終わったはずの場所
報告は、すぐに回った。
《旧討伐地帯:異常原因特定》
《未回収残滓を確認、回収済み》
《環境影響:改善傾向》
紙面は、淡々としている。
だが、その内容は――重い。
王都の執務室で、男が報告書を叩いた。
「……未回収、だと?」
部下が、慎重に答える。
「はい」
「討伐は完了していましたが」
「後処理が、されていなかったと」
「馬鹿な」
男は吐き捨てる。
「討伐記録は正式だ」
「勇者が、確かに――」
「“倒した”ことと」
部下は言葉を選ぶ。
「“終わらせた”ことは、別だと」
沈黙。
それを破ったのは、別の声だった。
「……掃除屋か」
男は、苦々しく頷く。
「また、あいつらだ」
机の上には、二つの報告書。
一つは――
魔王エルネスト:異常なし/管理者確認。
もう一つは――
討伐済み魔王:未回収残滓あり/回収完了。
「……基準が、揺らいでいる」
男は、低く言う。
「魔王は、倒せばいい存在だったはずだ」
部下が、言い切る。
「もう、それでは説明できません」
男は、しばらく黙った後、言った。
「……次を出せ」
「“完全に終わった”魔王の案件を」
「確認、ですか?」
「いいや」
男は、目を細める。
「否定するためだ」
⸻
一方、ユウキたちは街道を戻っていた。
村は、確かに変わっていた。
風があり、
音があり、
作物の色が違う。
「……ほんとに、戻ってますね」
レオルが振り返る。
「数字も、改善してます」
ミーナが頷く。
「これは、偶然ではありません」
ガルドが、肩をすくめる。
「つまり――」
「討伐だけじゃ、足りない」
ユウキが、短く言う。
装備袋の中で、
回収した黒い結晶が、静かにしている。
「……なぁ」
ガルドが聞く。
「これ、どうする?」
「捨てない」
ユウキは即答した。
「使わない」
「でも――」
少し考えてから、続ける。
「同じことが起きたら、使う」
ミーナが、即座に理解する。
「基準、ですね」
「そう」
ユウキは頷く。
「“終わったことにされた場所”が、次だ」
街が、見えてくる。
ギルドの掲示板には、
新しい依頼が、もう貼られていた。
《調査依頼》
《旧災厄地帯・再確認》
《当該魔王:完全消滅》
《異常の可能性:低》
ユウキは、紙を見た瞬間に分かった。
「……来たな」
レオルが、息を呑む。
「次も、同じ?」
「たぶん」
ユウキは言う。
「でも――」
紙を剥がす。
「今度は、否定される」
勇者が倒した。
王国が終わらせた。
だから、問題はない。
そう言い切りたい場所ほど、
拾われていない。
ユウキは、紙を折りたたんだ。
「行くぞ」
そう言って、歩き出す。
**“魔王がいない場所”**から、
さらに深くなる。
旧災厄地帯は、整いすぎていた。
舗装された街道。
補強された地盤。
撤去された監視設備。
「……綺麗だな」
ガルドが言う。
「はい」
ミーナは頷く。
「“完了後”としては、理想的です」
レオルが、周囲を見回す。
「人、いませんね」
「いなくなった」
ユウキは訂正した。
「住めなくなった」
装備袋は、鳴らない。
危険反応なし。
回収対象なし。
だが――
空気が、薄い。
音が、返ってこない。
「……ここ」
ユウキが、地面を踏む。
「軽いな」
沈まない。
だが、反発もない。
「土が、死んでます」
ミーナが即答する。
「生命循環が、成立していません」
「でも」
レオルが言う。
「魔力は正常ですよ?」
「数字はな」
ガルドが肩をすくめる。
その時だった。
「そこまでだ」
背後から、声。
振り返ると、
王国の官服を着た一団が立っていた。
剣は抜いていない。
魔力も、抑えられている。
前に出た男が、淡々と告げる。
「当該区域は、すでに安全確認済みだ」
「追加調査は不要」
ユウキは、相手を見た。
名乗りはない。
だが、立ち位置で分かる。
「監査か」
ユウキが言う。
「確認だ」
男は答える。
「異常が存在しないことの」
ガルドが、思わず笑った。
「逆じゃねぇか」
「逆ではない」
男は平然としている。
「異常がなければ、問題はない」
ミーナが、一歩前に出る。
「ですが、ここは――」
「討伐は完了している」
男は遮る。
「魔王は消滅」
「王国の記録は、そうなっている」
ユウキは、地面を指した。
「ここ」
「生きてない」
男は、視線だけを落とす。
「生物がいないだけだ」
「違う」
ユウキは言った。
「生きられない」
一瞬、空気が張る。
だが男は、首を振った。
「感覚論だ」
「王国は、数字で判断する」
ミーナが、低く言う。
「数字に出ない異常も――」
「異常ではない」
男は即答する。
「記録されないものは、存在しない」
その言葉で、全てが繋がった。
レオルが、小さく息を呑む。
「……だから」
ユウキが言った。
「誰も拾わなかった」
「拾う必要がなかった」
男は言い切る。
「魔王は、倒された」
「倒しただけだ」
ユウキは答える。
「終わらせてない」
男は、一歩下がった。
「掃除屋」
低い声。
「君たちは、どこまで責任を負う?」
「負わない」
ユウキは即答した。
「引き受けるだけだ」
「同じだ」
男は言う。
「王国は、それを引き受けない」
踵を返す。
「記録は修正しない」
「だが――」
振り返らずに、言い残す。
「次に何か起きたら」
「証明しろ」
一団は、去っていった。
残されたのは、
整いすぎた土地と、
誰も住まない家。
ガルドが、低く言う。
「……否定したいだけだな」
「そうだ」
ユウキは頷く。
「終わってないって認めると」
「終わらせた側の責任になる」
装備袋が、ようやく微かに鳴った。
《残留影響:進行中》
「……来るな」
ユウキが言う。
「次は?」
レオルが聞く。
「証明しないと」
ユウキは答える。
「拾えない現場だ」
異変は、派手には起きなかった。
爆発もない。
悲鳴もない。
ただ――
朝が来なかった。
夜が明けても、空が白まない。
雲があるわけでもない。
「……おかしい」
レオルが呟く。
「夜が、薄いままです」
ミーナは即座に確認する。
「時間流速、正常」
「ですが、光量が上がっていません」
村の外れ。
かつて人が住んでいた家の前で、
空気が、わずかに沈んでいる。
装備袋が、今度ははっきり鳴った。
《影響具現:開始》
《対象:未回収残滓》
《状態:環境侵食》
「……始まったな」
ユウキが言う。
ガルドが、拳を鳴らす。
「今度は、誤魔化せねぇぞ」
家の中から、音がした。
きしり、と。
何かが、軋む音。
「誰か、いる!?」
レオルが声を張る。
返事はない。
ユウキが、扉を開けた。
中は、空だ。
だが――
壁が、呼吸している。
「……気持ち悪っ」
ガルドが低く言う。
ミーナが、声を落とす。
「魔王の残滓が」
「空間に、染み込んでいます」
床が、ゆっくりと沈む。
家そのものが、
“住むことを拒否している”。
「これ」
ユウキは言う。
「記録に残らないタイプだ」
その瞬間。
外で、叫び声。
「おい!」
「畑が――!」
走り出ると、
畑の作物が、一斉に倒れていた。
枯れてはいない。
腐ってもいない。
ただ、立てない。
「……生きてるのに」
レオルが息を呑む。
ミーナが、即座に測定する。
「生命反応あり」
「ですが、成長拒否状態です」
装備袋が、警告音を立てる。
《拡大傾向》
《被害:可視化》
「……見える形で出てきたな」
ユウキが言う。
その時。
遠くで、馬の蹄の音。
王国の一団が、戻ってきていた。
「……早いな」
ガルドが言う。
先頭の男が、状況を見て立ち止まる。
倒れた作物。
沈む地面。
薄い空。
「……これは」
男が、言葉を失う。
ユウキは、何も言わない。
ただ、指で地面を指した。
「これが」
そう言った。
「終わってない証拠だ」
沈黙。
男は、しばらく周囲を見回し、
やがて、低く言った。
「……報告する」
「数字にするか?」
ユウキが聞く。
男は、答えない。
ミーナが、静かに言う。
「数字にするには」
「時間が、かかります」
「だろうな」
ユウキは言った。
「でも――」
装備袋から、
あの黒い結晶を取り出す。
「今なら、拾える」
地面に、結晶を置く。
《零価再定義》
対象は――
この土地に残された
“魔王が果たせなかった役割”。
吸い上げ、
歪め、
循環を止める機能。
それだけを、拾う。
空気が、震えた。
畑が、ゆっくりと起き上がる。
家の壁が、呼吸を止める。
光が、戻る。
朝が、来た。
レオルが、思わず息を吐く。
「……戻った」
ミーナが、頷く。
「回復傾向、明確」
「これは……」
男は、拳を握りしめていた。
「……記録が」
低い声。
「間違っていた」
「違う」
ユウキは言う。
「足りなかっただけだ」
男は、深く息を吐く。
「……次は」
そう言って、顔を上げる。
「否定は、できない」
ユウキは、結晶を拾い上げた。
「証明は、終わりだ」
残されたのは、
回復し始めた土地と、
言い逃れできなくなった現実。
そして――
次に拾われるべき“完全消滅”が、
もう一つ、待っている。




