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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第17章

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条件の提示

翌朝、宿の扉を叩く音で目が覚めた。


強くはない。

だが、迷いのない間隔。


レインは、すぐに起き上がった。


(……来たな)


確信に近いものがあった。


扉を開けると、そこに立っていたのは二人。


冒険者でも、商人でもない。

武装は最小限。

だが、身分を隠す気配もない。


王国の紋章が、胸元にある。


「レイン=アルヴェン殿で間違いないか」


名を呼ばれた瞬間、

胸の奥が、かすかに反応した。


《目的同調》

――だが、起動しない。


昨夜と同じだ。


「……はい」


答えは、自然に出た。


男は一礼する。

「王国補助局・第三対応班だ」

「本日は、確認と提案に来た」


提案。


その言葉に、

“命令ではない”という形だけの配慮が含まれている。


「少し、お時間をいただけるか」


拒否できない聞き方。

だが、拒否はできる。


レインは、一瞬だけ考えた。


そして――

頷いた。


宿の一階。

人目のある場所。


それを、相手も選んでいる。


「単刀直入に言おう」

男は言った。

「君は、依然として有効だ」


有効。


懐かしくて、

吐き気のする単語。


「王都での記録は残っている」

「今回の町での行動も、確認済みだ」


やはり、見られていた。


「戻ってこい」

とは言わない。


「再配置を提案する」

そう言う。


「今回は、期限付きだ」

「指揮権も、君に渡す」


条件が、並ぶ。


自由。

裁量。

期限。


“以前より、ずっと良い条件”。


「拒否も可能だ」

男は付け加えた。

「だが――」


言わなくても、分かる。


拒否した場合の“評価”は、

もう一段、下がる。


「君の能力は」

男は続ける。

「目的がある場所でこそ、最大化する」


レインは、黙って聞いていた。


《目的同調》は、

やはり反応しない。


それが、逆に怖い。


「……一つ、聞いていいですか」


声が、少しだけ低くなる。


「俺は」

「戻れば、自由ですか」


男は、即答しなかった。


それだけで、答えは十分だった。


「選択は、君にある」

そう言って、書類を差し出す。


期限は、三日。


三日で、決めろ。


「検討を」

男は立ち上がった。

「期待している」


期待。


また、来た。


二人は、静かに去っていく。


宿の一階は、

何事もなかったように回っている。


だが、レインの中では、

確実に何かが重くなっていた。


条件は、悪くない。

むしろ、良すぎる。


――これを断る理由は、何だ?


ふと、昨夜の背中が浮かぶ。


用途を決めずに、

時間を使っていた姿。


「……俺は」


書類を、机に置く。


《目的同調》が、

わずかに、ざわついた。


まだ、起動しない。


だが、

起動する理由が、目の前に置かれた。


三日。


レインは、その数字を見つめた。


選ぶ時間が、

与えられてしまった。


昼前、町は普段と変わらず動いていた。


依頼は流れ、

荷は運ばれ、

人は忙しそうに行き交う。


――だが、レインの周囲だけ、空気が少し違った。


「昨日の件、聞いたぞ」


ギルド前で声をかけられる。

顔見知りの冒険者だ。


「王国の人間が来たんだって?」

「戻る話、出てるんだろ」


レインは、足を止めた。

「……まだ、何も決めてません」


「そりゃそうか」

男は軽く笑う。

「でも、決まるよな」


決まる。


断定。


「能力あるし」

「王都案件向きだし」

「ここに置いとく理由、ないもんな」


悪意はない。

むしろ、評価だ。


だからこそ、逃げ場がない。


「……ここにも、仕事はあります」


レインが言うと、

男は一瞬だけ、困った顔をした。


「ああ、あるよ」

「でも――」


言葉を濁す。


“君じゃなくてもいい”

という部分だけが、はっきり残る。


「いなくなる前に、手伝ってくれよ」

別の声が重なる。

「どうせ戻るなら、今のうちだ」


“戻る前提”。


誰も命令していない。

だが、

全員が同じ未来を共有し始めている。


《目的同調》が、

胸の奥で、微かに揺れる。


起動しない。

だが、準備は整っている。


掲示板を見る。


《臨時対応》

《補助要請》

《要・迅速判断》


――名前は、書かれていない。


だが、

視線が集まる。


「……俺は」


言いかけて、止めた。


今ここで

「断る」と言えば、

“王国を蹴った人間”になる。


言わなければ、

“どうせ戻る人間”のまま。


選択肢は、どちらも重い。


町を歩く。


昨日、足場の件で助けた露店の前を通る。

今日は、営業している。


「おう!」

店主が気づいた。

「昨日は助かったな!」


レインは、軽く頭を下げる。


「……あの」

店主が続ける。

「聞いたぞ、王国から声かかったって」


やはり、回るのが早い。


「すげぇな」

「やっぱ、選ばれる奴は違う」


その言葉に、

胸が、少しだけ締めつけられる。


「……選ばれてないですよ」

「まだ――」


「謙遜すんなって」

店主は笑う。

「ここは腰掛けだろ?」


腰掛け。


この町が。


レインは、言葉を失った。


町は、

“一時的な滞在先”として、

すでに整理されている。


自分の意思とは、関係なく。


《再配置候補》

《評価更新》

《用途再設定》


能力が、

勝手に未来を組み立て始める。


「……やめろ」


小さく呟く。


だが、誰にも聞こえない。


町外れへ歩く。


少し静かな場所。


昨日、

ゴミ袋を引きずる音がした辺り。


今日は――

いない。


それが、

なぜか胸に引っかかった。


「……俺は」


書類の存在が、

頭から離れない。


条件は、良い。

自由もある。

期限もある。


“戻らない理由”を探す方が、

難しい。


だが――


昨日、

名前を呼ぶまで、

少し時間が必要だった背中。


用途を決めずに、

立ち止まっていた姿。


「……三日、か」


短い。

短すぎる。


だが、

今まで与えられた時間よりは、

長い。


レインは、

深く息を吸った。


《目的同調》は、

まだ起動しない。


それが、

唯一の救いだった。


――だが、

この沈黙は、いつまで続く?


夜になっても、町は静まらなかった。


酒場の笑い声。

荷下ろしの音。

遠くで鳴る金属。


すべてが、

「明日も回る」ことを前提にしている。


レインは、宿の机に書類を広げた。


王国補助局。

期限付き再配置。

指揮権あり。

報酬、十分。


――文句のつけようがない。


指で紙をなぞる。


この条件なら、

以前よりは、ずっと“人間扱い”だ。


「……良い条件だな」


声に出すと、

少しだけ現実味が増す。


《目的同調》が、

わずかに、震えた。


まだ、起動しない。

だが、

理由が揃いつつある。


「戻れば」

レインは、淡々と整理する。

「役には立てる」

「迷わなくていい」

「評価も、はっきりする」


迷わない。


それは、

ずっと欲しかったはずのものだ。


「……自由は」


言いかけて、止めた。


自由、という言葉が、

この紙の前では、やけに弱い。


数字にならない。

成果にならない。


「……自由って」

レインは、苦笑する。

「理由として、弱いな」


王都では、

一度も通らなかった理由。


《目的同調》が、

ほんの少し、温度を持つ。


“戻る”という選択が、

合理的だと判断しかけている。


その時、

窓の外で、何かが転がる音がした。


がら、と。


小さな音。


レインは、無意識に窓を見る。


外れた石。

誰かが捨てた、壊れた木箱。


誰も拾わない。


急がない。

評価されない。

用途不明。


――昨日、聞いた言葉が、蘇る。


使わないって判断するには、時間がいる。


「……時間」


三日。


短いが、

ゼロではない。


書類を、机の端に寄せる。


今すぐサインしなくても、

誰かが困るわけじゃない。


王国は、待つと言った。

町は、もう“決まったもの”として扱っている。


「……じゃあ」

レインは、静かに言う。

「今日は、何もしないか」


それは、

王都ではあり得なかった選択。


何もしない、

という行動。


《目的同調》が、

反応しない。


沈黙が、続く。


胸の奥が、

少しだけ軽い。


外へ出る。


夜の町は、昼よりも雑だった。

判断も、評価も、鈍る時間帯。


――ああ、ここなら。


町外れの道。


昨日、

ゴミ袋を引きずる音が聞こえた場所。


今日は、そこに人がいた。


相変わらず、

急いでいない。


拾うかどうか、

まだ決めていないものを前に、

立ち止まっている。


レインは、声をかけなかった。


ただ、

少し離れた場所に立つ。


「……俺は」


戻る理由は、十分ある。

戻らない理由は、曖昧だ。


それでも。


“戻らない理由が弱い”ことを

自覚した上で、

まだここに立っている。


それ自体が、

初めての経験だった。


《目的同調》は、

最後まで起動しなかった。


それだけで、

今日は、十分だった。


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