表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第17章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

108/163

急がない仕事

朝は、静かに始まった。


昨日よりも、少しだけ遅く。


レインは、宿の食堂で冷めかけたスープを飲みながら、

掲示板の写しを眺めていた。


紙は少ない。

文字も地味だ。


《旧水路清掃》

《倉庫内整理補助》

《見回り(夜間・非戦闘)》


戦闘はない。

緊急もない。

評価も、ほぼ付かない。


「……ここだな」


自分に言い聞かせるように呟く。


使わなくていい時間。

昨日、あの旅人――ユウキが言った言葉だ。


レインは《旧水路清掃》を選んだ。


場所は町の外れ。

使われなくなった支流だ。


管理はされているが、

重要度は低い。


「力仕事は、ほどほどでいい」

受付の女性が言う。

「詰まりを確認して、危なければ印を付けるだけ」


「分かった」


その“だけ”が、

妙に心地よかった。


現場は静かだった。


水は細く流れ、

苔が付いた石壁が続いている。


「……問題、なさそうだな」


レインは、松明を持って歩く。


詰まりはない。

崩落もない。


仕事としては、退屈だ。


――だからだろう。


ふと、足元の石がずれているのに気づいた。


小さい。

今すぐ崩れるわけじゃない。


だが、

**「いつかは壊れる」**場所だ。


《支えろ》

《固定しろ》


胸の奥が、反応しかける。


「……いや」


レインは、首を振った。


これは、急ぐ場所じゃない。

今すぐやる必要もない。


印を付けて、

報告すればいい。


そう判断して、

印具を取り出した。


――その瞬間。


能力が、微かに反応した。


《目的同調》。


“崩れる前に止めろ”

という、

誰のものでもない目的に。


「……っ」


手が、勝手に動きそうになる。


石を押し、

固定し、

力で解決しろと、

体が言ってくる。


「違う……」


レインは、歯を噛みしめた。


ここで力を使えば、

仕事は早く終わる。


だが――

それは“急がされる判断”だ。


昨日と同じになる。


レインは、一歩下がった。


力を、使わない。


能力は、宙ぶらりんになり、

一瞬だけ暴れる。


石が、わずかに動いた。


「……くそ」


結果として、

何もしなかったのに、

少し悪化した。


それが、一番堪えた。


「……合ってない」


昨日と同じ言葉が、

頭に浮かぶ。


結局、レインは印を付け、

報告だけを残した。


仕事は、終わった。


受付は、頷いた。

「ありがとう」

「後は、修繕班に回します」


それだけだ。


銀貨は、一枚。


評価は、なし。


誰にも責められない。

誰にも褒められない。


レインは、町へ戻りながら、

自分の手を見る。


使えば、壊す。

使わなければ、足を引っ張る。


「……なんなんだよ」


自由を選んだはずなのに、

判断するほど、

自分が邪魔になる。


町の入口で、

見覚えのある背中が見えた。


ユウキだ。


荷は増えていない。

減ってもいない。


必要な分だけを持ち、

淡々と歩いている。


レインは、声をかけなかった。


かける資格が、

まだない気がした。


――急がない仕事は、

確かにあった。


だが、

急がない判断ができる自分は、

まだ、出来上がっていなかった。


レインは、空を見上げる。


雲は、ゆっくり流れている。


置いていかれる感覚だけが、

胸の奥に残っていた。


夕方、町の空気が変わった。


音が増えたわけじゃない。

人が増えたわけでもない。


ただ、

目的を持った視線が、増えた。


レインは、それを敏感に感じ取った。


胸の奥が、

微かに、だが確実に――疼く。


「……来てない」


そう呟いた瞬間、

能力が反応した。


《目的同調》。


強制ではない。

命令でもない。


だが、

**“準備された目的”**が、遠くで形を持ち始めている。


レインは、足を止めた。


町の門の外。

街道の先に、

王国の紋章を付けた馬車が見える。


近づいては来ない。

止まりもしない。


ただ、

通っただけだ。


「……っ」


心臓が、わずかに早く打つ。


あれは迎えじゃない。

回収でもない。


だが――

“まだ有効な資産が、ここにいる”

という確認。


それだけで、

能力は十分に反応してしまう。


《戻る》

《応じる》

《用途は、まだある》


誰も言っていない。

だが、

過去の命令が、勝手に補完される。


「違う……」


レインは、壁に手をついた。


視界が、少しだけ揺れる。


王都では、

この反応は“正しい”とされていた。


呼ばれれば、応じる。

応じれば、役に立つ。

役に立てば、存在が保証される。


それを、捨てたはずだった。


「……呼んでないだろ」


誰に向けた言葉でもない。


だが、能力は答えない。


用途がある限り、

存在は呼び戻される。


それが、設計だ。


町の人々は、

その馬車に気づいていない。


ただの通行だ。

王国の道だ。


だが、レインにとっては違う。


「まだ終わっていない」

という、通知だった。


息を整えようとする。


だが、

《目的同調》は、静まらない。


“今すぐ戻れ”ではない。

“いつでも戻れる”という状態。


それが、

一番、厄介だった。


「……自由、か」


昨日よりも、

その言葉が重い。


宿へ戻る途中、

掲示板の前で足が止まった。


新しい紙が、一枚増えている。


《緊急:街道崩落の恐れあり

 応急対応できる者を求む》


レインは、

それを見た瞬間――


能力が、

完全に噛み合った。


《止めろ》

《守れ》

《急げ》


胸の奥が、

はっきりと熱を持つ。


「……」


ここなら、

力は“正しく”使える。


ここなら、

迷わずに済む。


だが――


その直後、

ユウキの言葉が、頭をよぎった。


――急がない場所。

――使わなくていい時間。


レインは、

掲示板から目を離した。


拳を、握る。


「……俺は」


ここで行けば、

評価される。

役に立てる。

王国にも、町にも。


だが、

また“戻る理由”を作る。


息を吐く。


長く、ゆっくり。


能力は、

まだ待っている。


選ばれるのを。


レインは、

その場から、離れた。


背中に、

用途が引っ張る感覚を残したまま。


翌朝、町はいつも通り動いていた。


荷車の音。

商人の呼び声。

冒険者たちの足音。


昨日の《街道崩落の恐れ》の張り紙は、もうない。


代わりに、

《対応済》

の赤印が、雑に押されていた。


「……終わったんだ」


レインは、少しだけ胸を撫で下ろした。


誰かが行った。

誰かが止めた。

町は、壊れなかった。


それでいい。

それで――よかったはずだ。


「お前、行かなかったんだってな」


背後から、声がかかる。


振り向くと、

昨日ギルドで顔を合わせた冒険者だった。

名は知らない。

覚えられていないのと、同じ理由だ。


「判断要だったろ?」

「緊急枠に近かった」


レインは、曖昧に頷いた。

「……他の人が、行ったみたいだ」


「そりゃそうだ」

男は肩をすくめる。

「止めるだけなら、誰でもいい」

「でも“動けるやつ”は、分かる」


その言葉に、

小さな棘が含まれていることを、

レインは理解してしまった。


「使えるかどうか、だよ」


男は悪気なく続ける。

「判断できる奴は、動く」

「できない奴は、待つ」


そして、

待つ奴は――


言葉は続かなかった。

だが、意味は十分だった。


男は去っていく。


責められてはいない。

咎められてもいない。


ただ、

評価が更新されただけだ。


レインは、ギルドの端に立った。


掲示板を見る。


《即時》

《回収》

《短時間》


分かりやすい依頼が、

次々に剥がされていく。


その中に、

《判断要》は、もうない。


「……なくなった、か」


判断は、

不要になったわけじゃない。


敬遠されたのだ。


レインの胸が、

じわりと重くなる。


《目的同調》が、

静かに反応する。


《役割不足》

《出力低下》

《再配置、要検討》


誰も言っていない。

だが、

能力は、勝手に結論を出す。


「……違う」


そう呟いても、

反応は止まらない。


宿に戻る途中、

露店の前を通り過ぎる。


昨日、足場の揺れを気にしていた店主だ。


店は、今日は閉まっていた。


理由は、分からない。

事故かもしれない。

ただの休みかもしれない。


でも、

レインの能力は、

勝手に繋げてしまう。


《止められた可能性》

《未対応》

《次回は――》


「やめろ」


声に出して、止めた。


自分で考えたい。

選びたい。


だが、

選ばなかった結果が、

もう“数字”として残っている。


宿に戻る。


ベッドに腰を下ろすと、

一気に疲れが来た。


何もしていないのに。


使っていないのに。


「……使わない方が、きついのかよ」


皮肉が漏れる。


王都では、

迷う暇はなかった。


命令があり、

目的があり、

使えば評価された。


ここでは違う。


自由はある。

だが、

使わない自由は、点数にならない。


扉の外で、

誰かの笑い声が聞こえる。


依頼を終えた冒険者たちだろう。


成功。

報酬。

次。


流れは、止まらない。


レインは、天井を見た。


「……俺は」


ここで、

何者なんだ?


役に立たないわけじゃない。

力がないわけでもない。


ただ、

使われなかった。


それだけで、

こんなにも、

空白が広がるとは思わなかった。


胸の奥で、

《目的同調》が、

小さく、苛立つように鳴る。


――次は、使え。

――次は、応じろ。


そうすれば、

楽になる。


レインは、目を閉じた。


そして、

一つだけ、はっきりと思った。


このままじゃ、また戻る。


王国に。

用途のある場所に。


それが、

一番“自然な選択”として。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ