清掃員、呼ばれる理由が分からない
王城の門は、
やっぱりでかかった。
「……でかいな」
思わず口に出る。
横にいた衛兵が、
一瞬だけこちらを見るが、
何も言わなかった。
俺は、
いつも通りの格好だった。
ゴミ袋。
清掃用具。
使い込んだ手袋。
「これ、
本当に持ってって
いいんですか?」
「問題ありません」
即答。
その即答が、
逆に気持ち悪い。
城内は、
静かだった。
磨かれた床。
整えられた壁。
ここには、
ゴミがない。
「……掃除、
いらないですよね」
「本日は
作業はありません」
「ですよね」
案内されたのは、
執務室――ではなく、
少し小さな応接室だった。
王座もない。
玉座もない。
あるのは、
長机と椅子。
まるで、
話を聞くための部屋。
「こちらで
お待ちください」
扉が閉まる。
俺は、
椅子に座らず、
壁際に立った。
癖だ。
その方が、
周りを見やすい。
「……さて」
誰もいない部屋で、
小さく呟く。
「何を
聞かれるんだろ」
少しして、
扉が開く。
入ってきたのは、
三人。
王。
側近。
そして――
記録係。
全員、
俺の手元を見た。
正確には、
ゴミ袋を。
「……その袋は?」
王が、
最初に聞いた。
「清掃中なので」
即答。
「途中で
呼ばれました」
一瞬、
空気が止まる。
側近が、
咳払いをした。
「本日は、
作業のために
呼んだのではない」
「ですよね」
俺は、
素直に頷く。
「じゃあ、
なんで?」
王は、
少しだけ
困った顔をした。
「それを
確かめるために
呼んだ」
側近が、
一枚の書類を
机に置く。
そこには、
見覚えのある単語。
「旧ダンジョン区画」
「深層」
「封印杭」
「合成体」
俺は、
少しだけ
首を傾げた。
「……ああ」
「ゴミですね」
今度は、
本当に空気が凍った。
王が、
ゆっくり言う。
「君にとっては、
そうなのか?」
「はい」
俺は、
迷わなかった。
「管理されてない物は、
全部ゴミです」
側近が、
眉をひそめる。
「それは、
王国の管理物資だ」
「管理されてませんでした」
淡々と返す。
「ダンジョンに
放置されてたので」
沈黙。
記録係が、
ペンを止めた。
王は、
しばらく俺を見てから、
言った。
「……君は」
「ギルドの命令で
動いたのか?」
「いいえ」
「王国の依頼か?」
「いいえ」
「では――」
俺は、
先に答えた。
「掃除が
必要だったからです」
王は、
息を吐いた。
「……なるほど」
その顔は、
理解ではなく、
確信に近かった。
「君は、
ギルドにも
王国にも
属していない」
「はい」
「だが――」
王は、
言葉を選ぶ。
「両方に
影響を与えている」
俺は、
少しだけ
考えた。
「……それ、
怒られてます?」
側近が、
吹き出しかけて
慌てて口を押さえた。
王は、
苦笑した。
「いいや」
「確認している」
ここで、
話は終わらなかった。
だが――
この部屋で
もう一つだけ
確かになったことがある。
俺は、
呼ばれたのではない。
調べられている。
王都・中央通り。
人だかりの中心に、
やたらと派手な一団がいた。
「――聞いたか諸君!」
金属音を鳴らしながら、
勇者が胸を張る。
「旧ダンジョン区画の
異変は、
我々が対処した!」
拍手。
……まばら。
「さすが勇者様!」
「魔物、
もう出ないんですか?」
「当然だ!」
勇者は、
どこか自信満々だが、
視線が少し泳いでいる。
「危険因子は、
すべて――
処理済みだ!」
後ろで、
仲間の一人が
小声で言った。
「……“処理済み”って
どこまでだっけ?」
「知らん、
勢いで言え」
「え、
大丈夫なのそれ」
別の仲間が、
慌てて口を挟む。
「ほら!
あそこ見ろよ!」
指差した先。
通りの向こうで、
商人が
客に話している。
「いやぁ、
清掃の人が来てから
安全でね」
「段差も直ってるし」
「夜も明るい」
勇者の眉が、
ぴくりと動いた。
「……清掃?」
「誰だそれ」
仲間が、
曖昧に答える。
「なんか、
最近いるらしい」
「清掃員……?」
勇者は、
咳払いをした。
「ま、まあ!
細かい後処理は
街の者の仕事だ!」
「我々は
戦った!」
観衆の一人が、
首を傾げる。
「でも、
魔物の死体とか
見てないけど?」
「……え?」
「死体、
全部消えてるよ?」
勇者の顔が、
一瞬固まる。
「そ、それは……」
後ろで、
仲間が
慌てて囁く。
「おい、
死体って
残るもんだっけ?」
「知らん!
普通は……
残るんじゃね?」
「え、
じゃあどこ行ったんだ?」
別の仲間が、
ぽつり。
「……ゴミ?」
一瞬の沈黙。
勇者が、
声を張り上げた。
「と、とにかく!」
「王都は
我々が
守ったのだ!」
その時。
通りの端で、
衛兵同士が
小声で話していた。
「……あの人たち、
昨日ダンジョンに
入ってたっけ?」
「いや、
清掃の人なら
見たけど」
「ゴミ袋持って?」
「そうそう」
勇者パーティの
一人が、
それを聞いて
顔を青くする。
「……なあ」
「俺たち、
先に動いた方が
よくないか?」
「何を?」
「……ギルドに
相談とか」
勇者は、
一瞬考え――
胸を張った。
「必要ない!」
「我々は
正義だ!」
だが。
その声は、
さっきより
少しだけ
小さかった。
人だかりは、
自然と
解散していく。
残ったのは、
勇者パーティだけ。
「……なあ」
「俺たち、
なんか
ズレてない?」
誰も、
すぐには
答えなかった。
遠く。
王城の塔が、
静かに
そびえている。
そして――
そこにはもう、
別の話が
届いていた。
その日の夕方。
ギルドの応接室は、
珍しく満員だった。
「……で?」
ユウキは、
椅子に浅く腰掛け、
向かいの三人を見た。
ギルド長代理。
書記官。
見覚えのある職員。
全員、
笑顔が硬い。
「本日は、
少し確認を……」
「確認?」
「ええ。
あくまで、
確認です」
書記官が、
やけに丁寧な口調で
書類を差し出す。
「最近の清掃活動について」
「報告義務は
ありませんでしたよね?」
即答。
一瞬、
三人の動きが止まる。
「い、いえ!
もちろん!」
ギルド長代理が、
慌てて手を振る。
「ただ、
王都からも
問い合わせが……」
「ああ」
ユウキは、
納得したように
頷いた。
「ゴミ、
多かったですから」
「……ゴミ」
書記官が、
ペンを落としそうになる。
「具体的には、
どのような物を?」
「危険物」
「封印杭」
「記録媒体」
淡々と列挙。
部屋の空気が、
急激に冷える。
「……それは」
ギルド長代理が、
咳払いをする。
「ギルド管理物資では?」
「管理されてませんでした」
また即答。
「ダンジョンに
放置されてたので」
沈黙。
職員が、
助け舟を出す。
「で、ですが!
勝手に処理すると
問題に――」
「処理は
してません」
「……え?」
「回収です」
ユウキは、
ゴミ袋を
軽く叩いた。
「清掃の基本なので」
「い、今どこに
保管を?」
「安全な場所に」
「それはどこだ!?」
三人同時に
前のめりになる。
ユウキは、
少し考えてから言った。
「……必要ですか?」
沈黙。
「必要、
ですよね?」
ギルド長代理が、
汗をかきながら
頷く。
「ええ、
管理のために……」
「じゃあ」
ユウキは、
首を傾げた。
「なんで
最初から
管理してなかったんですか?」
致命傷。
書記官のペンが、
完全に落ちた。
「……い、いや」
「その……」
言葉が続かない。
ユウキは、
悪意なく
続ける。
「俺、
仕事が増えるのは
別にいいんですけど」
「後片付けが
前提の仕事は、
ちょっと……」
ギルド長代理が、
必死に笑う。
「い、いやいや!
君は我々の――」
「外部協力者です」
ユウキが、
さらっと言った。
「そういう
扱いでしたよね?」
完全に、
逃げ道が塞がった。
「……では」
ユウキは、
立ち上がる。
「掃除、
続けてきます」
「ま、待て!」
職員が
慌てて叫ぶ。
「王都からの
話は!?」
「聞きました」
「え?」
「確認されただけ
でした」
ギルド側、
全員絶句。
ユウキは、
ドアに手をかけ、
振り返る。
「あ、
一つだけ」
「次から」
にこりともせず、
淡々と。
「捨てる前に
声かけてください」
「拾うの、
大変なので」
扉が閉まる。
残された
三人。
「……終わったな」
誰かが
呟いた。
外では、
掲示板に
新しい依頼が
貼られていた。
《清掃対象:未公開区画》
《依頼元:非公開》
《責任所在:不問》
――もう、
隠す気もない。
だが。
拾う人間は、
まだ、
黙っている。




