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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第3章

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非公開区画、清掃対象です

 その依頼は、掲示板に貼られていなかった。


 正確に言えば、「貼られていた形跡だけが残っていた」。


 朝の清掃当番を終えたユウキがギルドに顔を出すと、受付横の掲示板の端に、剥がした跡の紙屑が残っていた。いつも几帳面に整えられている場所にしては、やけに雑だ。


「……これ、なんですか?」


 ユウキが指さすと、近くにいた職員が一瞬だけ視線を泳がせた。


「そ、それは……ええと……」


 言葉を濁す職員の代わりに、後ろから声が飛んできた。


「気にしなくていいわよ」


 マルタだった。いつものように小さな袋を差し出してくる。


「はい、今日の分。喉にいい飴」


「ありがとうございます」


 素直に受け取ってから、ユウキはもう一度掲示板を見る。


「でも、剥がした跡があるってことは、依頼ですよね」


 マルタは一瞬だけ黙り、それから小さく肩をすくめた。


「正式な依頼じゃない、ってことになってるだけよ」


「……なるほど」


 分かったような、分からないような説明だったが、ユウキはそれ以上追及しなかった。代わりに、紙屑の端に残っていた文字を読む。


《清掃対象:未公開区画》

《立入制限あり》

《責任所在:――》


 最後の行は、途中で破られていた。


「未公開区画って、ダンジョンの奥ですか?」


「ええ」


 今度は、横からリィナが静かに答えた。


「地図にも載っていない区画です。封鎖扱いですが、実際には……放置されています」


「放置」


 その言葉に、ユウキは少しだけ表情を曇らせた。


「それ、掃除してないってことですよね」


 リィナは、わずかに目を伏せる。


「ええ。管理記録もありません」


「じゃあ、ゴミが溜まりますね」


 即答だった。


 周囲の職員が一斉に息を呑む。


「い、いや、危険だから――」


「危険物なら、なおさらです」


 ユウキは当たり前のことを言うような口調だった。


「放置が一番危ないですから」


 マルタが、ゆっくりと頷いた。


「……そうね。誰かがやらなきゃいけない」


「誰もやらないなら、俺がやります」


 ユウキはそう言って、ゴミ袋を肩に担ぐ。


「依頼じゃなくても、清掃対象なら問題ないですよね」


 リィナは、少しだけ微笑った。


「非公開なので、記録も残りません」


「じゃあ、気楽ですね」


 その言葉に、なぜか周囲がざわつく。


 職員の一人が、耐えきれずに小声で呟いた。


「……本当に、何も考えてないのか」


 聞こえていたが、ユウキは気にしなかった。


 未公開区画。

 管理されていない場所。

 責任の所在が、どこにも書かれていない依頼。


「行ってきます」


 そう言って出ていく背中を、誰も止められなかった。


 その日の夕方、王都の地下で、ひとつ目立たない扉が開らかれたことを、まだ誰も知らない。


 未公開区画の入口は、拍子抜けするほど雑だった。


「……これ、封鎖って言うんですか?」


 ユウキが指でつつくと、立入禁止の札がくるりと回る。


《立入禁止》

《※自己責任》


「自己責任って便利な言葉だな……」


 そう呟きながら、ユウキはゴミ袋を背負って中へ入った。


 数歩進んだところで、彼は足を止める。


「……うわ」


 床一面に散らばるのは、壊れた武器、割れた魔導具、用途不明の箱、そして封印札の束。どれも「とりあえず奥に捨てた」感が強い。


「分別、してないな……」


 ユウキがため息をついた、その時だった。


「ちょ、待て! なんで先に入ってるんだ!」


 聞き覚えのある声と一緒に、奥から人影が現れる。


「……あ、レオル」


 剣を持ったレオルが、呆然とした顔で周囲を見回していた。


「ユウキさん!? ここ、未公開区画ですよ!?」


「未公開だから掃除しました」


「意味が分かりません!」


 続いて、後ろからミーナが顔を出す。


「……やっぱり来てると思ったわ」


 額を押さえながら、床のゴミを見る。


「これは……ひどい。管理放棄にも程があるわね」


「ですよね」


 最後に、天井近くの瓦礫をどかしながらガルドが出てきた。


「おいおい、なんだここ。ゴミ捨て場か?」


「はい」


「即答!?」


 ガルドは笑いながらも、落ちていた鎧を持ち上げる。


「これ、完全に壊れてる――」


 次の瞬間、鎧が淡く光った。


零価再定義ゼロ・リバリュー

《防御値:異常》


「……ん?」


 ガルドが腕を通す。


「……あれ? やけに軽いし、硬いぞこれ」


「清掃用具です」


「清掃用具の性能じゃねえ!」


 ミーナがすぐに割って入る。


「待って。それ、捨てたらダメなやつでしょ」


 ユウキは頷く。


「なので拾いました」


「“なので”で済ませないで」


 レオルが封印札を一枚持ち上げ、顔を引きつらせる。


「こ、これ……不完全封印ですよね?」


「はい」


「なんで床に落ちてるんですか!?」


「たぶん、捨てたからです」


 沈黙。


 ガルドが周囲を見回し、低く唸った。


「……誰だよ、ここ管理してたの」


「記録、ありませんでした」


 ユウキの淡々とした一言で、空気が一段冷える。


 その直後、天井から「ミシッ」と嫌な音がした。


「……あ、これもダメですね」


 ユウキが盾を構えると同時に、瓦礫が落下する。だが清掃用の盾に当たった瞬間、粉々に砕け散った。


 レオル、ミーナ、ガルド。三人同時に固まる。


「……それ、清掃道具?」


「ゴミ拾い中に拾いました」


「拾い物の範囲超えてるでしょ……」


 ユウキはゴミ袋を持ち直す。


「というわけで」


 真顔で言った。


「ここ、一緒に掃除しません?」


 三人は顔を見合わせる。


 レオルが小さく呟いた。


「……俺たち、冒険者ですよね?」


「清掃も冒険です」


「そういう問題じゃない!」


 こうして未公開区画の奥で、

 いつものメンバーによる異常な清掃作業が始まった。


 作業開始から、十分も経っていなかった。


「……ユウキさん」


 レオルが、やけに慎重な声を出す。


「これ、拾っていいんですか?」


 指さした先にあったのは、黒い箱だった。大きさは手提げ鞄ほど。だが、箱の周囲だけ空気が重い。


「えーっと……」


 ユウキはしゃがみ込み、スキルを走らせる。


《なんか使えそう判定》

《忘却物の葬送者リサイクル・レクイエム


 一瞬、説明文が表示されて、すぐ消えた。


「……あ、これ」


 ユウキは箱から手を離した。


「捨てたらダメですね」


「どれくらい?」


 ミーナが即座に聞く。


「世界規模で」


「アウトじゃない!」


 ガルドが思わず叫ぶ。


「なんでそんなもんがゴミ置き場にあるんだよ!」


「たぶん」


 ユウキは真顔で答えた。


「隠したかったんだと思います」


 沈黙。


 レオルがごくりと喉を鳴らす。


「……これ、ギルドに報告した方が……」


「やめときなさい」


 ミーナが即答した。


「“管理してない物”を“管理してました”って言い出すだけよ」


「……ああ」


 全員、納得してしまう。


 ガルドが腕を組み、箱を見下ろす。


「じゃあ、どうする」


「掃除です」


 ユウキは言い切った。


「正しく保管して、危険じゃない状態にする。それが清掃なので」


「定義が強引すぎる……」


 だが、誰も反論できなかった。


 その時だった。


 箱の奥から、さらに嫌な気配がした。


「……まだあります」


 ユウキが指さした壁の裏。瓦礫をどかすと、封印札で雑に覆われた棚が現れる。


「おいおい……」


 ガルドが低く唸る。


「ここ、倉庫じゃねえか」


「倉庫じゃなくて」


 ミーナが封印札を一枚めくる。


「証拠置き場ね」


 棚の中には、記録水晶、契約書、破損した魔導印、血痕の残る道具。


 レオルの顔が青くなる。


「……これ、全部」


「はい」


 ユウキが頷く。


「捨てられてました」


 数秒の沈黙のあと、ガルドが乾いた笑いを漏らした。


「はは……ギルド、終わったな」


「まだです」


 ユウキはゴミ袋を開く。


「終わるかどうかは、これからです」


 三人が同時にユウキを見る。


「掃除って」


 ミーナがため息混じりに言った。


「ここまでやる仕事だった?」


「最初に言いましたよ」


 ユウキは、淡々と。


「拾わない判断も、仕事です。でも――」


 箱と棚を見回す。


「これは、拾わないと危ない」


 その瞬間、遠くで微かに魔力が揺れた。


 未公開区画のさらに奥。

 まだ誰も触れていない“ゴミ”が、眠っている。


「……奥、行きますか」


 レオルが恐る恐る言う。


 ユウキは、いつも通り頷いた。


「掃除が終わってないので」


 こうして未公開区画は、

 清掃対象から事件現場へと変わった。


 そしてこの日、

 ギルドが「存在しないことにしていた物」が、

 静かに息を吹き返し始めた。



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