増えている。


《詳細非公開》

《後日連絡》

《確認中》


「忙しいんですかね」


 ユウキがそう言うと、リィナは一瞬だけ言葉を選んだ。


「……整理中、だと思います」


 それ以上は言わなかった。


 少し離れたところで、レオルとガルドが何か話している。


「昨日の区画、やばかったよな」


「俺、夢に出たぞ。箱が動くやつ」


「掃除したら静かになっただろ」


「そういう問題じゃねえ!」


 ミーナは腕を組んで、二人を見ていた。


「今日は休みにしなさい。変に動くと巻き込まれるわよ」


「巻き込まれるって?」


「予感」


 短くそう言って、彼女は口を閉じた。


 ユウキは、いつも通りゴミ袋を背負い直す。


「じゃあ、今日も行ってきます」


「気をつけてね」


 マルタの声が背中にかかる。


 王都は平穏だった。

 誰もが、いつも通りに見えた。


 ただ一つ違うのは、

 誰も“ギルドの話”をしなくなっていたことだけだった。


 ギルドの会議室は、朝から満席だった。


 誰も大声を出していない。

 それが逆に、異様だった。


「……報告は?」


 中央に座る男が、低い声で言った。


「未公開区画の件ですが」


 書記官が、紙束を置く。


「王都側から、正式な“状況確認”が入りました」


 空気が、わずかに揺れた。


「正式、とは?」


「行政手続きです。調査対象は――」


 一瞬、言葉を区切る。


「管理責任の所在」


 誰かが、喉を鳴らした。


「例の清掃員は?」


「対象外です」


 即答だった。


「冒険者登録外。依頼記録なし。命令系統不明」


「……つまり」


「関係者として扱えません」


 沈黙。


 別の幹部が、苛立ったように言った。


「では、誰が説明する?」


「それは……」


 書記官は、書類を一枚めくる。


「当時、未公開区画の封鎖判断をした部署」


 視線が、会議室の一角に集まる。


「ちょ、待て」


 当該部署の男が声を荒げる。


「封鎖は暫定だ! 管理予定だった!」


「記録は?」


「……これから作るつもりだった」


 その瞬間、別の書類が机に置かれた。


「こちら、未公開区画の封印事故報告書です」


「誰が書いた!」


「王都です」


 完全に、逃げ道が塞がれた。


 さらに追撃が来る。


「同様の“未公開区画”が、他にも三件確認されました」


「三件!?」


「全て、管理記録なし。責任者未記載」


 会議室がざわつく。


「偶然だ!」


「誰かが勝手に――」


「偶然で三件ですか?」


 書記官の声は、淡々としていた。


「なお」


 もう一枚、紙が置かれる。


「未公開区画に放置されていた物品一覧です」


 そこに並ぶのは、

 封印物、契約書、記録水晶、魔導印。


 誰も口を開けない。


「……清掃員が拾ったのか」


 誰かが、掠れた声で言った。


「はい」


「全部?」


「全部です」


 沈黙の後、誰かが呟いた。


「……拾われなきゃ、バレなかった」


 その言葉で、空気が凍った。


 書記官は、顔を上げないまま言う。


「王都は、“隠蔽の意思”があったかどうかを見ています」


「意思だと?」


「“管理していない”と主張しながら、封鎖だけしていた」


 紙を一枚、めくる。


「それは、意思と見なされます」


 幹部の一人が、椅子にもたれかかった。


「……終わったな」


 誰も否定しなかった。


 その頃、王都の別の建物では、

 淡々と手続きが進んでいた。


 ギルドへの“調査協力要請”。

 関係者の一時聴取。

 記録提出命令。


 すべて、事務的に。


 誰も怒鳴らない。

 誰も糾弾しない。


 だからこそ、

 ギルドは理解していた。


 これは、もう戻らない段階だと。


 昼前の王都は、いつもより少しだけ騒がしかった。


 もっと正確に言えば、

 騒がないことが話題になっていた。


「……ギルド、今日静かじゃない?」


 露店の店主が、通りを見ながら言った。


「朝から誰も怒鳴ってない」


「それ、異常だろ」


 笑い声は出たが、どこか落ち着かない。


 通りの端では、冒険者たちが小声で集まっていた。


「依頼、減ってないか?」


「減ってる。しかも理由が書いてない」


「昨日まであったの、急に消えたぞ」


 誰かが言った。


「未公開区画って、知ってるか?」


 その言葉に、何人かが視線を逸らす。


「ああ……触れない方がいいやつだろ」


「触ったら、終わるって噂」


 誰が最初に言い出したのかは、分からなかった。


 だが、噂は自然に繋がっていく。


「清掃員が入ったらしい」


「一人で?」


「いや、仲間と」


「で、ギルドが慌てて来て――」


「その後、王都が来た」


 事実だけが、淡々と残る。


 ギルド前の掲示板では、リィナが新しい紙を貼っていた。


《一部業務、確認中》

《依頼再開は未定》


 内容は短い。

 だが、隣の紙がなかった。


 昨日まで、そこにあったはずの《緊急依頼》が。


 リィナは、何も言わずに一歩下がる。


 それを見ていたマルタが、そっと声をかけた。


「……消えたわね」


「はい」


 それ以上の説明は、なかった。


 その頃、ユウキは路地裏でゴミ袋を結んでいた。


「今日は少ないな」


 袋を持ち上げ、軽く振る。


「管理、良くなったのかな」


 誰も答えない独り言。


 角を曲がると、レオルたちが待っていた。


「ユウキさん」


「はい?」


「……俺たち、しばらく依頼ないかもです」


「じゃあ、掃除します?」


 即答だった。


 ガルドが苦笑する。


「お前、ブレねえな」


「仕事なので」


 ミーナは、遠くのギルドを見てから言った。


「その“仕事”、今一番安全よ」


 ユウキは首を傾げた。


「そうですか?」


「ええ。誰も逆らえないから」


 その日の夕方。


 ギルドの扉は閉まらなかったが、

 誰も入らなかった。


 王都の掲示板に、新しい通知が貼られる。


《業務確認中につき、当面の間――》


 続きは、あえて書かれていなかった。


 それでも、十分だった。


 誰もが理解したからだ。


 何も起きていないようで、もう終わっていると。

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