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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第2章

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姫の宝物、王子の後悔

 王城の朝は、

 少しだけ明るくなっていた。


 使用人たちの足取りが、

 昨日より軽い。


 理由は、

 誰も説明しない。


 けれど――

 皆、分かっている。


「清掃の人」


 呼び止められた。


 声の主は、

 王女だった。


 今日は、

 少しだけ服装がラフだ。


「お願いがあるの」


「はい」


 即答すると、

 少し驚かれる。


「……もう少し、

 考えてから返事する人が多いのに」


「仕事なので」


 案内されたのは、

 王女の私室。


 明るくて、

 可愛らしい部屋だ。


 でも――

 棚の一角に、

 妙な空白がある。


「……ここ、

 何かありましたね」


 王女が、

 息を呑む。


「どうして分かるの?」


「物は、

 あった場所を覚えてます」


 床。

 棚。

 視線の高さ。


 全部、

 痕跡が残る。


 ゴミ拾いスキルが、

 静かに反応した。


《探索対象:木彫人形》

《所在:王城・旧修理工房》


「……工房?」


 王女が、

 首を傾げる。


「昔、

 使われてた場所です」


 修理工房は、

 今は倉庫同然だった。


 埃を払うと、

 作業台の下に

 小さな箱があった。


 中には、

 木彫りの人形。


 少し欠けているが、

 何度も直された跡がある。


「……これ!」


 王女が、

 両手で受け取る。


「お兄さまが、

 直してくれたの」


 声が、

 少し震える。


「壊れても、

 また直すって……」


 その言葉で、

 繋がる。


 次に向かったのは、

 王子の剣庫だった。


 王子は、

 一人で剣を磨いていた。


「……来たか」


「清掃です」


「分かっている」


 剣庫は整然としている。


 だが――

 一つだけ、

 棚の奥が不自然だ。


「……ここ」


 王子の視線が、

 一瞬だけ逸れる。


「昔、

 物を置いていた」


「捨ててません」


 箱を取り出す。


 中には、

 人形の欠片と

 小さな紙切れ。


 《壊れたら、

 また直す》


 王子は、

 それを見て固まった。


「……まだ、

 残っていたのか」


「捨てられてませんでした」


 王子は、

 しばらく黙っていた。


「……父上に、

 見られたくなかった」


 低い声。


「弱いと思われるのが、

 怖かった」


 俺は、

 特に返さない。


 拾った物を、

 戻しただけだ。


「……ありがとう」


 それだけ言って、

 王子は人形をしまった。


 剣庫を出ると、

 廊下の奥で

 誰かが立ち止まっていた。


 グレイヴだ。


 こちらを、

 睨むように見ている。


「……過去を掘り返すな」


 低く、

 吐き捨てるように。


「それは、

 清掃ではない」


 俺は、

 立ち止まる。


「残ってるなら、

 ゴミじゃありません」


 それだけ言って、

 通り過ぎた。


 背後で、

 手袋が軋む音がした。


 分断の糸は、

 もう隠せない。


 王城の奥で、

 何かが切れかけていた。


 王子の様子は、

 明らかに変わっていた。


 剣庫を出たあとも、

 歩調が遅い。


 考え事をしている人間の、

 それだった。


 その日の午後。


 城内に、

 妙な通達が回る。


「王子殿下の執務時間を、

 本日中止とする」


 理由は、

 書かれていない。


 俺は、

 通達を掲示板に貼りながら、

 少しだけ眉をひそめた。


「……急ですね」


 近くにいた城務官が、

 声を潜める。


「内務大臣殿の、

 判断だそうです」


 またか。


 王子の執務室前は、

 人払いされていた。


 廊下の奥に、

 グレイヴの姿がある。


 誰かに指示を出し、

 こちらを見ない。


 でも――

 意識していないはずがない。


 俺は、

 床を掃きながら進む。


 掃除というのは、

 聞こえてはいけない会話も、

 自然に拾う。


「……王子殿下は、

 まだお若い」


「陛下の判断が、

 揺らいでしまう」


 囁き声。


 その言葉が、

 どこへ向かうか。


 分からないほど、

 王城は甘くない。


 夕刻。


 王妃の侍女が、

 慌ただしく走ってきた。


「清掃の方!」


「はい」


「陛下が、

 王子殿下を探しておられます」


「……分かりました」


 探すまでもない。


 王子は、

 剣庫にいた。


 一人で、

 剣を磨いている。


 いつもより、

 念入りだ。


「……父上が?」


「はい」


 王子は、

 少しだけ目を伏せる。


「……避けていた」


「分かります」


「いや……

 分かる必要はない」


 そう言いながら、

 王子は立ち上がった。


 その時。


 廊下の向こうで、

 大きな声がした。


「王子殿下は、

 本日はお疲れです!」


 グレイヴの声。


 はっきりと、

 遮る意志のある声だった。


 王子の足が、

 止まる。


 俺は、

 一歩前に出た。


「……通路、

 清掃中です」


「何?」


「危ないので、

 静かにしてもらえると」


 一瞬の沈黙。


 グレイヴは、

 俺を見る。


「……君は、

 自分の立場を理解しているか」


「清掃担当です」


 それ以上でも、

 以下でもない。


 王子が、

 ゆっくり歩き出す。


「父上に、

 会う」


 その言葉は、

 短いが重かった。


 グレイヴは、

 一瞬だけ歯噛みする。


「……後悔するぞ」


 王子は、

 振り返らなかった。


 王城の廊下は、

 静まり返る。


 俺は、

 床を一度だけ掃いた。


 塵が、

 綺麗に消える。


 ――捨てられたと思わされていたものは、

 実は、

 誰かが隠していただけだ。


 それを、

 拾っただけ。


 ただそれだけで、

 城は揺れ始めていた。


 王の執務室は、

 夕暮れの光に包まれていた。


 窓の外では、

 城下の灯りが一つずつ点いていく。


「……入れ」


 低い声。


 扉を開け、

 王子が一歩踏み出す。


「父上」


 王は、

 書類から視線を上げた。


 その瞬間、

 互いの動きが止まる。


 長い沈黙。


 先に口を開いたのは、

 王子だった。


「避けていたのは、

 私です」


 王は、

 何も言わない。


「弱いと思われるのが、

 怖かった」


 王子は、

 懐から小さな包みを取り出す。


 木彫りの人形。


 欠けているが、

 丁寧に直されている。


「……まだ、

 残っていた」


 王の目が、

 僅かに揺れる。


「捨てたと思っていました」

「そう、

 思わされていた」


 王子は、

 静かに言った。


 王は、

 立ち上がる。


「……誰が」


 問いは短い。


「清掃の人が、

 拾いました」


 一拍の間。


 王は、

 深く息を吐いた。


「……そうか」


 それ以上、

 問い詰めない。


 人形を、

 王がそっと受け取る。


「覚えている」


 低い声。


「お前が泣きながら、

 これを直していた夜を」


 王子の肩が、

 わずかに震える。


「父上は、

 見ていないと……」


「見ていた」


 王は、

 即答した。


「だが、

 言えなかった」


 不器用な言葉。


 王子は、

 目を伏せる。


「……姉上のことも」


「聞いた」


 王は、

 頷く。


「失くしたと思っていたものが、

 戻っている」


 机の上には、

 王妃の装身具も置かれていた。


「これは、

 偶然ではない」


 王は、

 はっきり言った。


「誰かが、

 捨てた」


「あるいは――

 捨てたと、

 思わせた」


 王子は、

 顔を上げる。


「……内務大臣」


 王は、

 目を細めた。


「確証はない」

「だが――

 調べる価値はある」


 その瞬間。


 廊下の向こうで、

 扉の閉まる音がした。


 聞き耳を立てていた者が、

 立ち去った音。


 王は、

 それを聞き逃さなかった。


「……もう一度、

 城を見直す」


 王は、

 静かに言う。


「物も、人も」


 王子は、

 一歩前に出る。


「手伝います」


「当然だ」


 短いやり取り。


 だが――

 そこにあった溝は、

 確かに埋まり始めていた。


 その夜。


 城の廊下で、

 俺は箒を動かしていた。


 遠くで、

 親子の会話が続いている。


 内容は、

 聞こえない。


 でも――

 声のトーンが、

 違った。


「……よし」


 床を一度、

 掃き終える。


 塵は、

 残らない。


 分断は、

 誰かが作った。


 なら――

 拾えばいい。


 それだけの話だ。


 王城の夜は、

 静かだった。


 だが、

 その静けさはもう――

 歪んでいなかった。


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