拾わない仕事
朝の街道は、静かだった。
鳥の声がある。
風が草を揺らす。
そして――道の端に、壊れかけの木箱が一つ。
「……あ」
レオルが最初に気づいた。
「見事に散ってんな」
ガルドが覗き込む。
「これ、昨日の荷だろ」
木箱の中身は、ほとんど残っていない。
布切れ、割れた瓶、錆びた金具。
価値は、低い。
回収依頼も、出ていない。
ユウキは立ち止まり、しばらく見ていた。
「拾う?」
レオルが聞く。
「拾わない」
ユウキは即答した。
レオルが、少し驚く。
「え、でも……」
「今拾うと」
ユウキは続ける。
「“誰かが後で来る理由”が消える」
ミーナが、すぐに理解した。
「……清掃隊ですね」
「町の外縁を巡回しているはずです」
「そう」
ユウキは頷く。
「ここは、仕事を奪う場所じゃない」
ガルドが鼻で笑う。
「相変わらず、面倒な拾い方だな」
「楽だぞ」
ユウキは言った。
「何もしない判断は、疲れない」
歩き出す。
だが、数歩進んだところで、ユウキは足を止めた。
「……こっちは拾う」
道の反対側。
草むらに、金属の輪が落ちている。
歪んでいるが、折れてはいない。
用途は――不明。
「それは拾うんですね」
ミーナが言う。
「誰も戻らないやつだ」
ユウキは答える。
「放っとくと、ずっと残る」
拾って、袋に入れる。
ガルドが首を傾げる。
「違いは?」
「“戻る予定があるかどうか”」
ユウキは淡々と言った。
「ゴミかどうかじゃない」
レオルが、小さく頷く。
「……判断、ですね」
少し歩くと、小さな掲示板が見えてきた。
簡素な木製。
貼られている依頼は、三枚だけ。
《街道清掃・半日》
《報酬:銅貨数枚》
《倒木確認》
《報酬:現地払い》
《落とし物探索》
《内容:不明》
「……安いな」
ガルドが率直に言う。
「安いですね」
ミーナも同意する。
ユウキは、三枚目を見ていた。
《落とし物探索》
内容:不明。
「これ、何だと思う?」
レオルが聞く。
「分からない」
ユウキは言った。
「だから――」
一拍、置く。
「ちょうどいい」
レオルが苦笑する。
「相変わらずですね……」
依頼書を剥がす。
「行こう」
ユウキは言った。
「今日は、静かな日だ」
空は晴れている。
王国も、監査も、召喚も、
ここにはない。
あるのは――
拾うか、拾わないか。
それだけだ。
内容不明、というだけあって、
依頼主は掲示板のそばにいなかった。
「……まず、誰の依頼か分からねぇ」
ガルドが言う。
「分からないですね」
ミーナも頷く。
「普通は、詳細が添付されます」
ユウキは、依頼書の裏を見ていた。
何も書いていない。
だが、紙質が少し違う。
「古いな」
ユウキが言う。
「最近貼られたけど、紙は前の町のものだ」
レオルが目を丸くする。
「分かるんですか?」
「触れば分かる」
ユウキは言った。
「湿気の吸い方が違う」
依頼主は、ここで貼ったわけじゃない。
――途中で、誰かに渡した。
「つまり」
ミーナが言う。
「“届けるはずだった人”が、いない」
「だな」
ガルドが腕を組む。
「落としたってより、置き忘れだ」
街道沿いを少し戻る。
道の脇に、小さな祠があった。
朽ちかけているが、掃除はされている。
「……ここだ」
ユウキが足を止める。
祠の裏。
石の隙間に、小さな革袋。
中身は――
古い手紙と、鍵が一本。
価値は、ほぼない。
「これだけ?」
レオルが首を傾げる。
「報酬、銅貨数枚でも高くないですか?」
ユウキは、手紙を開かない。
「拾うのは、ここまでだ」
そう言って、元の場所に戻す。
「え?」
レオルが声を上げる。
「戻すんですか?」
「ここに置かれた」
ユウキは答える。
「だから、ここにある」
ミーナが、静かに理解する。
「……探している人がいるなら」
「自分で、ここに来ますね」
「そう」
ユウキは頷く。
「代わりに見つける仕事じゃない」
ガルドが、少し笑った。
「優しいのか、冷たいのか分かんねぇな」
「楽なだけだ」
ユウキは言う。
「間違えないから」
その時だった。
祠の向こうから、足音。
「……あの」
声がする。
振り向くと、
年配の男が一人、立っていた。
旅装だが、使い込まれている。
「もしかして……」
男は、祠を見る。
「何か、見ませんでしたか」
ユウキは、一歩横にずれる。
祠が、見える位置。
「そこにある」
それだけ言った。
男は、一瞬呆然とし、
次に慌てて駆け寄った。
革袋を見つけ、
胸に抱える。
「……あった……」
声が、震える。
「良かった……」
「依頼、出してましたよね」
レオルが言う。
男は、深く頭を下げた。
「すみません」
「途中で、貼りに行けなくなって……」
「いい」
ユウキは遮る。
「見つかってる」
男は、恐る恐る言った。
「……報酬は……」
ユウキは、首を振る。
「要らない」
「拾ってない」
男は、しばらく考え――
それから、小さく笑った。
「……そういう仕事も、あるんですね」
去っていく背中を、誰も追わなかった。
静けさが、戻る。
「……これで、終わり?」
レオルが聞く。
「終わりだ」
ユウキは言った。
「今日は、拾わない日だった」
袋は、軽い。
だが、道は整っている。
「こういう日も、いいですね」
ミーナが言う。
「安上がりだしな」
ガルドが笑う。
ユウキは、空を見上げた。
雲は、ゆっくり流れている。
「……次は」
ユウキが言う。
「もう少し、面倒なのが来る」
それは、予感だった。
だが今は――
静かな仕事が、ちゃんと終わった。
街道を離れるころ、日が少し傾いていた。
「……結局、銅貨一枚も入らなかったな」
ガルドが言う。
「そうですね」
ミーナは否定しない。
「ですが、消耗もしていません」
レオルが、少し考えてから言った。
「今日の仕事って……」
「“探した”けど、“回収”してないですよね」
「そうだな」
ユウキは答える。
「回収は、必要なときだけでいい」
少し歩く。
道の端に、古い看板が倒れている。
文字は半分消え、方向も分からない。
「これ、拾う?」
レオルが聞く。
ユウキは、看板を一度だけ見て――
首を振った。
「拾わない」
「もう役目は終わってる」
ガルドが肩をすくめる。
「判断、早ぇな」
「遅らせる意味がない」
ユウキは言った。
「役目を終えたものは、残してもいい」
そのまま通り過ぎる。
少し先で、ミーナが足を止めた。
「……反応があります」
小さく言う。
「ゴミ拾い?」
レオルが聞く。
「いえ」
ミーナは首を振る。
「もっと……薄い」
ユウキは、感覚を探る。
腕の金属板は、静かだ。
だが――完全に沈黙しているわけではない。
《なんか使えそう判定》
反応:未確定
保留
「……保留か」
ユウキが呟く。
「拾わない?」
ガルドが聞く。
「今はな」
ユウキは言った。
「まだ、形になってない」
ミーナが頷く。
「判断前段階ですね」
風が吹く。
遠くで、誰かの怒鳴り声が聞こえた気がした。
街の方角だ。
「……面倒ごと?」
レオルが振り返る。
「たぶんな」
ユウキは答える。
「でも、今日は関係ない」
歩き続ける。
今日の袋は、軽い。
だが、背中は疲れていない。
「……なあ」
ガルドが言う。
「お前、最近ちょっと……」
「ん?」
「拾う量、減ってねぇか?」
ユウキは、一瞬だけ考え――
肩をすくめた。
「世界が、少し落ち着いてるだけだ」
「それなら、それでいい」
夕暮れが、道を染める。
拾わない日。
何も起きなかった日。
だが――
**“保留された何か”**だけが、
静かに残っていた。
それが形になるのは、
もう少し先の話だ。




