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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第17章

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自由だと思っていた

レインは、朝の音が嫌いだった。


鳥の声でも、風の音でもない。

人が一日の予定を決める音だ。


荷車が止まる音。

店が開く音。

仕事が始まる音。


――目的が、生まれる。


それを感じ取ってしまう自分の体が、一番嫌だった。


「……行くか」


誰に向けたわけでもない声で、レインは立ち上がった。

小さな宿の、軋む床。

窓から差し込む光は弱く、だが十分だった。


剣は持っている。

だが、握っていない。


持っているだけだ。


王都を離れて、もうしばらく経つ。

追われてはいない。

呼び戻しもない。


それなのに――


「自由だ」


そう言い切るたび、

胸の奥で何かが、微妙に噛み合わなくなる。


街道沿いの小さな町。

交易路から外れ、立ち寄る人も少ない。


掲示板には、紙が三枚しか貼られていなかった。


《倉庫整理・半日》

《水路点検・軽作業》

《護衛(短距離)》


どれも、急がない仕事だ。


レインは、少しだけ安堵した。


「……いい」


命令でも、使命でもない。

ただの仕事。


これなら、力は――


水路点検を選び、現場へ向かう。

年配の職人が一人、待っていた。


「助かるよ」

「最近、若いのは来てくれなくてな」


「……危険は?」


「ない」

「ただ、確認するだけだ」


その言葉を聞いた瞬間、

胸の奥が、静まり返った。


――反応しない。


それは、良いことのはずだった。

なのに、足取りが少し重くなる。


水路は古い。

だが、壊れてはいない。


詰まりもない。

漏れもない。


レインは、何度か指先に意識を集中させた。


《目的同調》は、動かない。


「……これでいいんだ」


自分に言い聞かせるように呟く。


仕事は、何事もなく終わった。


職人は頷き、銀貨を二枚置いた。

「ありがとう」

「また来てくれ」


それだけだ。


評価も、拍手も、記録もない。


レインは、銀貨を受け取りながら、

なぜか視線を逸らした。


――役に立っていない気がした。


宿へ戻る途中、路地で小さな騒ぎがあった。


木箱が崩れ、荷が散らばっている。

子どもが泣いている。

大人が慌てている。


「……っ」


思考より先に、体が反応しかける。


《守れ》

《助けろ》


誰も言っていない。

だが、状況が“目的”を形作ろうとする。


一瞬、力が走った。


強すぎる。

必要以上に。


「待て」


レインは、自分に言った。


一歩、下がる。


近くの大人が、箱を立て直した。

子どもは泣き止む。


――問題は、自然に解決した。


胸の奥に残ったのは、

出番を失った衝動だけだった。


「……俺は」


歩きながら、考える。


王都では、

こういう“曖昧な現場”は存在しなかった。


常に命令があり、

常に目的があり、

常に力を出す理由があった。


それが嫌で、逃げた。


だから今、ここにいる。


なのに――


「自由って……」


言葉にした瞬間、

能力が、微かに揺れた。


何に同調したのか、分からない。

分からないまま、落ち着く。


レインは、立ち止まった。


「……俺は、本当に自由か?」


答えは出ない。


ただ一つ分かるのは、

自由になったはずなのに、

“何に使われないか”を

ずっと気にしている自分がいることだった。


町の外れに、別の旅人が見えた。


荷は少ない。

動きは淡々としている。


周囲を見ているが、

必要以上に関わらない。


レインは、その背中を、少しだけ目で追った。


――あの人は。


まだ、この時は知らない。


その旅人が、

自分の“能力”ではなく、

**“用途”を見る人間だということを。


朝の音が、また町に広がる。


目的が生まれ、

誰かが動き出す。


レインは、足を止めたまま、

その流れを見ていた。


自由だと思っていた。


だが――

自由には、

まだ、触れていなかった。


昼前、町の外れが少し騒がしくなった。


「橋が、ずれた!」

「馬車が通れねぇ!」


レインは、音の方を見る。


小さな木橋。

古いが、まだ使われている。


片側の支柱が沈み、

荷車一台が立ち往生していた。


「……行くか」


自分に言い聞かせるように呟き、

レインは歩き出した。


集まっているのは、町の人間だけだ。

冒険者はいない。


「力仕事ができる奴はいねぇのか」

「今日は人手が足りねぇ」


――目的が、形になる。


《持ち上げろ》

《支えろ》

《通せ》


胸の奥が、反応する。


「……っ」


レインは、橋に手をかけた。


力が、走る。

だが――


強すぎた。


沈んだ支柱だけでなく、

反対側の継ぎ目まで軋む。


「おい、待て!」

「そこまでやらなくていい!」


声が飛ぶ。


レインは、慌てて力を緩めた。


今度は、足りない。


橋は中途半端に持ち上がり、

逆に不安定になる。


「……なんだよ、それ」

「余計危ねぇぞ」


誰かが言った。


レインは、歯を食いしめる。


「すまない」

「俺が――」


「いや」

年配の男が首を振る。

「悪くない」

「ただ……」


言葉を選ぶ間。


「“合ってない”な」


その一言が、胸に刺さった。


数人で丸太をかませ、

橋はなんとか応急処置された。


荷車は通れた。

大事にはならない。


だが、誰もレインを見なかった。


感謝も、非難もない。


ただ、距離だけが生まれた。


「……あんた」

若い男が、ぽつりと聞いた。

「前、王都にいた?」


レインは、答えなかった。


「似てるんだ」

男は続ける。

「前に来た“召――”


「違う」


被せるように言った。


声が、少しだけ強くなる。


男は、察したのか口を閉じた。


沈黙。


レインは、その場を離れた。


歩きながら、手を見る。


震えてはいない。

だが、力の置き場がない。


「……なんでだ」


王都では、

こんなことはなかった。


命令があった。

用途があった。

だから、迷わなかった。


今は――


「自由、なのに」


小さく呟いた言葉に、

能力は反応しなかった。


それが、余計に苦しい。


町の入口で、

さっき見かけた旅人が、

荷をまとめていた。


淡々と。

必要な分だけ。


橋の騒ぎを、

見てもいない。


――ああ。


レインは、ようやく理解する。


自分は、

自由を求めて旅をしているのに、

まだ“使われる前提”で立っている。


だから、

どこでも浮く。


どこにも、合わない。


「……」


レインは、何も言わず、

その背中から目を逸らした。


宿の裏手は、静かだった。


荷をまとめるにはちょうどいい広さで、

人もほとんど通らない。


ユウキは、地面に落ちていた針金を拾い、

軽く丸めて袋に入れた。


価値はない。

だが、邪魔にはなる。


「……さっきの橋」


背後から声がした。


振り向くと、

昼間の召喚者――レインが立っていた。


距離は、少し遠い。

近づきすぎない。


「見てた?」

レインが聞く。


「見てない」

ユウキは即答した。

「音は聞こえた」


それだけで、

何があったかは分かる。


レインは、少し黙った。


「……助けなかったのか」


「必要なかった」

ユウキは、袋の口を閉じながら答える。

「人は足りてた」


「でも」

レインは言葉を探す。

「俺が行かなきゃ――」


「それ」

ユウキは、顔を上げずに言った。

「誰の仕事?」


レインは、口を閉じた。


「町の?」

「それとも、君の?」


答えは出ない。


レインは、自分の手を見る。

昼間、橋に触れた手だ。


「……役に立てるなら」

「使うべきだと思った」


「思った、か」

ユウキは短く返す。

「頼まれた?」


「……いや」


「じゃあ」

ユウキは続ける。

「それは“仕事”じゃない」


レインの喉が、わずかに鳴る。


「じゃあ、何なんだ」

苛立ちを抑えた声。

「力があって、使えるのに、使わないのは――」


「余り物」

ユウキは言った。

「用途が決まってないだけだ」


その言い方は、

非難でも慰めでもなかった。


事務的で、

当たり前の分類だった。


「……余り物、か」

レインは苦笑する。

「ずいぶん、あっさり言うな」


「慣れてる」

ユウキは肩をすくめる。

「拾う仕事だから」


レインは、一歩だけ近づいた。


「なあ」

「お前は……自由なのか」


ユウキは、少し考えた。


「知らない」

正直に答える。

「自由って、基準が人による」


「でも」

レインが言う。

「お前は、迷ってない」


ユウキは、袋を背負い直した。


「迷わないようにしてるだけだ」

「決めないことを、決めてる」


それ以上は言わない。


言えば、説明になる。


レインは、それを感じ取ったのか、

それ以上踏み込まなかった。


「……変な奴だな」


「よく言われる」

ユウキは淡々と返す。


少しの沈黙。


風が吹き、

宿の看板が小さく揺れた。


「さっき」

レインがぽつりと言う。

「“合ってない”って言われた」


「そうか」


「合ってないなら」

レインは続ける。

「どこに行けばいい」


ユウキは、答えなかった。


代わりに、こう言った。


「急がない場所」

「使わなくていい時間があるとこ」


それだけだ。


レインは、その言葉を噛みしめるように黙った。


ユウキは、もう背を向けている。


「じゃあな」


それだけ言って、

路地の向こうへ歩いていった。


助けなかった。

導かなかった。

答えも出さなかった。


それでも、

レインの胸には、

一つだけ残った言葉があった。


――使わなくていい時間。


夜が、町に落ちる。


目的が眠り、

命令が静まる時間。


レインは、初めて

その静けさを、

少しだけ楽だと思った。

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