清掃依頼、増えてます
王都の掲示板の前で、
俺は足を止めた。
「……増えてるな」
一枚や二枚じゃない。
貼り出された依頼は、
明らかに“普通”じゃなかった。
⸻
・裏路地の清掃(夜間)
・旧倉庫の整理立ち会い
・放置区画の安全確認
・回収可否の事前判定
⸻
「……最後」
レオルが、
首をかしげる。
「判定って……
拾うか拾わないか、
決めるってことですか?」
「そう」
俺は、
短く答えた。
「誰も、
責任取りたくない時の
書き方だな」
ミーナが、
腕を組む。
「ギルド、
露骨ね」
「倒す仕事は
冒険者に回して」
「“触ると面倒”な案件は、
全部こっち」
ガルドが、
鼻で笑った。
「便利屋扱い、
極まってんな」
「……否定できない」
その時。
「おい」
背後から、
低い声。
振り返ると、
ギルドの制服を着た男が
立っていた。
見覚えがある。
あの日――
職業欄を見て、
俺を追放扱いにした
職員だ。
「最近、
勝手なこと
やってるらしいな」
男の視線が、
俺を舐めるように走る。
「ダンジョンが安定した?
魔物が減った?」
「それ、
冒険者の成果だろ」
レオルが、
一歩前に出かけて――
俺が、
手で止めた。
「違います」
男が、
眉をひそめる。
「何がだ」
「俺、
冒険者じゃないです」
淡々と答える。
「清掃員です」
一瞬、
空気が止まった。
「……ふざけるな」
「ギルドの管理区域で、
勝手に成果を
横取りするな」
「横取り、
してません」
俺は、
掲示板を指差した。
「倒してない」
「素材も、
ギルドに
申請してない」
「ただ――
残骸を片付けただけです」
男は、
言葉に詰まる。
「……なら」
「その清掃で
何を拾ってる?」
声が、
一段低くなる。
「“箱”だの
“記録”だの、
妙な噂が
立ってるぞ」
ミーナが、
小さく舌打ちした。
「……ギルド内で
嗅ぎ回ってるわね」
俺は、
少しだけ考えてから
答えた。
「拾ってます」
「でも――
公開はしてない」
「必要ないから」
男は、
鼻で笑った。
「必要になったら、
どうする?」
「その時は」
俺は、
静かに言った。
「順番を守ります」
「清掃には、
手順がある」
背を向ける。
男の声が、
背中に飛んできた。
「……覚えておけ」
「ギルドは、
管理者だ」
俺は、
振り返らなかった。
「管理と、
清掃は違います」
「切り捨てるか、
拾い直すかの違いです」
歩き出す。
掲示板の依頼が、
風に揺れた。
《路傍の神託:反応上昇》
《社会評価:微増》
《制度的摩擦:顕在化》
……ようやく。
殴る相手が、
はっきりしてきた。
依頼先は、
王都外れの旧倉庫だった。
表向きは、
「整理立ち会い」。
でも――
扉を開けた瞬間、
それが嘘だと分かった。
「……ひどいな」
ガルドが、
思わず呟く。
床一面に、
積み上げられた箱。
壊れた道具。
古い帳簿。
封の切られた袋。
しかも、
どれも雑に放り込まれている。
「整理じゃない」
ミーナが、
即座に言った。
「投棄ね」
レオルが、
顔をしかめる。
「これ、
全部ギルドの……?」
「正確には」
俺は、
一つ箱を持ち上げて
答えた。
「ギルドが
“判断を保留した物”」
《清掃対象:未分類物資》
《責任所在:未確定》
《廃棄理由:判断回避》
「……うわ」
レオルが、
小さく声を漏らす。
倉庫の奥から、
足音。
「おー、
来た来た」
現れたのは、
ギルド職員。
さっき掲示板で
絡んできた男とは別だが、
雰囲気は似ている。
「じゃ、
あとは任せた」
「任せる?」
ミーナが、
眉を上げる。
「立ち会いって
書いてあったけど」
「判定は
あんたらでしょ?」
職員は、
軽く肩をすくめた。
「拾うか、
捨てるか」
「ギルドは
関与しない」
レオルが、
思わず聞く。
「……何か問題が
あったら?」
「そりゃ」
職員は、
笑った。
「あんたらの
判断ミスだ」
空気が、
一気に冷えた。
ガルドが、
一歩前に出かけて――
俺が、
手で止める。
「了解です」
俺は、
淡々と言った。
「清掃、
始めます」
職員は、
満足そうに頷き、
出口へ向かう。
「じゃ、
よろしく」
扉が閉まる。
鍵が、
かかった音。
「……閉じ込められた?」
レオルが、
不安そうに言う。
「違う」
俺は、
倉庫を見回す。
「逃げただけだ」
ミーナが、
低く呟く。
「責任から」
俺は、
一つ箱を開けた。
中には、
破棄された契約書。
署名欄は、
途中で線を引かれている。
《拾得物:未成立契約》
《影響範囲:中》
《公開時:制度的損傷》
「……来たな」
ガルドが、
歯を見せて笑う。
「ギルドの
腹の中」
俺は、
箱を閉じた。
「今は、
拾うだけ」
「掃除は、
最後まで
やります」
レオルが、
静かに頷いた。
「……はい」
この倉庫は、
ただの清掃現場じゃない。
制度が
見ないふりをした物が
集められた場所だった。
倉庫の中は、
静かだった。
埃が舞う音と、
箱を動かす小さな響きだけ。
「……これ」
レオルが、
一つの箱を指差す。
「触って、
いいんですか?」
「いいよ」
俺は、
頷いた。
「ただし――
開ける前に
一度、考える」
レオルは、
一瞬戸惑ってから
手を止めた。
「……はい」
ミーナが、
別の箱を蹴って
言う。
「中身、
だいたい分かってきたわ」
「契約書」
「帳簿」
「未報告の回収品」
「どれも
“後で困るやつ”」
「だから、
ここに捨てた」
ガルドが、
腕を組む。
「ギルドって、
ゴミの分別も
できねぇんだな」
「できるよ」
俺は、
静かに答えた。
「やらないだけ」
倉庫の奥。
他より
少しだけ
頑丈な箱があった。
鍵付き。
封印付き。
でも――
扱いは雑。
《拾得対象:封印物》
《危険度:不明》
《分類:未登録》
「……これ」
ミーナが、
目を細める。
「触らせる気、
なかった箱ね」
「うん」
俺は、
箱の前にしゃがんだ。
「だから――
拾う価値がある」
手をかざす。
《冥途回収:限定発動》
《零価再定義:待機》
《拾得物最適化指令:進行中》
封印が、
わずかに緩む。
中から出てきたのは――
黒い布に包まれた
細長い物体。
「……剣?」
レオルが、
息を呑む。
「違う」
俺は、
即座に否定した。
「記録媒体だ」
布をめくる。
金属製の
筒。
側面には、
刻印。
――《管理外保管》。
「……あー」
ミーナが、
額を押さえた。
「出たわね」
「ギルドが
一番嫌がるやつ」
ガルドが、
低く笑う。
「爆弾か?」
「爆弾だけど」
俺は、
首を振る。
「今は、
爆発させない」
筒を、
箱に戻す。
《拾得物:管理外記録》
《公開価値:極大》
《公開時期:未定》
「……隠すんですか?」
レオルが、
不安そうに聞く。
「違う」
俺は、
箱に蓋をして
答えた。
「掃除が
終わってない」
「掃除って、
順番がある」
「まず――
散らかした場所を
片付ける」
「次に――
誰が捨てたかを
確認する」
「最後に」
箱を、
静かに持ち上げる。
「捨てた理由を
問い直す」
ミーナが、
小さく息を吐いた。
「……アンタ、
本当に冒険者じゃないわね」
「清掃員です」
俺は、
淡々と答えた。
倉庫の外。
遠くで、
鐘の音。
王都は、
何も知らずに
今日も回っている。
でも。
《社会評価:微増》
《制度的歪み:蓄積》
《観測対象:ギルド》
――もう、
戻れない。
拾ってしまったから。




