清掃完了につき、冒険者には戻りません
王城の大広間は、
まだ瓦礫の匂いが残っていた。
でも、
混乱はもうない。
兵士たちは整列し、
負傷者は運ばれ、
空気は――
落ち着いていた。
グレイヴは、
鎖につながれ、
連行されていく。
誰も、
声をかけなかった。
「……終わったな」
王子が、
ぽつりと呟く。
「一応、
清掃はこれからです」
俺が言うと、
王が小さく笑った。
「相変わらずだな」
その後。
正式な場が設けられた。
王、王子、
側近たち。
そして俺。
「ユウキ」
王が、
はっきりと告げる。
「今回の件、
功績は計り知れぬ」
「よって――」
一拍。
「冒険者ギルドへの
正式復帰と、
相応の報奨金を与える」
ざわり。
側近たちが、
小さく息を呑む。
俺は、
首をかしげた。
「いえ」
即答だった。
「冒険者には、
戻りません」
今度は、
はっきりざわついた。
「……理由を聞こう」
王は、
怒っていない。
ただ、
興味深そうだった。
「ギルド、
向いてないんで」
正直な感想。
「仕事は、
選別と切り捨てが
基本ですよね」
「俺、
拾う方が
性に合ってます」
一瞬、
沈黙。
次の瞬間――
王子が、
吹き出した。
「……父上」
「彼らしいです」
王は、
大きく息を吐く。
「ならば」
少し、
声を低くした。
「望みは?」
「あります」
俺は、
はっきり言った。
「マルタさんと
リィナさん」
「二人の
待遇改善を」
即答だった。
「清掃と記録が、
どれだけ重要か――
今回で分かったはずです」
王は、
しばらく黙っていたが、
やがて頷いた。
「認めよう」
「給与、
役職、
裁量――
すべて見直す」
その場で、
決まった。
王の独断だ。
「……ありがとうございます」
俺は、
頭を下げた。
これで、
十分だった。
その夜。
王城の裏庭で、
俺はモップを洗っていた。
まだ、
清掃は終わっていない。
「……あれ?」
水面に、
奇妙な反応。
《清掃対象:新規》
《発生源:王城外縁部》
《分類:未踏領域》
「……まさか」
王城の外。
その先には――
ダンジョン入口があった。
「清掃範囲、
広がりすぎだろ……」
でも。
拾う仕事は、
まだ終わっていない。
冒険者ギルドは、
久しぶりに静かだった。
掲示板の前に、
人が集まっていない。
理由は単純だ。
「……王城、
復旧早すぎない?」
「魔人騒ぎ、
もう終わったのかよ」
そんな噂が、
受付前を漂っていた。
その奥。
資料室で、
リィナは一人、
書類を整理していた。
いつも通りの仕事。
でも――
今日だけは、
指が止まっていた。
「……清掃報告書?」
王城印の封蝋。
正式文書だ。
中身を読むにつれ、
リィナの目が、
少しずつ見開かれていく。
「……ユウキさん……?」
そこには、
はっきり書かれていた。
・王城清掃責任補佐
・魔人事案対応協力者
・王命による業務継続
「……冒険者、
辞退?」
小さく、
息を呑む。
その時。
「おーい、
リィナちゃん」
背後から、
のんびりした声。
マルタだった。
いつものように、
飴袋を手にしている。
「なんか、
顔色違うよ?」
「……これ」
リィナは、
黙って書類を渡した。
マルタは、
一行ずつ読んで――
最後で止まる。
「……あら」
そして、
笑った。
「やっぱりね」
「……やっぱり?」
「ええ」
マルタは、
飴を一つ、
机に置く。
「拾う人は、
拾う場所を
選ばないのよ」
「ギルドじゃ、
狭かったの」
その直後。
ギルドの扉が、
乱暴に開いた。
「おい!!
王城の件――」
勇者パーティの一人。
かつて、
ユウキを最速で
追放した男だ。
「……なんだ、
静かじゃねえか」
受付嬢が、
気まずそうに答える。
「もう、
解決したそうです」
「は?」
「魔人討伐、
完了。
王命で処理済みです」
「誰がやった?」
一瞬の沈黙。
受付嬢は、
書類を見てから言った。
「……清掃担当の方です」
男は、
固まった。
「……は?」
さらに追い打ち。
「それと――
ギルドへの
正式報告ですが」
受付嬢は、
淡々と読み上げる。
「“当該人物は、
ギルド冒険者としての
復帰を希望せず”」
勇者パーティの男は、
言葉を失った。
「……待て」
「じゃあ、
俺たちは……?」
受付嬢は、
困ったように言う。
「今回の件、
ギルドは
関与していませんので」
「功績分配は――
ありません」
空気が、
一気に冷えた。
奥で。
マルタは、
小さく呟く。
「……あの子、
ちゃんと
断ったのね」
リィナは、
胸元を押さえた。
少し、
安心したような。
少し、
寂しいような。
「……でも」
リィナは、
決意したように言う。
「記録は、
残します」
「誰が、
何を拾ったのか」
マルタは、
にやっと笑う。
「それでいいわ」
「拾う人には、
見てる人が
必要だもの」
その頃。
王城の外縁。
俺は、
新しい清掃区域を
眺めていた。
「……ダンジョン清掃」
笑うしかない。
「仕事、
増えてるし」
でも。
背中は、
軽かった。
翌朝。
冒険者ギルドは、
妙に落ち着かなかった。
「……あれ?」
マルタが、
掲示板の前で首をかしげる。
「こんな張り紙、
あったかしら?」
そこには、
見慣れない封印付きの
告知が貼られていた。
⸻
《特例登録通知》
対象者:ユウキ
区分:冒険者(名義のみ)
備考:王命による登録
※本人の意思により
活動義務なし
⸻
「……は?」
リィナが、
思わず声を出した。
「名義だけ……?」
受付嬢も、
困惑した顔で書類をめくる。
「ええ……
今朝届いたばかりで」
「王命、
だそうです」
マルタは、
数秒黙ったあと――
声を出して笑った。
「あー……」
「やりおったわね、
あの王様」
「……勝手に?」
リィナが、
ぽつりと聞く。
「ええ」
マルタは、
飴を一つ口に放り込む。
「“戻らない”って
言われたから、
“戻さないけど
籍だけ置く”」
「完全に、
大人の勝ち方ね」
リィナは、
その張り紙を見つめる。
胸の奥が、
少しだけ温かくなった。
「……でも」
「これなら」
「ユウキさん、
どこで何をしても……」
「記録、
残せますね」
「その通り」
マルタは、
満足そうに頷いた。
そして――
その日の午後。
給与通達が届いた。
「……え?」
受付嬢が、
声を裏返す。
「マルタさん、
昇給です」
「え?」
「……倍?」
「リィナさんも、
同時に昇格と
裁量権拡大……?」
リィナは、
しばらく固まったまま、
書類を見つめていた。
「……清掃の、
結果ですね」
小さく、
呟く。
その頃。
王都外縁。
俺は、
巨大な石扉の前に立っていた。
ダンジョン入口。
《清掃対象:危険区域》
《推奨人員:複数》
《単独実行:非推奨》
「……だよなぁ」
俺は、
清掃用具を肩に担ぐ。
「そろそろ、
一人じゃ
無理か」
扉の前には、
誰かがいた。
年若い冒険者。
装備は、
ちょっとボロい。
「……あの」
声をかけられる。
「清掃、
するんですか?」
「はい」
「……俺も、
手伝っていいですか」
少し、
間があって。
「捨てられた装備、
多くて」
「拾えそうだなって」
俺は、
少しだけ考えてから――
頷いた。
「じゃあ」
「拾う側に
回ります?」
冒険者は、
ぱっと顔を明るくする。
ダンジョンの奥で、
新しい物語が
始まろうとしていた。
そして。
ギルドの掲示板には、
小さく追記が貼られた。
⸻
《備考》
清掃業務中の
臨時協力者募集
※冒険者・非冒険者問わず
⸻
誰も気づかない。
でも確かに――
仲間フラグは
立っていた。




