減らない
依頼掲示板が、うるさかった。
「また出たぞ!」
「昨日片付けたはずだろ!」
「数、増えてないか?」
紙が、何枚も重なって貼られている。
《討伐依頼》
《対象:小型魔物群》
《発生源:不明》
《報酬:低》
どれも似た内容だ。
違うのは、日付だけ。
「……これ」
レオルが、眉をひそめる。
「全部同じ場所ですね」
「山岳帯だな」
ガルドが言う。
「一帯、魔物の巣になってる」
ミーナは、紙の端を指で弾いた。
「討伐数の報告が、異常です」
「減っていません」
ユウキは、黙って見ていた。
装備袋は、鳴らない。
《即時回収対象:なし》
だが――
嫌な感じが、ある。
「受けるか?」
ガルドが聞く。
「受ける」
ユウキは即答した。
「これは……」
一拍置いて、続ける。
「減らないタイプだ」
⸻
山岳帯の入り口は、荒れていた。
仮設の柵。
応急処置された岩壁。
疲れた顔の冒険者たち。
「またかよ……」
「倒しても倒しても、湧いてくる」
一人が、ユウキたちを見て声をかける。
「新人か?」
「やめとけ、割に合わねぇ」
「どんな魔物です?」
レオルが聞く。
冒険者は、首を振った。
「弱い」
「一体一体は、な」
「じゃあ、なんで?」
レオルが食いつく。
「倒すと」
冒険者は、少し間を置いて言った。
「増える」
その言葉で、
ガルドが舌打ちした。
「最悪だな」
ミーナが、冷静に整理する。
「分裂、あるいは誘発型増殖ですね」
「違う」
冒険者が言った。
「もっと、嫌な感じだ」
「切ったら増える、とかじゃねぇ」
「倒した“あと”に、増える」
ユウキは、その時点で確信した。
「……分体だ」
冒険者が、驚いた顔をする。
「名前、知ってるのか?」
「いや」
ユウキは首を振る。
「仕組みを知ってる」
装備袋が、ようやく微かに鳴った。
《残留機構:検知》
《増殖条件:討伐完了》
「……ああ」
ユウキは、息を吐く。
「これ」
地面を見る。
「倒すほど、増える」
遠くで、魔物の鳴き声。
数は、多い。
だが、統制はない。
「行くぞ」
ユウキが言う。
「今日は」
一拍置いて。
「一体も倒さない」
ガルドとレオルが、同時に振り向く。
「……は?」
「えっ?」
ミーナだけが、理解したように頷いた。
「なるほど」
「倒した時点で、負けですね」
山の奥で、
また一体、魔物が生まれた。
討伐数は、今日も増える。
――減らないまま。
山に入った途端、音が増えた。
金属音。
怒号。
魔法の破裂音。
「……もう始まってるな」
ガルドが言う。
少し進んだ先で、戦闘が起きていた。
五人組の冒険者パーティ。
相手は、小型の魔物が十数体。
数は多いが、動きは単調だ。
「行け!」
「数を減らせ!」
剣が振るわれ、
魔法が炸裂する。
魔物が、倒れる。
――その瞬間。
地面が、脈打った。
「……おい」
レオルが、声を落とす。
倒れた魔物の影が、
じわりと広がる。
次の瞬間、
二体、立ち上がった。
「は!?」
冒険者が叫ぶ。
「また増えたぞ!」
「くそっ、何なんだ!」
「下がれ!」
ユウキが叫ぶ。
だが、遅い。
冒険者たちは、
“正しい行動”を続けていた。
倒す。
数を減らす。
討伐する。
そのたびに――
数が、増える。
「馬鹿な……」
レオルが、息を呑む。
「本当に……」
ミーナが、冷静に分析する。
「討伐完了が、増殖条件」
「完全に、逆設計です」
ガルドが、歯を鳴らす。
「最悪の罠だな」
戦闘は、膠着した。
冒険者たちは疲弊し、
魔物は、確実に増えている。
そこへ、王国の伝令が走り込んできた。
「指示だ!」
「数で押せ!」
「討伐数を減らすな!」
冒険者の一人が、叫び返す。
「減ってねぇんだよ!」
だが、命令は変わらない。
「討伐継続!」
「殲滅するまで下がるな!」
ユウキは、状況を一瞥して言った。
「……これ」
低い声。
「全滅コースだ」
ガルドが、即答する。
「止めるか?」
「止めない」
ユウキは首を振る。
「止められない」
「じゃあどうする!?」
レオルが声を荒げる。
ユウキは、前に出た。
剣も、魔法も使わずに。
「おい!」
冒険者が叫ぶ。
「何やって――」
ユウキは、魔物の群れの中を歩いた。
攻撃しない。
倒さない。
魔物は、一瞬、動きを止める。
「……?」
群れが、戸惑う。
《増殖条件:未達》
《分体生成:停止》
装備袋が、はっきり鳴った。
「今だ」
ユウキが言う。
ミーナが、即座に理解する。
「増えません」
「倒さなければ」
「は!?」
冒険者たちが混乱する。
「倒すな!」
ユウキが叫ぶ。
「倒すと、増える!」
だが――
剣は、止まらない。
善意。
正義。
討伐という“正解”。
それが、
この魔王にとっての餌だった。
ガルドが、舌打ちする。
「……説教してる暇はねぇな」
「ない」
ユウキは言った。
視線は、もっと奥。
山のさらに深部。
“増える理由”がある場所。
「行くぞ」
ユウキが言う。
「増えてる現場を、無視する」
レオルが、目を見開く。
「助けないんですか!?」
「助ける」
ユウキは答える。
「後で、まとめて」
背後で、また一体、魔物が増えた。
討伐数は、今日も更新される。
正解を続ける限り――
終わらない。
山の奥は、静かだった。
戦闘音が、嘘のように届かない。
風も、獣の声もない。
「……ここだけ、別だな」
ガルドが低く言う。
「増えてない」
ミーナが即答する。
「ここでは、討伐が起きていません」
岩壁の裂け目。
その奥に――何かがある。
装備袋が、はっきり鳴った。
《分体制御核:検知》
《状態:機能稼働中》
《人格反応:なし》
「……魔王、って感じじゃねぇな」
ガルドが言う。
「魔王“だった”機構だ」
ユウキは答える。
「倒された後に、残った仕事」
裂け目の奥に、
淡く脈打つ結晶体があった。
心臓でも、核でもない。
分裂命令だけが残った装置。
倒された魔王が、
最後に“仕事を続けるため”に残したもの。
「……哀れだな」
レオルが、ぽつりと言う。
「哀れじゃない」
ユウキは首を振る。
「危ないだけだ」
結晶が、微かに震える。
外で、また討伐が起きたのだろう。
増殖信号が、走る。
「……間に合うか?」
ガルドが問う。
「間に合わせる」
ユウキは言った。
剣は抜かない。
魔法も使わない。
ただ、結晶に手を伸ばす。
《零価再定義》
対象は――
“討伐完了をトリガーに増える役割”。
存在ではない。
数でもない。
「増えろ」という命令だけ。
結晶が、抵抗する。
だが、意思はない。
ただ、続けていただけだ。
《役割再定義:完了》
《増殖条件:解除》
一瞬、山全体が――静止した。
遠くで、戦闘音が止まる。
「……あ?」
冒険者の声が、風に乗って聞こえる。
「倒したのに……増えねぇ?」
ミーナが、即座に確認する。
「分体生成、停止」
「これ以上、増えません」
結晶は、ただの石になった。
ユウキは、それを拾い上げ、袋に入れる。
「……終わりだ」
そう言った。
山を下りる途中、
疲弊していた冒険者たちが呆然としている。
「……終わった?」
「数、減ってるぞ……?」
誰かが、ユウキたちを見る。
「お前ら、何した?」
ユウキは、答えない。
代わりに、地面を見る。
そこには、
倒される必要のなくなった魔物たちが、
逃げるように散っていく姿があった。
「……討伐数」
ガルドが、ぼそっと言う。
「今日、最低記録だな」
「それでいい」
ユウキは言った。
王国への報告は、短く書いた。
《対象:小型魔物群》
《原因:増殖機構》
《対応:機構回収》
《討伐数:不要》
返事は、まだ来ない。
だが――
否定は、もうできない。
数で押した者たちは、疲弊した。
拾った者だけが、終わらせた。
ユウキは、山を振り返らなかった。
「……次は?」
レオルが聞く。
「まだ、ある」
ユウキは答える。
「増えなくなっただけだ」
分体の魔王は、これで終わり。
だが世界には、
まだ“片付け方を間違えた魔王”が、
いくつも残っている。




