条件付き
王国の使者が来たのは、昼を少し過ぎた頃だった。
派手な行列ではない。
護衛も最低限。
だが、動きに無駄がない。
「……今回は、逃げなかったな」
ガルドがぼそっと言う。
使者は、深く礼をした。
「王国より、正式な依頼を」
ミーナが一歩前に出る。
「内容は?」
使者は、巻物を差し出した。
《旧討伐地帯・再調査》
《目的:未回収影響の確認および対処》
《担当:掃除屋ユウキ一行》
「……素直だな」
レオルが驚く。
だが、ユウキは巻物の下段を見ていた。
「条件、あるな」
使者は、視線を伏せる。
「はい」
読み上げる。
「――“魔王案件とは認めない”」
「――“王国の討伐記録は修正しない”」
「――“成果は王国名義で記録する”」
ガルドが、思わず声を荒げる。
「ふざけてんのか」
「交渉の結果です」
使者は淡々と答える。
「これ以上の譲歩は、ありません」
沈黙。
風が、畑を揺らす。
レオルが、不安そうにユウキを見る。
「……どうします?」
ミーナも、言葉を待っている。
ユウキは、少し考えたあと――
巻物を受け取った。
「受ける」
ガルドが目を見開く。
「おい」
「いい」
ユウキは言った。
「条件は、向こうの都合だ」
使者が、安堵の息を吐く。
「では――」
「ただし」
ユウキは続ける。
使者の動きが、止まる。
「拾うかどうかは、俺が決める」
「途中で止めるな」
「口も、出すな」
使者は、わずかに逡巡し、
やがて頷いた。
「……承知しました」
去り際、使者は一言だけ残す。
「王国は……」
「あなた方を、完全には信用していません」
「知ってる」
ユウキは即答した。
「信用は、いらない」
使者が去る。
ガルドが、腕を組む。
「名義だけ持ってかれるぞ?」
「いい」
ユウキは言う。
「名義は、どうでもいい」
ミーナが、静かに言う。
「ですが」
「前例になります」
「そうだ」
ユウキは頷く。
「だから――」
装備袋を、軽く叩く。
「次から、隠せなくなる」
レオルが、少しだけ笑う。
「つまり……」
「正式に」
ユウキは言った。
「拾わされる立場になった」
遠くで、別の依頼掲示板が貼り替えられている。
《完全消滅・確認済み》
その文字を見て、
ユウキは歩き出した。
「行くぞ」
「次は――」
一拍置いて。
「否定される前提の現場だ」
現地入りは、異様に静かだった。
街道は整備され、
周囲には仮設の見張り所。
そして――
王国の立ち会い役が、二人。
「……見張られてるな」
ガルドが小声で言う。
「立ち会い、です」
ミーナが訂正する。
「形式上は」
立ち会い役は、距離を保ってついてくる。
質問はしない。
助言もしない。
ただ、記録するだけ。
「やりにくいですね」
レオルが言う。
「そうでもない」
ユウキは答える。
「やることは変わらない」
今回の現場は、谷だった。
かつて魔王軍の補給路だった場所。
討伐後、封鎖され、
そのまま“安全”と判断された。
「……空気が、止まってます」
ミーナが言う。
「循環していない」
装備袋は、鳴らない。
《即時回収対象:なし》
立ち会い役の一人が、淡々と告げる。
「確認します」
「当該区域に、魔王の存在はありません」
「知ってる」
ユウキは言った。
谷底へ降りる。
石は崩れていない。
水も流れている。
だが――
音が、谷に落ちない。
「……反響が、ない」
レオルが呟く。
ガルドが、石を一つ投げた。
落下音が、途中で消える。
「気持ち悪いな」
ユウキは、谷の中央で立ち止まった。
「ここ」
そう言って、足元を踏む。
――軽い。
地面が、拒まない。
「……立ち会い」
ユウキが言う。
「一つ、聞く」
立ち会い役が頷く。
「どうぞ」
「ここで」
ユウキは続ける。
「俺が何か拾ったら」
「それは、魔王案件になるか?」
一瞬、沈黙。
立ち会い役は、事務的に答える。
「なりません」
「魔王は、存在しないため」
「了解」
ユウキは、装備袋に手を入れた。
取り出したのは、
小さな、歪んだ金属片。
「ミーナ」
「はい」
「これ、測ってくれ」
ミーナが、魔力測定を行う。
「……これは」
「魔王由来ではありません」
「ですが――」
一拍置いて。
「役割だけが残っています」
立ち会い役の一人が、眉をひそめる。
「それは――」
「魔王じゃない」
ユウキが遮る。
「“魔王だった仕事”だ」
装備袋が、はっきり鳴った。
《回収可能:成立》
《対象:残存機能》
「……今なら、拾える」
ユウキが言う。
谷全体が、微かに震えた。
風が、抜ける。
反響が、戻る。
水音が、谷に落ちる。
立ち会い役の一人が、思わず呟く。
「……環境変化、確認」
ミーナが頷く。
「循環、回復しています」
ユウキは、金属片を袋に戻した。
「記録しろ」
そう言った。
「魔王はいない」
「だが――」
立ち会い役を見る。
「片付いてなかった」
立ち会い役は、返事をしなかった。
ただ、記録板に文字を書き込む。
ガルドが、小さく笑う。
「条件の穴、だな」
「穴じゃない」
ユウキは答える。
「書いてないだけだ」
谷を抜ける風が、
はっきりと背中を押した。
立ち会い役の報告は、淡々としていた。
《当該区域に魔王存在なし》
《戦闘行為なし》
《環境変化:確認》
《原因:未定義》
余計な言葉は、ない。
だが――
否定も、できていない。
王国の執務区画で、数人がその紙を囲んでいた。
「……魔王はいない」
「だが、回復している」
「掃除屋は?」
「何をした」
返ってきた答えは、簡単だった。
「拾ったそうです」
「魔王ではなく」
「“役割”を」
沈黙。
誰も、それを否定できない。
「……条件は守られている」
「魔王案件には、なっていない」
「だが」
別の声が続ける。
「放置すれば、被害が出ていた」
机を叩く音。
「前例になるぞ」
「これを認めれば――」
「もう、なっている」
静かな声が遮った。
「現地で、回復は起きた」
誰も、反論できなかった。
⸻
一方、ユウキたちは街道を戻っていた。
風は、はっきりと背中から吹いている。
「……通ったな」
ガルドが言う。
「通した」
ユウキは訂正した。
「向こうが」
レオルが、少しだけ安心した顔をする。
「これで、自由に――」
「ならない」
ユウキは即答する。
「次からは、見られる」
ミーナが頷く。
「評価対象になりましたね」
「そう」
ユウキは言う。
「拾う前提で、現場を出される」
装備袋の中で、
回収した金属片が静かにしている。
「……面倒だな」
ガルドが苦笑する。
「面倒だ」
ユウキは認める。
「でも――」
歩みを止め、振り返る。
谷の方角。
風が、途切れずに流れている。
「拾わなきゃ、壊れてた」
「それだけだ」
レオルが、静かに言う。
「英雄みたいですね」
ユウキは、首を振った。
「英雄は、終わらせる」
「俺は――」
少し間を置いて。
「終わらせ損ねたものを、片付けるだけだ」
街が、見えてきた。
掲示板には、
新しい依頼が貼られている。
《完全消滅・確認済み》
《再調査・立ち会い必須》
ユウキは、それを見て小さく息を吐いた。
「……増えたな」
ミーナが、地図を広げる。
「次は、山岳地帯です」
「行くか」
ユウキは言う。
拾われなかったものは、
まだ、いくつも残っている。
第二の魔王は、もういない。
だが――
魔王だった“仕事”は、世界中に散らばっていた。
掃除屋の仕事は、
むしろ、これからだった。




