ダンジョン清掃、始めました
ダンジョンの入口は、
思っていたよりも静かだった。
魔物の唸り声も、
禍々しい気配もない。
あるのは――
散らかった痕跡だけだ。
折れた剣。
砕けた盾。
焼け焦げた床。
「……あー」
俺は、
思わず声を漏らした。
「これ、
完全に戦闘後放置だ」
《清掃対象:多数》
《廃棄物密度:高》
《再利用可能率:異常》
「仕事、
多いな……」
後ろに立つ、
さっき声をかけてきた若い冒険者が
ごくりと喉を鳴らす。
「……ダンジョンって、
こんな汚れてたんですね」
「みんな、
奥しか見ないからな」
俺はモップを構え、
入口付近から手を付ける。
「入口は、
一番汚れる」
踏み込んだ瞬間、
足元で小さな音がした。
討伐済みの小型魔物の残骸。
半ば石化している。
「……これ、
もう倒れてますよね?」
「うん」
「じゃあ……」
「拾う」
即答だった。
俺が触れた瞬間、
視界に文字が走る。
《冥途回収:成功》
《副産物:素材化》
《副次効果:通路安定》
ダンジョンの壁が、
わずかに軋みを止めた。
「……え?」
冒険者が、
目を見開く。
「今、
空気……変わりました?」
「掃除すると、
ダンジョンも
機嫌よくなる」
半分冗談だ。
でも、
事実だった。
進むほどに分かる。
このダンジョンは――
荒らされている場所と
完全に放置されている場所が
はっきり分かれている。
「……あの」
冒険者が、
恐る恐る聞く。
「落ちてる物、
全部拾うんですか?」
俺は首を振った。
「いや」
足元の剣を一瞥し、
手を引っ込める。
《拾得候補:破損大》
《再利用効率:低》
《拾わない判断:推奨》
「拾わないのも、
仕事だ」
「……え?」
「拾うと、
次に進めなくなる」
ダンジョンは、
倉庫じゃない。
生きている場所だ。
「残す判断も、
責任」
冒険者は、
少し考えてから
小さく頷いた。
「……勉強になります」
その時。
奥の通路で、
金属が擦れる音がした。
人の気配。
しかも――
複数。
「……来客かな」
俺は、
モップを持ち直す。
ダンジョン清掃は、
どうやら
一人仕事じゃ
済まなくなりそうだった。
金属が擦れる音は、
すぐに正体を現した。
「……誰か、
いる?」
通路の奥から、
慎重な声。
光源が揺れ、
人影が三つ現れる。
冒険者パーティだ。
前に出てきたのは、
神官服の少女――
ミーナ。
その後ろに、
重そうな装備を担いだ男、
ガルド。
もう一人は、
弓を構えた軽装の冒険者。
「……清掃?」
ミーナが、
俺とモップを見て眉をひそめる。
「ここ、
討伐区域だけど」
「はい」
俺は、
普通に答えた。
「戦闘後清掃です」
沈黙。
「……は?」
ガルドが、
思わず聞き返す。
「いや、
待て待て」
「ダンジョンで、
掃除?」
「誰が?」
「俺です」
あっさり言うと、
今度は三人とも黙った。
「……正気?」
ミーナの率直な感想。
「普通は、
倒したら進む」
「残骸なんて、
放置でしょ」
俺は、
足元の砕けた盾を
モップで軽く寄せる。
「放置すると、
詰まるんで」
《清掃効果:通路確保》
《危険度:微減》
通路の空気が、
少し軽くなった。
「……今の」
弓の冒険者が、
目を見開く。
「地形、
安定した……?」
「掃除の副作用です」
ミーナは、
腕を組んだ。
「効率悪い」
「その時間で、
魔物倒した方が
早い」
「短期的には」
俺は、
頷いた。
「でも、
ここ――」
天井のひびを指す。
「放置されすぎてる」
「次の崩落、
多分この先」
ガルドが、
ひびを見上げて
舌打ちした。
「……チッ」
「確かに、
嫌な感じだな」
その時。
足元で、
レオルが小さく声を上げた。
「……あの」
全員の視線が、
彼に向く。
「これ、
拾っていいですか?」
差し出したのは、
欠けた短剣。
ミーナが、
即座に言う。
「ダメ」
「刃こぼれ、
柄も緩い」
「修理コスト、
見合わない」
レオルは、
手を止めて
俺を見る。
俺は、
一瞬だけ考えてから――
首を振った。
「拾わない」
レオルは、
少し驚いた顔をする。
「……はい」
ミーナは、
俺を見た。
「意外」
「全部拾う人かと」
「拾うけど」
俺は、
短く言う。
「使えない物は、
拾わない」
《拾わない判断:確定》
《進行阻害回避》
ガルドが、
豪快に笑った。
「ははっ!」
「分かってんじゃねぇか」
「変な清掃野郎かと
思ったが」
ミーナは、
少しだけ口角を上げる。
「……少しだけ、
話は聞いてもいい」
ダンジョンの奥で、
何かが鳴った。
低い、
不穏な音。
「じゃあ」
俺は、
モップを持ち直す。
「一緒に、
進みます?」
即席だが――
確実に、
パーティになりかけていた。
不穏な音は、
徐々に大きくなっていった。
――ゴリ……ゴリ……
天井の奥で、
何かが擦れる音。
「……止まれ」
俺は、
手を上げた。
全員が足を止める。
「今の音、
嫌なやつだな」
ガルドが、
低く呟く。
「崩落前だ」
ミーナも、
周囲を見回す。
「……でも」
「ここ、
避けられない」
通路は一本。
引き返すと、
入口までかなり距離がある。
レオルが、
緊張した声で言う。
「さっき拾わなかった剣……」
「もし、
使えたら……」
俺は、
首を振った。
「使えない」
「ここで壊れたら、
それこそ詰む」
その瞬間。
――ドン!!
天井が、
大きく揺れた。
「来るぞ!!」
ガルドが叫ぶ。
石片が、
雨のように降る。
同時に、
影が動いた。
崩落に紛れて、
地中系魔物が現れる。
「クソッ、
最悪のタイミング!」
弓の冒険者が、
矢を放つ。
だが――
足場が悪い。
魔物の一撃で、
床がさらに崩れる。
「……っ!」
レオルが、
体勢を崩した。
俺は、
即座に判断する。
「拾得物最適化指令!」
拾っておいた
“半端な瓦礫”が
一気に集まる。
通路の側面に、
即席の支柱を作る。
《清掃効果:崩落抑制》
《残存時間:短》
「今だ、
前に出る!」
ガルドが、
盾を構えて突っ込む。
ミーナが、
即座に支援魔法。
「回復、
最低限!」
レオルは、
一瞬だけ迷ってから――
俺の言葉を思い出す。
「……拾わない」
足元の壊れかけた剣を
蹴り飛ばし、
安全な足場へ跳ぶ。
その判断が、
生死を分けた。
直後。
剣が落ちていた場所が、
崩れ落ちる。
「……っ」
レオルは、
息を呑んだ。
「もし、
拾ってたら……」
「今、
ここにいない」
俺は、
はっきり言った。
魔物は、
ガルドの一撃で
吹き飛ばされる。
最後に。
俺は、
モップを振り下ろした。
「清掃者権限・改」
魔物の残骸と
崩落の原因になっていた
不要物を、
一気に回収する。
《冥途回収:成功》
《通路安定化》
《危険度:大幅減》
静寂。
瓦礫の落ちる音が、
完全に止まった。
ミーナが、
深く息を吐く。
「……拾わない判断」
「正しかったわね」
ガルドが、
頭を掻く。
「面倒な仕事だが……」
「生き残るな、
これ」
レオルは、
拳を握りしめていた。
「……分かりました」
「拾うって、
勇気がいるけど」
「拾わない方が、
もっと勇気がいる」
俺は、
小さく頷いた。
「だから、
仕事なんだ」
ダンジョンの奥は、
まだ続いている。
でも。
この即席パーティは――
もう、
ただの同行者じゃなかった。
判断を共有する仲間になり始めていた。




