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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第16章

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判断不要は、責任不要じゃない

ラグド交易環の朝は、昨日よりもよく回っていた。


依頼掲示板は整理され、

完了印は増え、

数字は、気持ちよく積み上がっている。


――昨日、町の一部が止まったことなど、

すでに「処理済み」の扱いだ。


「早ぇな」

ガルドが呆れたように言う。

「もう平常運転かよ」


「平常、というより」

ミーナは淡々と訂正する。

「“止めた記録”が反映された結果です」


ユウキは、掲示板を見ていなかった。


視線の先は、受付前。


赤い装備の一団が、陣取っている。


――紅迅。


カイルは、職員の机に肘をつき、

紙束を指で叩いていた。


「だから、昨日の件は“回収完了”だろ」

「処理も早い、被害も最小」

「点が伸びない理由がない」


職員は困った顔をしない。

ただ、事務的に答える。


「処理は早かったです」

「ですが、判断者欄が空白です」


「空白?」

カイルが鼻で笑う。

「そんなの、誰がやっても同じだろ」


「違います」

職員は淡々と続ける。

「判断を下した人間が記録されていません」


カイルは、肩をすくめた。

「現場にいた全員だ」

「俺たちは、動いた」


「動いたことは評価されています」

「判断は、評価対象外です」


一瞬、周囲の冒険者たちが耳を澄ませた。


カイルは、舌打ちを一つ。


「……面倒だな」

「で、誰が書く?」


職員は、紙を一枚取り出した。

「“判断を行った者が名乗り出た場合”のみ、追記できます」


「名乗り?」

カイルは、わずかに視線を流す。


その先に――ユウキがいた。


「……ああ」

カイルは、納得したように笑う。

「昨日の掃除屋か」


名前は呼ばない。


「判断、してただろ?」

「なら書いとけよ」

「後処理は、そっちの仕事だ」


ユウキは、何も言わなかった。


ミーナが、一歩前に出る。

「判断を“押し付ける”形になりますが」


「効率的だろ」

カイルは即答する。

「適材適所だ」


ガルドが、低く笑った。

「便利な言葉だな」


カイルは気にしない。


「俺たちは速い」

「結果を出す」

「判断が必要なら、判断できる奴がやればいい」


その言葉に、何人かが頷いた。


速さは、信用だ。

この町では。


ユウキは、ようやく口を開いた。


「書かない」

それだけ言った。


カイルが眉を上げる。

「は?」


「判断はしてない」

ユウキは淡々と続ける。

「止めただけだ」


「同じだろ」

カイルは即座に返す。

「結果、町は助かってる」


「結果は、町のものだ」

ユウキは言う。

「俺の実績じゃない」


一瞬、空気が冷えた。


カイルは、薄く笑う。

「……へぇ」

「じゃあ、次は関わるなよ」


「関わるかどうかは」

ユウキは答える。

「現場が決める」


「現場?」

カイルは鼻で笑った。

「現場は、速い方に流れる」


そう言って、次の依頼書を掴む。


《街道中継・搬送護衛》

《回収要員:要》

《判断:不要》


「ほら」

カイルは紙を掲げた。

「判断不要」

「俺たち向きだ」


周囲から、小さな感心の声。


ミーナが、その文字を見る。

「……不要、ですか」


「不要だ」

カイルは断言する。

「迷う時間が、損だからな」


ユウキは、その紙を一瞥しただけで視線を外した。


判断不要。


その言葉が、

昨日より、少し軽く聞こえた。


「なあ」

ガルドが小声で言う。

「あいつら、昨日の件で何も学んでねぇぞ」


「学んでいる」

ミーナは否定する。

「“評価の取り方”だけを」


カイルたちは、すでに動き出していた。


後処理は残ったまま。

記録も空白のまま。


だが、掲示板には赤い完了印が増える。


速い者が、勝つ。


この町では、それで十分だ。


ユウキは、依頼書の下段を見た。


小さな文字。


《備考:回収後の責任は、現場判断者に帰属する》


「……来たな」

ユウキは、小さく呟いた。


拾うだけ拾って、

判断は置いていく。


そういうやり方が、

一番、事故を呼ぶ。


だが――

今は、まだ起きていない。


だからこそ、

誰も止めない。


ユウキは、息を整えた。


「見るか」

それだけ言った。


嫌な予感は、

もう十分に積み上がっていた。


街道は、町よりも正直だった。


舗装は粗く、補修跡はつぎはぎ。

荷車が通るたび、わずかに揺れる。


「……嫌な感じだな」

ガルドが言う。

「急ぐ前提で作られてねぇ」


「急ぐ前提で使われてます」

ミーナが淡々と返す。

「ラグドの外縁部ですから」


隊列は三つに分かれた。


先頭――紅迅。

中央――護衛兼回収の混成パーティ。

後方――ユウキたち。


距離は近い。

近すぎる。


「詰めすぎだ」

レオルが小声で言う。


「速さを見せたいんだろ」

ガルドが鼻で笑う。

「前に出て、評価を取る」


その通りだった。


カイルは、振り返りもせずに言う。

「間隔、詰めろ」

「遅れるな」


仲間たちは即座に応じる。


後方の荷車が、無理に速度を上げた。


「……おい」

御者が声を上げる。

「この道――」


「判断不要だ」

カイルが被せる。

「止まるな」


御者は、口をつぐんだ。


止まれば、評価が落ちる。

そういう空気が、すでに出来ている。


ユウキは、その様子を黙って見ていた。


街道の端。

崩れかけた排水溝。

仮補修の木杭。


《誰も見ていない価値》

反応:低

継続検知


「……あるな」

ユウキが小さく言う。


「何が?」

レオルが聞く。


「“判断不要”って言葉が、一番危ない場所」

ユウキはそれだけ答えた。


その直後。


前方で、箱が一つ落ちた。


ガタン、と鈍い音。


「回収!」

中央の混成パーティが叫ぶ。


カイルは、ちらりと見るだけ。

「拾え」

「遅れるな」


拾う。

止めない。

確認しない。


拾われた箱が、軋む。


「……それ、固定甘いぞ!」

後方から誰かが叫ぶ。


「知るか!」

拾った冒険者が怒鳴り返す。

「回収対象だ!」


次の瞬間。


箱の中で、魔力が弾けた。


「っ!?」

地面が、沈む。


ほんの一瞬。

だが確実に。


「止まれ!」

ようやく誰かが叫ぶ。


カイルが手を上げる。

「止まるな!」

「通れる!」


通れる、という判断。


その言葉で、

数人が前に出た。


ユウキは、歩を進めなかった。


「……来る」

ミーナが低く言う。


沈み込みが、広がる。


舗装の下。

空洞が露出する。


「うわっ!」

中央の一人が足を取られた。


箱が、さらに落ちる。


「回収だ!」

まだ言っている。


ガルドが、さすがに舌打ちした。

「こいつら……」


「拾うな」

ユウキが言った。


声は低い。

だが、はっきりしていた。


カイルが振り向く。

「今さら何だ」

「判断不要だろ」


「不要なのは」

ユウキは答える。

「“考える時間”だ」


一瞬、カイルの表情が歪む。


「……理屈は後だ」

「結果を出せ」


その言葉で、

混成パーティの一人が、無理に箱を引いた。


――バキン。


舗装が、割れた。


完全な崩落ではない。

だが、通行不能。


列が止まる。


「……誰の責任だ?」

誰かが呟く。


カイルは、即座に言った。

「回収班だ」

「俺たちは指示しただけ」


その言葉で、空気が凍った。


拾った冒険者が、顔を青くする。

「は……?」


「判断不要って書いてあった」

カイルは淡々と続ける。

「勝手に判断したのは、そっちだろ」


完全に、切り捨てだった。


ユウキは、そのやり取りを見ていた。


拾わせて。

止めさせず。

責任だけ落とす。


「……最低だな」

ガルドが、低く言った。


「合法です」

ミーナが答える。

「規約上は」


カイルは、こちらを見た。

「なあ、掃除屋」

「判断できるんだろ?」


嫌な笑い。


「なら、片付けてくれ」

「“壊れる前に止める”の、得意だろ」


――来た。


責任を、投げてきた。


ユウキは、一拍置いた。


そして、首を振った。


「今は、拾わない」

それだけ言った。


カイルが、眉をひそめる。

「は?」


「これは」

ユウキは淡々と続ける。

「“拾った結果”だ」


沈黙。


混成パーティの一人が、唇を噛む。

「……俺たちが、悪いのか?」


誰も答えない。


評価は、止まった。

隊列も、止まった。


だが、

紅迅だけは、まだ評価を失っていない。


それが、

一番、嫌なところだった。


街道の風が、吹き抜ける。


崩れた舗装の前で、

“判断不要”という言葉だけが、

ひどく浮いていた。


崩れた舗装の前で、列は完全に止まっていた。


怒号はない。

悲鳴もない。

ただ、動けなくなったという事実だけが残っている。


「……連絡、入れろ」

誰かが言った。


中央の混成パーティの一人が、震える手で通信具を操作する。

だが、言葉が詰まる。


何を報告するのか。

誰の判断だったのか。


それが、もう曖昧だった。


「報告は俺がやる」

カイルが言った。


落ち着いた声だ。

いつも通りの、指示役の声。


通信具に向かい、淡々と告げる。


「街道中継路にて、舗装沈下」

「回収作業中に発生」

「現在、通行不能」


一拍。


「原因?」

通信の向こうから聞かれる。


カイルは、即答しなかった。


ほんの一瞬だけ、

沈黙が挟まる。


「……現場の不注意だ」

そう答えた。


その瞬間、

混成パーティの空気が変わった。


誰も反論しない。

できない。


通信の向こうは、短く応じた。

「了解」

「現場判断者は?」


カイルは、視線を流した。


ユウキを見る。


「……いる」

そう言った。

「判断できる者が」


ユウキは、動かなかった。


代わりに、ミーナが一歩前に出る。


「確認します」

落ち着いた声だった。

「この現場の依頼書には――」


通信を受け取る。


《街道中継・搬送護衛》

《判断:不要》

《回収要員:要》


ミーナは、そのまま読み上げた。


「判断不要、とあります」

「現場判断者は、規約上、存在しません」


沈黙。


通信の向こうが、言葉を選んでいる。


「……では」

「判断は、誰が下しましたか?」


答えは、もう一つしかない。


「回収を指示した者です」

ミーナは淡々と続ける。

「通行可能と判断した者」

「停止を拒否した者」


通信の向こうが、短く息を吐いた。


「確認する」

「全指示ログを提出してください」


カイルの指が、わずかに止まった。


ログは残っている。

声。

指示。

タイミング。


速さを誇るために、

すべて記録していた。


「……提出する」

カイルは言った。


通信が切れる。


誰も、何も言わない。


風が吹き抜ける。

崩れた舗装の向こうで、荷車が立ち往生している。


「……なあ」

混成パーティの一人が、かすれた声で言った。

「俺たち……どうなる?」


誰も答えない。


ガルドが、腕を組んだまま呟く。

「評価は、止まるな」


「いいえ」

ミーナが訂正する。

「落ちます」


静かな断定だった。


レオルが、小さく息を吸う。

「……紅迅も?」


ミーナは、カイルを見た。


「速さの評価は維持されます」

「ですが――」


一拍。


「判断放棄による事故誘発」

「下請け回収班への責任転嫁」

「現場停止判断の拒否」


淡々と、列挙する。


「信用評価は、大きく下がります」


それは、この町では致命的だった。


速いだけのパーティは、

いくらでもいる。


だが、

信用を失った速さは、

誰も預けない。


カイルは、何も言わなかった。


怒鳴らない。

言い訳もしない。


ただ、崩れた舗装を見ている。


「……お前」

カイルが、低く言った。

「最初から、こうなるのが見えてたのか」


ユウキは、少し考えてから答えた。


「見えてたんじゃない」

「見ないって判断を、そっちが選んだ」


それだけだった。


責めない。

裁かない。

勝ち誇らない。


ただ、線を引いただけ。


通信具が、再び鳴る。


「紅迅」

「今回の街道依頼は――」


一拍。


「途中打ち切り」

「回収作業から外れてください」


カイルは、ゆっくりと目を閉じた。


「……了解」


それだけ言って、通信を切る。


列の前方が、静かに空いた。


紅迅が抜けたことで、

隊列は再編成される。


誰も拍手しない。

誰も笑わない。


ただ、

速すぎた判断が、居場所を失った。


ユウキは、最後に崩れた舗装を見た。


「……じゃあ」

そう言って、踵を返す。


「どこ行くんだ?」

ガルドが聞く。


「別ルート」

ユウキは答えた。

「遅いけど、壊れない道」


レオルが、ほっとしたように頷く。

「それ、今は一番ありがたいですね」


ミーナが、静かに付け加える。

「信用が、残る道です」


背後で、

紅迅の一団が撤収を始めていた。


速さを誇っていた背中は、

もう、誰にも追いかけられていない。


――判断不要は、責任不要じゃない。


それを、

誰も口にしないまま、

全員が理解した。


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