ゴミ拾い、始めました
朝、目が覚めて最初に思ったことは――
今日はどこを掃除しよう、だった。
無職ではあるけど、仕事はある。
役所でもらった地図を広げ、昨日より少し先の区画に印をつける。
「裏路地の奥……行ったことないな」
危険区域は避けろ、と言われている。
でも、なぜかその手前だけが気になった。
歩き出してすぐ、感覚が変わる。
ゴミの山を前にした瞬間、頭の中でふっと線が引かれた。
「……あ、これは拾う」
理由は分からない。
でも、触る前から確信がある。
拾った瞬間、文字が浮かんだ。
《なんか使えそう判定》
「……スキル?」
どうやら、ゴミを見た瞬間に
使えるかどうかが分かるらしい。
「便利だな」
感想はそれだけだった。
次に目に入ったのは、欠けた指輪。
普通なら捨てる。
でも、今度は別の文字が出た。
《ゴミじゃない(※当社比)》
「当社って誰だろ」
首を傾げつつ、袋に入れる。
なぜか、入れておくべきだと分かる。
さらに、布切れ、金具、空き瓶。
拾うたびに、感覚が研ぎ澄まされていく。
最後に、なぜかどうしても手放せない物が一つ残った。
《とりあえず拾っとく》
「……雑なスキル名だな」
でも、外れた感じはしない。
袋を三つに分けるのが、当たり前になっていた。
捨てる。使える。今は分からない。
昼前には、裏路地が見違えるほど綺麗になっていた。
「仕事してる感あるな」
市場の方から、商人の声が聞こえる。
「最近、清掃が丁寧だな」
「新人じゃないか?」
俺は名乗らず、拾い続けた。
ギルドの前を通ると、マルタさんがいつもの場所にいた。
「おはよう。今日は顔が違うね」
「そうですか?」
「拾い物、上手くいってる顔だよ」
飴を一つ渡される。
「無理しないこと。
ゴミはね、焦ると逆に危ない」
「覚えときます」
その言葉が、妙に胸に残った。
その日の夕方、役所の記録欄に新しい項目が増えた。
「回収精度:非常に高い」
そして、資料室の奥で、
誰かが静かにページをめくっていたことを、
俺はまだ知らない。
午後は、回収した物の整理から始まる。
役所の裏手にある簡易倉庫で、袋を広げた。
「……こうして見ると、結構拾ってるな」
布切れ、金具、欠けた指輪、空き瓶。
どれも一見するとガラクタだ。
でも、袋を開けた瞬間、またあの感覚が走った。
「これは……」
欠けた指輪に触れたとき、文字が浮かぶ。
《零価再定義》
「名前が急に強そうだな」
意味はすぐに分かった。
価値ゼロと判断された物を、
別の用途として再定義できる。
試しに、空き瓶を洗ってみる。
ヒビはあるが、水は漏れない。
「薬瓶代わりになるな」
布切れは、重ねて縫えば簡易包帯。
金具は、留め具として使える。
――全部、普通の工夫だ。
でも、なぜか迷わない。
倉庫の外から、声がかかった。
「おい、清掃の兄ちゃん」
昨日の鍛冶屋だった。
「この前渡した短剣、どうだ?」
「まだ使ってないです」
「じゃあ、その金具見せてみろ」
渡すと、鍛冶屋は目を細めた。
「……これ、規格合ってるな」
「そうなんですか」
「うちの部品と噛み合う。助かる」
鍛冶屋は、代わりに小さな砥石をくれた。
「刃を整えるくらいならできる」
「ありがとうございます」
また物が増えた。
でも、これは拾うべき物だと分かる。
帰り際、ギルドの前でマルタさんに会った。
「今日は荷物が多いね」
「ちょっと拾いすぎました」
「いいことだよ。
拾える人は、見捨てないからね」
飴を一つ渡される。
「でもね、全部一人で抱えないこと」
「はい」
その夜、役所の記録が更新された。
「再利用率:高」
「外部協力:鍛冶屋」
資料室では、ペンが止まった。
リィナは一度、記録を読み返す。
「……清掃補助なのに、
仕事の流れが変わってる」
彼女は項目の順番を入れ替え、
“参考記録”から“要観察”へと棚を移した。
まだ、危険ではない。
でも、放っておけない。
一方の俺は、宿で短剣を研いでいた。
「ゴミ拾いなのに、
装備が増えてるな」
理由は分からない。
でも、今の生活には合っている。
冒険者じゃない。
でも、無職でもない。
その中間が、今の俺だった。
清掃の仕事を始めて、一週間が経った。
裏路地は明らかに綺麗になり、
市場裏では夜でも人が通るようになった。
俺は特別なことをしているつもりはない。
ただ、拾って、分けて、使える形にしているだけだ。
でも、街の反応は少しずつ変わっていた。
「最近、ゴミ減ったよな」
「清掃の人、仕事丁寧だよ」
噂は小さく、静かだ。
それでも確実に広がっている。
ある日、役所の担当が声をかけてきた。
「ユウキさん、この区画も任せていいですか」
「え、俺でいいんですか?」
「……問題ありません」
地図に、新しい印が増えた。
その瞬間、頭の奥が少しだけ熱くなる。
《拾得物最適化指令》
「また増えた……」
効果は単純だった。
回収物を、最も効率よく使える場所へ回す判断ができる。
「……便利だな」
やっぱり、その感想しか出てこない。
その日の午後、俺は拾った金具と瓶を、
自然と鍛冶屋と薬屋に分けて持っていった。
「ちょうど欲しかった」
「助かるよ」
結果だけ見れば、街の流れが少し良くなる。
でも、俺はそれを意識していない。
ギルドの前では、マルタさんが腕を組んでいた。
「最近、忙しそうだね」
「区画増えました」
「そう」
一瞬だけ、真面目な顔になる。
「……無理してない?」
「大丈夫です」
嘘ではなかった。
「ならいい。
拾う人はね、街の息を拾ってるんだよ」
よく分からなかったけど、悪い気はしなかった。
その夜、ギルド資料室。
リィナは記録を整理しながら、静かに決断していた。
「清掃補助・ユウキ。
業務範囲拡張、問題なし」
彼女は一枚の書類を、別の束に差し込む。
「優先回覧」
翌朝から、ユウキ宛の情報が
ほんの少しだけ、早く回るようになった。
危険区域の注意書き。
工事予定。
立入制限。
俺は「運がいいな」と思っただけだ。
宿に戻り、荷物を整理していると、
短剣の横に、拾った指輪が転がった。
なぜか、目が離れない。
《ゴミじゃない(※当社比)》
《零価再定義》
この二つが、重なって光る。
「……そのうち使うんだろうな」
根拠はない。
でも、外れる気もしない。
この時点では、まだ誰も気づいていない。
街の物流、治安、情報の流れが、
一人の清掃員を中心に、わずかに噛み合い始めていることを。




