管理不能
街道は、穏やかだった。
荷車が通り、
露店が並び、
人の声が流れていく。
「……平和だな」
ガルドが、わざとらしく言った。
「そうですね」
ミーナは周囲を見回しながら答える。
「少なくとも、壊れそうな兆候はありません」
レオルは、少し前を歩くユウキの背中を見ていた。
袋は軽い。
今日拾ったものは、少ない。
「ユウキさん」
レオルが声をかける。
「今日は、これで終わりですか?」
「多分な」
ユウキは足を止めずに答えた。
「拾う理由がない日は、早く終わる」
「……いい日ですね」
レオルは、ほっとしたように言った。
いい日。
それはつまり、
判断を引き取らなくていい日だ。
ガルドが笑う。
「掃除屋にとっちゃ、最高だな」
ユウキは、路肩に落ちていた金属片を一つ拾い上げ、
軽く確かめてから、元に戻した。
拾わない判断。
「ここは」
ユウキが言う。
「まだ使える側だ」
その時だった。
馬具の音が、少しだけ整いすぎたリズムで近づいてきた。
ミーナが、真っ先に気づく。
「……公的車両です」
馬車は、道を塞がない。
だが、自然に並走する位置に入ってくる。
御者の姿勢。
馬具の手入れ。
装飾の少なさ。
「王国だな」
ガルドが、低く言った。
レオルが、思わず息を呑む。
「いきなり、ですか……?」
ユウキは、足を止めた。
馬車の扉が開き、
一人の男が降りてくる。
動きは静かで、無駄がない。
鎧は着ていない。
だが、立ち姿だけで分かる。
――戦う人間だ。
「初めまして」
男は、丁寧に頭を下げた。
「アルセイン統治王国・監査戦闘部所属」
「ルディオ=カーンと申します」
名乗りは、完璧だった。
「掃除屋だ」
ユウキは、それだけ返す。
ルディオは、眉一つ動かさない。
「承知しています」
「あなた方一行について、確認したいことがあります」
「拒否権は?」
ガルドが、即座に聞く。
「あります」
ルディオは即答した。
「ただし、その場合は“未確認例外”として記録されます」
レオルが、少しだけ顔をこわばらせる。
ミーナは、静かに言った。
「協力要請、ですね」
「はい」
ルディオは頷く。
「名目上は」
その言い方が、逆に分かりやすかった。
ユウキは、袋を肩から下ろし、地面に置いた。
「場所は?」
短く聞く。
「王国管理区域内の演習地です」
ルディオは答える。
「安全は、規定によって保証されています」
「規定、か」
ユウキは、小さく繰り返した。
レオルが、不安そうに言う。
「ユウキさん……行くんですか?」
「行く」
ユウキは即答した。
「逃げる理由がない」
ガルドが、肩を鳴らす。
「面倒ごとは向こうから来るもんだしな」
ミーナは、一歩だけ前に出た。
「拘束は?」
「ありません」
ルディオは言う。
「少なくとも、現時点では」
現時点。
ユウキは、ルディオをまっすぐ見た。
「一つだけ言っておく」
「俺は、返さない」
ルディオが、初めて瞬きをする。
「……何を?」
「判断だ」
ユウキは答えた。
「協力はする」
「管理は、されない」
一瞬、空気が張る。
だが、ルディオはすぐに表情を戻した。
「規定の範囲内で、進めましょう」
「範囲外になったら?」
ガルドが聞く。
ルディオは、淡々と答えた。
「その時は――」
「こちらが対応します」
ユウキは、袋を持ち上げた。
「なら、行こう」
「範囲外になる前に」
街道の空気は、まだ穏やかだ。
だが、
判断を管理しようとする側と
判断を引き取る側が、
今、同じ方向へ歩き出した。
――王国は、まだ知らない。
この一行が、
“管理できない例外”そのものだということを。
演習地は、整いすぎていた。
地面は均され、
目印の杭は等間隔、
結界は見えないが、確実に張られている。
「……きれいですね」
レオルが率直に言った。
「管理区域ですから」
ルディオは歩きながら答える。
「事故は起きません」
ガルドが、鼻で笑った。
「事故が“起きない”んじゃなくて」
「“起こさせない”場所だな」
「同義です」
ルディオは否定しない。
ミーナは、足元を見ていた。
地面に残る、古い補修跡。
意図的に残された痕。
「ここ、何度か壊れていますね」
ミーナが言う。
「想定内です」
ルディオは即答した。
「規定負荷内での破損は、問題になりません」
レオルが、小さく首を傾げる。
「……壊れてるのに?」
「修復されています」
ルディオは淡々と答える。
「結果として、使用可能です」
ユウキは、何も言わなかった。
ただ、袋の中で金属が鳴らないことを確認する。
拾うものがない場所。
それ自体が、
「拾われない前提で作られている」。
「こちらです」
ルディオが立ち止まる。
開けた円形の区画。
中央には、魔力反応測定用の柱。
周囲には、観測用の結晶。
「模擬戦闘を行います」
ルディオは説明する。
「あなた方の能力を“安全に”確認するためです」
「安全、ね」
ガルドが言う。
「誰にとって?」
「全員にとってです」
ルディオは迷いなく答えた。
「規定通りに進めば」
レオルが、思わずユウキを見る。
ユウキは、軽く頷いた。
――まだだ。
ミーナが、一歩前に出る。
「制限は?」
「あります」
ルディオは、指を折っていく。
「致死攻撃禁止」
「地形破壊禁止」
「規定外能力の使用は申告制」
「申告?」
ガルドが眉を上げる。
「はい」
ルディオは言う。
「事前に申告されていない能力は、危険と判断されます」
ユウキは、そこで初めて口を開いた。
「判断は?」
短く聞く。
「王国が行います」
ルディオは答える。
「それが、管理です」
一瞬、風が止んだように感じた。
レオルが、喉を鳴らす。
「……これ」
「試験、ですよね?」
「確認です」
ルディオは訂正する。
「合否はありません」
「でも」
ミーナが言う。
「記録は残る」
「当然です」
ルディオは頷く。
「管理には、記録が必要です」
ユウキは、中央の柱を見た。
反応しない。
まだ、何も拾っていない。
「……なあ」
ガルドが小声で言う。
「これ、勝っても負けても――」
「使われる」
ユウキが、静かに答えた。
ルディオは、聞こえないふりをした。
「準備を」
そう言って、合図を送る。
区画の端に、王国監査戦闘班が姿を現す。
装備は揃い、動きは無駄がない。
「規定通りに」
ルディオが言う。
「了解」
複数の声が、重なって返る。
ユウキは、袋を地面に置いた。
拾う準備ではない。
返さない準備だ。
「……始めるぞ」
ガルドが、拳を鳴らす。
レオルは、息を整える。
ミーナは、視線を上げる。
そして、ユウキは思う。
――ここは安全だ。
――壊れない前提で、作られている。
だからこそ。
壊れた時の責任は、誰も持たない。
「……なるほど」
ユウキは、静かに呟いた。
「ここは」
「判断を、奪う場所だ」
ルディオの声が響く。
「――模擬戦闘、開始」
次の瞬間。
規定通りに動く力と、
規定を拾わない力が、
正面からぶつかろうとしていた。
合図と同時に、王国監査戦闘班が動いた。
速い。
無駄がない。
距離の詰め方も、角度も、教範通り。
「――散開」
短い指示。
四人が扇状に広がる。
包囲ではない。
退路を“管理”する配置だ。
「囲んでるつもりか?」
ガルドが低く言う。
「違う」
ミーナが答える。
「逃走経路を規定しているだけです」
監査兵の一人が前に出る。
魔力刃が展開され、光が走る。
「規定により、先制行動を開始する」
感情のない声。
「はいはい」
ガルドが一歩踏み出す。
「規定、規定っと――」
次の瞬間、足元が光った。
「――拘束式!?」
レオルが叫ぶ。
地面に刻まれていた紋様が起動し、
脚部を縛る魔力帯が伸びる。
「致死性なし」
別の監査兵が淡々と報告する。
「規定通り」
「……最初から、これかよ」
ガルドが歯を鳴らす。
ミーナは、すぐに動いた。
詠唱は短い。
解除系――だが。
「弾かれました」
即座に判断する。
「解除も規定外ですね」
「当然です」
遠くからルディオの声。
「演習中の妨害行為は、安全上許可されていません」
レオルが、戸惑いを隠せない。
「……これ、安全なんですか?」
「安全です」
ルディオは言い切る。
「想定通りに進んでいます」
ユウキは、まだ動かない。
監査兵の一人が、こちらを見た。
「対象A、行動なし」
「能力未使用と判断」
「問題ありません」
ルディオが答える。
「様子を見ましょう」
――様子を見る。
その言葉が、
**完全に“管理側の発想”**だった。
次の瞬間。
別の監査兵が、結界弾を放つ。
着弾点が、レオルの足元。
「っ!?」
レオルが跳ぶ。
「規定内威嚇」
淡々とした声。
「行動を促します」
「……やりにくい」
ガルドが吐き捨てる。
「判断を、誘導してる」
ミーナが低く言う。
「こちらの選択肢を狭めている」
ユウキは、ようやく一歩前に出た。
「ルディオ」
名前を呼ぶ。
「何でしょう」
即答。
「これ」
ユウキは、拘束式の紋様を見下ろす。
「誰の判断だ?」
「王国です」
ルディオは迷わない。
「現場判断は、規定に基づき――」
「違う」
ユウキは遮った。
「“責任”は誰だ?」
一瞬、沈黙。
「……規定通りに行われています」
ルディオは答えを変えた。
その時だった。
拘束式の一部が、
バチッと弾ける。
「!?」
監査兵の声が、初めて揺れた。
ガルドの足が、自由になる。
だが、ユウキは触れていない。
「……解除?」
「申告、ありましたか?」
「ない」
別の声。
「規定外です」
ユウキは、静かに言った。
「拾っただけだ」
ルディオの眉が、わずかに動く。
「価値のない拘束」
ユウキは続ける。
「“役目を終えた”やつを、元に戻した」
《零価再定義》
――まだ、浅く。
拘束式は、完全には消えない。
だが、“効力だけ”が抜け落ちている。
「……そんな操作は」
ルディオが言いかける。
「規定外、だな」
ユウキは淡々と返す。
監査戦闘班が、一斉に構え直す。
だが、その動きが――
一拍、遅れた。
「判断が遅い」
ミーナが即座に指摘する。
「規定の再確認が入っています」
「行け」
ガルドが笑った。
一歩。
ただそれだけで、陣形が崩れる。
監査兵の一人が、慌てて魔具を起動する。
だが――光らない。
「……反応しない?」
「使用回数、超過?」
「まだ残っているはずだ!」
ユウキは、その場で言った。
「それ」
「もう使われた後だ」
《冥途回収》。
使い捨て魔具は、
“役目を終えた物”として回収された。
壊れてはいない。
だが、動かない。
「……ルディオ」
ミーナが静かに言う。
「この演習地」
「安全なのは、あなた方が“壊さない前提”だからです」
ガルドが続ける。
「前提が崩れたら、どうなる?」
ルディオは、初めて言葉を失った。
規定は、まだある。
だが――
規定通りに動く力だけが、置いていかれている。
ユウキは、一歩下がった。
「まだだ」
そう言った。
「これは、準備運動だ」
ルディオは、歯を食いしばる。
「……演習、続行」
そう命じた。
その判断が、
次の一手を呼ぶことを、
まだ理解していなかった。




