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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
20章

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後処理依頼

依頼書は、一番下にあった。


掲示板の隅。

期限も報酬も、妙に曖昧な紙。


《調査・確認》

《対象区域:旧境界地帯》

《立入制限あり》

《討伐不要》


「……あからさまだな」

ガルドが言った。


「触りたくない仕事です」

ミーナは淡々と補足する。

「討伐不要、がわざわざ書いてある」


レオルが首を傾げる。

「それって、逆に変じゃないですか?」


「変だな」

ユウキは認めた。

「だから、ここに残ってる」


周囲では、

高報酬の護衛依頼や、

分かりやすい討伐案件が、次々に剥がされていく。


この紙だけが、

誰にも拾われない。


「調査って」

ガルドが肩をすくめる。

「何を調べるんだ?」


ユウキは、紙を指で押さえた。

「“壊れてないかどうか”」


「……は?」

レオルが間の抜けた声を出す。


「壊れたら分かる」

ユウキは続ける。

「だから、壊れる前を見る」


ミーナが、地名を確認する。

「旧境界地帯……」

「魔王領の外縁ですね」


その言葉で、周囲の空気がわずかに変わった。


近くにいた冒険者が、視線を逸らす。

受付の職員も、一瞬だけ黙る。


「……なるほど」

ガルドが低く笑う。

「だから討伐不要、か」


「倒したら終わるなら」

ユウキは言った。

「こんな依頼、出ない」


依頼書の下部には、手書きの一文があった。


《状況次第で、追加判断を許可する》


「判断丸投げですね」

ミーナが言う。


「いつも通りだ」

ユウキは答えた。


受付に向かうと、職員は少しだけ言い淀んだ。


「……確認ですが」

「本当に、受けますか?」


「受ける」

ユウキは即答する。


職員は、ほっとしたような、

困ったような顔で書類を渡した。


「正式な依頼記録は、残りません」

「報告も、簡易で構いません」


「助かる」

ユウキは言った。

「記録は、後で重くなる」


外に出る。


空は、よく晴れている。


「魔王領、か」

レオルが少しだけ緊張した声を出す。


「領って言っても」

ガルドが言う。

「今は、ほとんど動いてないらしいぞ」


「動いてないのが、一番厄介です」

ミーナが静かに言った。

「壊れているか、壊れかけている」


ユウキは、装備袋を確認する。


特別な準備はしない。

いつも通りだ。


「行こう」

そう言って、歩き出す。


魔王を倒しに行くわけじゃない。

世界を救いに行くわけでもない。


ただ――

壊れていないかを、見に行くだけ。


その足音が、

魔王エルネストの城へと、

静かに近づいていくことを。


まだ誰も、言葉にしていなかった。


旧境界地帯は、思ったより静かだった。


草は伸びているが、荒れてはいない。

道も、崩れていない。


「……拍子抜けですね」

レオルが言う。


「だから、厄介なんだ」

ガルドは周囲を睨みながら答える。

「魔王領って聞いて、これだぞ」


ミーナは、地面に残る痕を見ていた。

「人の往来は、あります」

「少数ですが、定期的に」


「住民か?」

ガルドが聞く。


「分かりません」

ミーナは首を振る。

「避難民か、あるいは……」


ユウキは、何も言わずに歩いていた。


装備袋が、鳴らない。


《危険検知》

《即時回収対象》

どちらも、反応なし。


「……変だな」

ユウキが呟く。


「何がだ?」

ガルドが聞く。


「魔王領に入った感触が、ない」

ユウキは答えた。

「圧も、魔力も」


境界標識の残骸を越える。


そこから先も、同じだった。


壊れていない。

だが、整ってもいない。


「誰かが」

レオルが言う。

「手入れしてる?」


「違う」

ミーナが即座に否定する。

「“壊れないようにしている”だけです」


ユウキは、その言葉に頷いた。


「最低限、だな」


しばらく進むと、古い建物跡が見えてきた。

村だったらしい。


屋根は落ちているが、

壁は補強されている。


「……人、いますね」

レオルが声を落とす。


遠くに、動く影。


逃げる様子はない。

武器も構えていない。


ただ、様子を見ている。


「敵対してない」

ガルドが言う。


ユウキは、手を上げた。

「近づくな」

「まず、見る」


腕の金属板が、微かに反応する。


《評価対象:居住痕》

《価値判定:不明》

《危険度:低》


「……居場所だ」

ユウキは言った。

「捨てられた場所じゃない」


ミーナが、静かに息を吸う。

「魔王が、支配している形跡がありません」


「じゃあ」

レオルが戸惑う。

「魔王って……」


「いる」

ユウキは即答した。

「ただ――」


言葉を探す。


「片付けてないだけだ」


風が、少しだけ変わった。


遠く、丘の向こう。

石造りの建物が見える。


城だ。


大きくはない。

威圧感もない。


だが、確かにそこにある。


ミーナが、城の方向を見て言う。

「……中心点です」

「ここ一帯の“歪み”は、あそこに集まっています」


ガルドが舌打ちする。

「歪みって言われると、急に嫌だな」


「でも」

レオルが小さく言う。

「攻めてくる気配、ないですよね」


「攻めない」

ユウキは答えた。

「攻められない」


全員が、ユウキを見る。


「ここは」

ユウキは続ける。

「止まってるんじゃない」

「支えてる」


沈黙。


城から、鐘の音が一つ。


警戒ではない。

合図でもない。


ただ、時間を知らせるような音。


「……行くか」

ガルドが言う。


「いや」

ユウキは首を振った。

「今日は、近づかない」


「え?」

レオルが驚く。


「依頼は“確認”だ」

ユウキは言った。

「魔王に会うのは、仕事じゃない」


ミーナが、ゆっくり頷いた。

「確かに」

「今触ると、判断を誤ります」


城は、何も言わない。


ただ、そこにある。


「一度、戻る」

ユウキは踵を返す。

「報告書は――」


少し考えてから、続けた。


「“異常なし”で出す」


ガルドが笑った。

「正気か?」


「正気だ」

ユウキは言う。

「壊れてない」

「今は、それで十分だ」


城の上で、

誰かがこちらを見ている気配がした。


だが、声は届かない。


魔王エルネストは、

まだ姿を見せない。


それでいい。


――片付けられないものは、近づきすぎると壊れる。


それを知っている者だけが、

この境界を、越えずに戻った。


報告書は、短かった。


《対象区域:旧境界地帯》

《状況:異常なし》

《補足:構造安定、居住痕あり》

《継続観察を推奨》


それだけだ。


受付の職員は、紙を二度見した。


「……異常、なし?」

声が少し裏返る。


「なし」

ユウキは淡々と答えた。

「今は」


「魔王領、ですよね?」

「中心城塞も、視認したと――」


「視認した」

ユウキは頷く。

「壊れてなかった」


職員は、言葉に詰まる。


後ろで、別の職員が耳打ちする。

「……“討伐前調査”のはずだぞ」


ミーナが、静かに言った。

「討伐、とは書いてありません」


紙に視線を落とす。


確かに、どこにもない。


「……」

職員は、深く息を吐いた。

「上に、回します」


「どうぞ」

ユウキは答えた。

「急がなくていい」


それが、いちばん困る言葉だった。



同じ頃。


王都の一室で、別の紙が机に置かれていた。


《旧境界地帯:異常なし》


報告を読んだ男は、眉をひそめる。


「……異常が、ない?」


部下が答える。

「はい」

「魔力暴走も、侵攻兆候も確認されず、と」


「馬鹿な」

男は低く言った。

「“あそこ”が、無事なはずがない」


部下は、言葉を選ぶ。

「掃除屋班の報告です」

「例の……」


「ああ」

男は、苛立ちを隠さず頷いた。

「拾うな、と言っている連中か」


報告書を、机に伏せる。


「厄介だな」

「壊れないと、処理できない」



その夜。


城の塔の上で、

エルネストは、久しぶりに目を開けていた。


風が、穏やかだ。


侵入の気配はない。

結界も、揺れていない。


それでも――

何かが、確かに触れた。


倒しに来たわけではない。

様子を見に来たわけでもない。


壊れていないかを、確かめに来ただけ。


その事実が、

じわりと胸に残る。


「……異常なし、か」


小さく、笑う。


そんな報告を、

この城が受け取ったのは、初めてだった。


「なるほど」


世界は、

いつも“壊れたから来る”。


だが今回は――

壊れていないから、帰った。


エルネストは、城の外を見る。


もう、人の姿はない。


それなのに、

初めて“次”を意識していた。


「……次は」

独り言のように呟く。


「逃げ場が、なくなった時だな」


魔王エルネストは、玉座に戻る。


今度は、目を閉じなかった。


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