押し付けられた掃除
朝の掲示板は、少しだけ騒がしかった。
「……増えてますね」
レオルが言う。
貼られている依頼の数自体は変わらない。
だが――紙の重なり方が違う。
同じ位置。
同じ字面。
少しずつ内容が違う。
《資材整理・短時間》
《簡易清掃》
《不要物回収》
「似たようなのが三枚」
ガルドが眉を上げる。
「昨日の続きか?」
「違います」
ミーナが首を振る。
「……これは、“まとめ”ですね」
ユウキは、三枚とも見たあとで言った。
「押し付け始めたな」
レオルが首を傾げる。
「誰が、です?」
「町だ」
ユウキは淡々と答えた。
「昨日、うまくいった」
「だから――“全部やってくれる人”がいると思い始めた」
掲示板の近くで、数人がこちらを見ている。
期待。
様子見。
そして、少しの遠慮。
「……なんか、視線が重いですね」
レオルが小声で言う。
「面倒なやつだな」
ガルドが鼻を鳴らす。
「善意が、責任に変わる瞬間だ」
ユウキは、依頼書を一枚も剥がさなかった。
代わりに、掲示板の前で立ち止まる。
「……あの」
声をかけてきたのは、昨日の店主だった。
「今日も、やってもらえるんですか?」
「やらない」
ユウキは即答した。
店主は、言葉に詰まる。
「え……でも……」
「昨日は、危なかった」
ユウキは続ける。
「今日は、危なくない」
ミーナが補足する。
「“困っている”と“面倒”は違います」
周囲がざわつく。
「でも、誰かがやらないと――」
別の声。
「だから」
ユウキは、視線を向ける。
「誰かがやる」
一瞬、沈黙。
「……え?」
レオルが小さく声を出す。
ユウキは、掲示板の端を指した。
《資材整理・短時間》
報酬:相談。
「これ」
ユウキは言う。
「条件、曖昧だろ」
店主が頷く。
「はい……」
「曖昧な仕事は」
ユウキは続ける。
「引き取った瞬間に、全部自分の仕事になる」
ガルドが笑う。
「だから取らねぇ、と」
「そう」
ユウキは肯定した。
「今日は、引き取らない日だ」
人々の表情が、少しずつ変わる。
困惑。
落胆。
そして――考える顔。
「……じゃあ」
誰かが言う。
「どうすれば……」
ユウキは、一歩引いた。
「相談しろ」
それだけ言った。
「相談?」
「誰に?」
「互いに」
ユウキは答えた。
「俺じゃない」
空気が、ゆっくり動き出す。
誰かが、別の誰かを見る。
小声で話し始める。
「……掃除屋」
ガルドが小さく言う。
「今日は、仕事してねぇな」
「してる」
ユウキは言った。
「押し付けを、返した」
袋は、軽いままだ。
だが、背中は――
昨日より、少し楽だった。
最初に動いたのは、焦りだった。
「じゃあ、誰がやるんだよ」
声を荒げたのは、露店の男だ。
「昨日は助かったけどさ!」
「助かった、じゃないだろ」
別の商人が言い返す。
「お前の荷だろ!」
空気が、ざらつく。
「いや、元は運送屋が――」
「倉庫が足りないって言ったのは誰だ!」
言葉が、速くなる。
責任が、投げ合われる。
レオルが、思わずユウキを見る。
「……行かなくて、いいんですか?」
「行かない」
ユウキは即答した。
「今行くと、“裁定”になる」
ミーナが頷く。
「一度裁定すると、次も呼ばれます」
ガルドが腕を組む。
「便利な人材は、使い潰される」
掲示板の前で、言い争いは続く。
「じゃあ、清掃代をみんなで――」
「なんで俺が払うんだ!」
声が大きくなり、
通りを歩く人間が足を止める。
その中で、
一人だけ黙っていた若い職人が、口を開いた。
「……分ければいいだろ」
一瞬、静まる。
「昨日の布袋」
職人は続ける。
「危ないのは、もうどかした」
「残りは、使えるやつと使えないやつが混じってる」
視線が集まる。
「使える分は、俺が引き取る」
「加工して、売る」
「残りは?」
誰かが聞く。
「処分する」
職人は肩をすくめた。
「量、そんなに多くない」
露店の男が、顔をしかめる。
「……それで、金は?」
「俺が払う分と」
職人は言う。
「お前らが出す分、半分ずつ」
一拍。
「……それなら」
誰かが、渋々言う。
少しずつ、
話が“解決”に向かい始める。
レオルが、小さく息を吐いた。
「……決まりそうですね」
「そうだな」
ユウキは言う。
「誰かが拾った」
「ユウキじゃなく?」
レオルが聞く。
「俺じゃない」
ユウキは、はっきり言った。
ミーナが、静かに言う。
「判断を、町に返しました」
ガルドが笑う。
「嫌われ役もやらずに、よくやる」
少しして、掲示板の前にいた店主が、
こちらに気づいた。
「……あの」
声をかけてくる。
「さっきは、すみませんでした」
「何もしてない」
ユウキは答える。
「でも……」
店主は、言葉を探す。
「昨日みたいに、また――」
「昨日みたいな日は」
ユウキは遮った。
「昨日だけでいい」
店主は、黙って頭を下げた。
その背中は、
昨日より少し軽そうだった。
ユウキは、踵を返す。
袋は、まだ軽い。
だが――
町の中で、
“全部任せる”空気だけが、確実に減っていた。
夕方。
町の通りは、昼間より静かになっていた。
露店の前に積まれていた不要物は消え、
代わりに、簡易的な仕分け箱が置かれている。
完璧じゃない。
だが、通れる。
「……ちゃんと片づいたな」
ガルドが言った。
「ええ」
ミーナが頷く。
「昨日よりは、確実に」
レオルが、少しだけ複雑そうな顔をする。
「でも……」
「ユウキ、嫌われてません?」
通りの向こうで、
こちらを見てひそひそ話す人影がある。
「あの人、今日は何もしなかったらしい」
「冷たいよな」
「昨日は助けてくれたのに」
そんな声が、かすかに届く。
「……やっぱり」
レオルが小さく言う。
ユウキは、気にしていない様子だった。
「嫌われるのは、楽だ」
淡々と言う。
「期待されなくなる」
ガルドが吹き出す。
「普通、逆だろ」
「普通じゃないからな」
ユウキは肩をすくめる。
「掃除屋だ」
ミーナが、静かに補足する。
「期待されすぎると、壊れます」
「人も、町も」
歩きながら、
ユウキは道端の小さなゴミを一つ拾った。
割れた留め具。
誰も気にしていない。
拾って、袋に入れる。
「それは拾うんですね」
レオルが言う。
「これは」
ユウキは答える。
「押し付けられてない」
それだけだった。
町の外れ。
掲示板の前を通ると、
昼にあった依頼が、一枚減っている。
《資材整理・短時間》
代わりに、新しい紙が貼られていた。
《資材整理・共同》
《報酬:人数割》
「……学習したな」
ガルドが言う。
「少しだけ」
ユウキは言った。
それで十分だった。
宿に戻る。
袋は軽い。
金も増えていない。
だが、
今日は“持ち帰らなかった重さ”がある。
「……今日の仕事」
レオルが言う。
「何だったんですか?」
ユウキは、少しだけ考えた。
「断る仕事」
そう答えた。
夜。
町は、問題なく回っている。
誰か一人に任せず、
誰か一人を責めず。
完璧じゃないが、
昨日よりは、ちゃんとしている。
ユウキは、窓から外を見た。
「……明日は」
小さく言う。
「たぶん、もう少し面倒だ」
それは確信だった。
拾わない判断を覚えた町は、
次に――
“拾わせる理由”を作り始める。




