止められない現場
簡易柵を回り込んだ先で、音が変わった。
金属が擦れる音。
短く、乾いた破裂音。
それに混じる、人の怒号。
「……戦闘?」
レオルが身構える。
「違う」
ユウキは即答した。
「作業だ」
広場の一角。
巨大な歯車構造がむき出しになっている。
本来は地下にあるはずの動力輪。
だが、舗装が沈み、半分以上が露出していた。
「うわ……」
ガルドが思わず声を漏らす。
「これ、止まったら町が死ぬやつだろ」
ミーナが即座に頷く。
「給水・昇降・搬送、すべてここに連結しています」
「停止=全面麻痺です」
作業員たちが、必死に固定杭を打っている。
だが、杭が弾かれている。
「間に合わねぇ!」
「歯が欠けてる、次で噛み合わねぇぞ!」
指揮を執っている男が、叫ぶ。
「回収班は!?」
「来てるなら、今すぐ――」
そこへ、紅迅の一団が駆け込んできた。
カイルが状況を一瞥し、即座に指示を飛ばす。
「歯車破損部、回収対象!」
「予備輪がある、外せ!」
「外す!?」
作業員が叫ぶ。
「今抜いたら――」
「今抜かなきゃ、全壊だ!」
カイルが遮る。
判断は早い。
早すぎるほどだ。
ユウキは、歯車の噛み合いを見る。
欠け。
歪み。
そして、無理に回っている負荷。
「……抜くと、止まる」
ユウキが言った。
ミーナが即座に理解する。
「停止衝撃で、別系統が壊れます」
ガルドが歯を鳴らす。
「でも放っといたら――」
「壊れる」
ユウキは頷く。
「どっちに転んでも、だ」
カイルが振り向いた。
「今度は何だ?」
「止めるなら、代案を出せ」
ユウキは、少しだけ目を細めた。
「止めない」
そう言った。
周囲が一瞬、静まる。
「……は?」
作業員が聞き返す。
「拾う」
ユウキは続けた。
「でも、外さない」
「そんな都合のいい――」
カイルが言いかける。
ユウキは、腕の金属板に触れた。
静かに、だが確実に反応する。
――《零価再定義》。
価値を失ったものを、
“使われる前提”に戻す回収権限。
「歯を、拾う」
ユウキは言った。
「壊れたまま、だ」
ミーナが息を呑む。
「……回収しながら、稼働維持?」
「一時的にな」
ユウキは頷く。
「持たせるだけだ」
カイルは、歯を食いしばった。
「……責任は?」
「俺が持つ」
ユウキは即答した。
その一言で、空気が変わった。
判断が、前に出た。
「……やれ!」
カイルが叫ぶ。
「補助、全部回せ!」
作業員たちが動く。
紅迅も、即座に対応に回る。
ユウキは、歯車に手を伸ばした。
拾う。
だが、奪わない。
止めない。
だが、放置しない。
「……重いな」
ユウキが呟く。
ガルドが笑う。
「今さらか?」
歯車が、軋みながら回り続ける。
町は、止まらない。
だがその裏で、
**“誰が判断を持つか”**が、
はっきりと刻まれ始めていた。
——拾わないと壊れる現場で、
掃除屋は、初めて“前に出た”。
歯車は、回っていた。
だがそれは、正常な回転ではない。
「……嫌な音だな」
ガルドが低く言う。
「限界運転です」
ミーナは即答した。
「設計想定を超えています」
ユウキは、歯車に触れたまま動かなかった。
《零価再定義》は発動している。
だが、万能ではない。
「三分」
ユウキが言った。
「もっても」
「三分!?」
作業員が声を上げる。
「それだけじゃ――」
「十分だ」
ユウキは遮った。
「逃がす判断をするにはな」
紅迅のリーダーが、即座に状況を把握した。
「撤退線を引け!」
「重機は後退、軽装だけ残れ!」
判断は早い。
そして今回は――正しい。
だが、その速さに町が慣れすぎていることも、
ユウキには見えていた。
歯車の裏側。
微細な金属片が、空中で弾ける。
「欠けが広がってる!」
誰かが叫ぶ。
「想定内だ」
ユウキは言う。
「“拾った”分だけ、持つ」
腕の金属板が、熱を帯びる。
《零価再定義》は、
「価値がない」と判断された部分だけを引き受ける。
つまり――
壊れる運命そのものだ。
「……ユウキ」
ミーナが、珍しく名を呼んだ。
「負荷が、あなたに集中しています」
「分かってる」
息を吐く。
視界が、わずかに白む。
だが、止めない。
「歯を抜くな!」
紅迅のリーダーが怒鳴る。
「今は触るな!」
その判断で、
現場が一つにまとまった。
作業員たちは、逃げる準備を始める。
だが、誰も混乱していない。
「……町が動いてる」
レオルが、思わず言った。
「動いてるうちは、壊れない」
ユウキは答える。
「止めた瞬間に、全部来る」
ガルドが、ユウキの横に立つ。
「お前、いつまで持つ?」
「分からん」
ユウキは正直に言った。
「だから――」
歯車が、悲鳴のような音を立てた。
次の瞬間。
意図的に、力を抜いた。
《零価再定義》が解除される。
歯車は止まる。
だが、崩れない。
固定杭が、きしみながらも耐えた。
「……止まった?」
誰かが呟く。
「止めた」
ユウキは言った。
「壊れる前に」
静寂。
次に聞こえたのは、
遠くの給水管が閉じる音。
昇降機が停止する音。
町の一部が、
計画通りに止まっていく。
「……被害、限定的」
ミーナが確認する。
「予測範囲内です」
紅迅のリーダーが、深く息を吐いた。
「……助かった、とは言えねぇな」
「言わなくていい」
ユウキは言った。
「助けてない」
「だが」
リーダーは続ける。
「最悪は避けた」
それで十分だった。
作業員たちは、次の作業に移り始める。
代替動力への切り替え。
仮設路線の設置。
誰かが決め、
誰かが動く。
ユウキは、一歩下がった。
腕の金属板は、冷えている。
「……疲れました?」
レオルが聞く。
「少しな」
ユウキは答えた。
「でも――」
町を見る。
止まった場所と、
動き続けている場所。
その境目が、
はっきりしている。
「使ったな」
ガルドが言う。
「使わされた」
ユウキは訂正した。
「ここは、“使わない”が通らない場所だった」
ミーナが、静かに頷く。
「境目、ですね」
「そう」
ユウキは言った。
「ここから先は――」
装備に視線を落とす。
「“使う責任”が付いて回る」
遠くで、
紅迅の一団が撤収準備をしている。
その背中は、
どこか重く見えた。
——判断が速い町で、
一度使われた力は、
次も使われる前提になる。
その兆しだけが、
静かに残っていた。




