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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第2章

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噂は、掃除より先に広がる

 朝の清掃は、いつも通りだった。


 石畳の隙間に溜まった砂。

 夜のうちに割れた瓶。

 市場の裏に残された、生ゴミの袋。


「……平和だな」


 そういう日は、だいたいフラグだ。


 箒を動かしていると、ギルドの方が妙にざわついているのが聞こえた。

 人の集まる音が、いつもより多い。


 清掃袋を担いだまま、横目で見る。


 ――見慣れない服装の男が立っていた。


 黒と金の外套。

 無駄に豪奢で、無駄に目立つ。


 その男が、ギルド職員に向かって言う。


「王都より参った。

 “ユウキ”という者を探している」


 空気が、一瞬で止まった。


 周囲の視線が、

 ゆっくりと俺に集まる。


「……俺ですけど」


 男が振り向く。


 じっと、

 値踏みするように俺を見た。


 清掃用の手袋。

 汚れた服。

 肩に担いだゴミ袋。


 期待していた人物像と、

 だいぶ違ったらしい。


「……君が?」


「はい」


 男は、一度だけ咳払いをした。


「王都より正式な要請だ」

「王が、君に会いたいとおっしゃっている」


 ざわっ、と周囲がどよめく。


 英雄?

 表彰?

 昇進?


 そんな単語が、

 小声で飛び交う。


 俺は首を傾げた。


「清掃の件ですか?」


 男は、言葉に詰まった。


「……は?」


「王都、広いでしょう」

「人も多いし、ゴミも多い」


 自然な推測だと思ったんだけど。


「清掃、

 人手足りてないなら――」


「ち、違う!

 いや、違わないが……!」


 男は頭を押さえた。


 その様子を見て、

 マルタさんが近づいてくる。


「王都?」

「ずいぶん遠くまで噂が行ったね」


「噂、ですか?」


「行くさ」

「街が静かになったんだもの」


 飴を一つ、俺に渡す。


「行っておいで」


「え?」


「断る理由、ないでしょ」


 確かに。


 仕事の話なら、

 なおさらだ。


 資料室の方を見ると、

 リィナが立っていた。


 視線が合う。


 彼女は、

 小さく頷いた。


「記録は、

 私がまとめておきます」


 ……もう、

 逃げ道はなかった。


 王都の使者が、姿勢を正す。


「では改めて」

「王都へ来ていただきたい」


「分かりました」


 俺は清掃袋を持ち直す。


「その前に、

 今日の区画だけ終わらせていいですか?」


 男は、完全に固まった。


「……王を待たせるのだぞ?」


「放っておくと、

 ここ、臭くなるんで」


 数秒の沈黙。


「……分かった」

「終わり次第、

 出立してくれ」


「ありがとうございます」


 こうして俺は、

 王都へ向かうことになった。


 英雄としてではない。


 ――清掃担当として。


 王都行きの馬車は、

 思ったより質素だった。


「……これ、

 使者用ですよね?」


「当然だ」


 王都の使者は胸を張る。


 内装は簡素。

 座席も硬い。


 正直、

 清掃用具を積むにはちょうどいい。


 俺は箒と袋を隅に固定する。


「……何をしている?」


「走行中に倒れると危ないので」


「そ、そうか……」


 馬車が動き出す。


 ギルド前には、

 いつの間にか人が集まっていた。


 好奇の視線。

 探るような目。


 その中に――

 見覚えのある顔があった。


 最速で追放した、

 元勇者パーティの一人。


 視線が合う。


 向こうは、

 気まずそうに目を逸らした。


 俺は、

 特に何も思わなかった。


「……聞いていいか?」


 使者が、

 耐えきれないように口を開く。


「君は、

 なぜ冒険者を辞めた?」


「辞めたというか……」


 少し考える。


「向いてなかったので」


「王に会う者の言葉とは思えんな……」


「そうですか?」


 俺は窓の外を見る。


 街道は、

 よく整備されていた。


 でも――

 端の方には、

 掃除されていない溝がある。


 水が濁っている。


「王都も、

 掃除大変そうですね」


「……そこか?」


「はい」


 使者は、

 本気で頭を抱えた。


 馬車が進むにつれ、

 人の話し声が聞こえてくる。


「聞いたか?」

「王都から清掃員を呼んだらしい」


「英雄じゃないのか?」


「違うらしいぞ」


 噂は、

 勝手に形を変える。


 王都が近づくと、

 城壁が見えてきた。


 大きい。

 立派だ。


 でも――

 足元を見ると。


「……溜まってますね」


「何がだ」


「ゴミです」


 城門の外。

 人の出入りが多い場所。


 だからこそ、

 掃除が追いついていない。


 俺は、

 無意識に手袋を締め直した。


「先に言っておく」


 使者が、

 急に真面目な声になる。


「王城には、

 君を快く思わない者もいる」


「そうなんですか?」


「特に、

 内務大臣殿だ」


 その名前は、

 まだ聞かされなかった。


「……ゴミ拾いが、

 気に入らない人もいる」


 俺は少し考えてから言う。


「捨てる方が、

 楽ですからね」


 使者が、

 驚いたように俺を見る。


「……それを、

 理解しているのか」


「仕事なので」


 馬車が、

 城門をくぐる。


 王都の空気は、

 街とは違った。


 整っている。

 でも、どこか息苦しい。


「……まずは、

 謁見だ」


「その前に」


 俺は、

 城門脇の溝を指さす。


「ここ、

 掃除してからでもいいですか?」


 使者は、

 完全に諦めた顔で頷いた。


「……好きにしろ」


 こうして俺は、

 王城に入る前に――

 王都のゴミを拾い始めた。


 王城の中は、

 外よりも静かだった。


 音が反響しないように設計されているのか、

 足音すら吸い込まれる。


「……広いな」


 思わず漏れた声が、

 天井で消えた。


 案内されたのは、

 謁見の間――ではなかった。


「こちらが、

 本日の控え室だ」


 使者が扉を開ける。


 質素な部屋。

 装飾は最小限。


 清掃員が待機するには、

 ちょうどいい。


「王は後ほどお会いになる」

「その前に、

 内務大臣殿から話がある」


 嫌な予感がした。


 扉が、

 音もなく開く。


 入ってきたのは、

 痩せた男だった。


 背筋が不自然なほど伸びている。

 服には、

 一切の皺も埃もない。


 手袋をしたまま、

 俺を見る。


「……君が、

 例の“清掃の人”か」


 声は低く、

 感情がない。


「ユウキです」


「グレイヴ=フォン=アーデルハイト」

「内務を預かっている」


 名前を名乗られた瞬間、

 空気が一段冷えた。


「噂は聞いている」

「街を一つ、

 静かにしたそうだな」


「清掃しただけです」


「そう言うと思った」


 彼は、

 部屋を見回す。


「王城は、

 君の街とは違う」


「分かります」


「不要なものを残せば、

 秩序が乱れる」


 その言葉に、

 少しだけ引っかかった。


「清掃とは、

 不要なものを捨てることだ」


 グレイヴは、

 断言する。


「それが、

 王国の安定に繋がる」


 俺は、

 少し考えてから答えた。


「捨てるかどうかは、

 拾ってから決めます」


 彼の眉が、

 わずかに動く。


「無駄だ」

「価値のないものに、

 触れる必要はない」


「触れないと、

 分からないので」


 一瞬、

 沈黙。


 その間に、

 別の扉が開いた。


「――そこまでだ、

 グレイヴ」


 低く、

 威厳のある声。


 王だった。


「この者は、

 私の招待客だ」


 グレイヴは、

 一歩下がる。


「失礼しました」


 だが、

 視線は俺から離れない。


 王が、

 こちらを見る。


「ユウキと申したな」


「はい」


「聞いている」

「お前は、

 英雄ではないそうだな」


「はい」


 即答した。


 王は、

 少し笑った。


「ならば、

 話が早い」


 王は、

 はっきりと言った。


「王都と王城の清掃を、

 任せたい」


 場が、

 一瞬静まる。


 グレイヴが口を挟む。


「陛下、

 そのような役目――」


「必要だ」


 王は、

 遮った。


「城は、

 長く掃除されていない」


 俺は、

 自然に頷いた。


「確かに、

 溜まってます」


「……何がだ?」


「ゴミが」


 王は、

 短く笑った。


「そうか」

「では頼む」


 俺は、

 一礼する。


「分かりました」


 ――こうして。


 俺は王城で、

 ゴミ拾いをすることになった。


 英雄でもなく。

 冒険者でもなく。


 ただの――

 清掃担当として。


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