中継都市ラグド公益環
ギルドを出たとき、ユウキは一度だけ振り返った。
掲示板は相変わらず埋まっている。
依頼は回り、人は動き、判断は速い。
――問題は、何も起きていないことだ。
「……行くか」
ユウキは短く言った。
「どこへ?」
レオルがすぐに聞く。
「中継都市」
ユウキは歩き出しながら答える。
「ラグド公益環」
ガルドが眉を上げた。
「また妙に具体的だな」
「理由は単純だ」
ユウキは振り返らずに言う。
「“判断が軽い町”の次は、“判断が競争になってる町”を見る」
ミーナが、すぐに理解したように頷いた。
「ラグドは交易と依頼の交差点ですね」
「実績と速度が、そのまま信用になる都市」
「そう」
ユウキは肯定した。
「拾うのが早い奴が偉い場所だ」
馬車に揺られながら、町は遠ざかっていく。
ギルドの喧騒も、資材集積区の金属音も、
少しずつ背中側に消えていった。
「……あの町、問題なかったよな?」
ガルドが、ぽつりと聞く。
「問題はある」
ユウキは即答した。
「でも“今すぐ壊れる問題”じゃない」
レオルが首を傾げる。
「じゃあ、なんで離れるんです?」
「残る理由がないからだ」
ユウキは淡々と答えた。
「回ってる町に、掃除屋は居座らない」
ミーナが補足する。
「介入が習慣化すると、判断を奪います」
「それは、灰棚と同じ方向です」
ガルドが鼻で笑った。
「相変わらず、面倒な立場だな」
「楽な立場だぞ」
ユウキは肩をすくめる。
「責任を取らなくていい」
馬車の進路標識が見えた。
《中継都市 ラグド公益環》
「公益環、って名前がもう胡散臭ぇ」
ガルドが言う。
「実際は便利です」
ミーナは地図を確認しながら言う。
「物資、情報、人材、全部が集まる」
「だから……」
一拍置いて、
「判断が“速さ”で測られやすい」
ユウキは、その言葉に頷いた。
「で、そういう町には」
ユウキは続ける。
「必ずいる」
「何が?」
レオルが聞く。
「“結果だけ見せる奴”だ」
ラグド公益環の外壁が見えてきた。
灰棚とは違う。
前の町とも違う。
高い壁。
複数の門。
行列はあるが、流れは止まらない。
門前で、冒険者たちの声が飛び交っている。
「昨日の依頼、三件同時達成だぞ!」
「回収率九割!」
「うちの班が一番早い!」
競うような声。
誇示するような声。
レオルが少し目を輝かせた。
「活気ありますね」
「あるな」
ガルドも認める。
「うるさいくらいだ」
ユウキは、何も言わなかった。
ただ一瞬だけ、
腰の装備袋に意識を向ける。
――静かだ。
だが、灰棚でも、前の町でもなかった種類の静けさ。
「……ここは」
ユウキは小さく言った。
「“拾えるかどうか”じゃない」
「じゃあ、何です?」
ミーナが聞く。
「“拾ったあと、誰が評価されるか”だ」
門をくぐる。
中は、さらに騒がしい。
だが、無秩序ではない。
掲示板は整然としている。
依頼は分類され、期限と報酬が明確だ。
その前で、
赤い装備の一団が、注目を集めていた。
「また《紅迅》か」
「速さだけなら、あいつらだな」
誇らしげな笑い声。
周囲の羨望と、少しの苛立ち。
レオルが小声で言う。
「有名なんですか?」
「有名だな」
ガルドが答える。
「早くて、派手で、結果だけ持ってくる」
ユウキは、その一団を一瞥しただけで視線を外した。
「……なるほど」
そう呟く。
ミーナが、静かに言った。
「拾う判断が、評価に直結している」
「これは……」
「うん」
ユウキは頷く。
「“拾わない判断”が、負けになる町だ」
馬車を降り、宿へ向かう。
背後では、まだ声が響いている。
早さ。
数。
成果。
どれも、分かりやすい。
「なあ」
ガルドが歩きながら言った。
「ここで、何するんだ?」
ユウキは、少しだけ考えてから答えた。
「まずは、普通に依頼を受ける」
「拾うな、とは言わない」
「じゃあ?」
レオルが聞く。
ユウキは、ほんの少し笑った。
「拾いすぎた先を、見る」
その言葉は軽かった。
だが――
ラグド公益環という町は、
その“先”を、必ず用意している。
掃除屋にとって、
久しぶりに分かりやすい舞台が整っていた。
――ここからは、冒険だ。
中継都市《ラグド交易環》のギルドは、朝から回っていた。
音が多い。
金属、声、紙、靴音。
それらがぶつからず、滞らず、次々に流れていく。
「……すげぇな」
ガルドが率直に言った。
「速いです」
ミーナは淡々と肯定する。
「判断・指示・実行が一直線」
掲示板の前では、依頼書が貼られ、剥がされ、また貼られている。
“完了”の赤印が増えるたび、空気が一段軽くなる。
「ここは止まらない」
ユウキは歩きながら言った。
「止まらせない構造だ」
その時、受付前が一瞬だけざわついた。
「次、紅迅!」
受付の声が通る。
四人組が前に出る。
揃った装備、無駄のない動き。
先頭の男が、短く頷いた。
――カイル。
年は若い。
だが視線が忙しい。
周囲を“確認”ではなく“査定”する目だ。
「依頼内容」
カイルが言う。
「南倉庫区、魔獣反応」
受付が即答する。
「被害未確認、優先度高」
「了解」
カイルは書類を受け取り、振り返りもしない。
「三分で出る」
仲間たちも同時に動いた。
確認の言葉はない。
「……速すぎないか?」
レオルが小声で言う。
「彼らは速さで評価される」
ミーナが答える。
「この町では、特に」
ユウキは、カイルの背中を一度だけ見た。
判断が、軽い。
その直後。
別の掲示板の前で、職人と冒険者が揉めていた。
「だから言っただろ!」
「回収指定が“即時”だったんだ!」
床には、壊れた魔道具の残骸。
砕けた水晶、焦げた金属。
「……これ」
ガルドが眉をひそめる。
「回収した結果か?」
「そう」
ミーナが頷く。
「“使えるかもしれない”を全部拾った」
職人が苛立ちを隠さず言う。
「直せる前提で来るな!」
「分解したら終わりだ!」
冒険者は肩をすくめた。
「依頼通りだ」
「判断不要って書いてあった」
ユウキは、その紙を見た。
《回収指定:即時》
《判断不要》
「……なるほど」
ユウキは呟いた。
そこへ、ギルドの職員が割って入る。
「次の案件が詰まってます!」
「後処理は回収班で!」
職人は言葉を飲み込み、下がった。
レオルが小さく言う。
「これ……」
「誰も悪くないやつですね」
「そう見える」
ユウキは答えた。
「でも“拾いすぎ”だ」
ミーナが補足する。
「判断を“前工程”から“後工程”へ押し出している」
「結果、摩耗が溜まります」
その時、倉庫区の方から爆ぜる音。
「……来たな」
ガルドが即座に身構える。
遠くで、魔力の閃光。
そして――短い。
「終わったぞ!」
誰かの声。
紅迅が戻ってきた。
カイルの剣には、血も汚れもない。
「反応は誤検知」
カイルが受付に言う。
「巣は壊した」
「被害は?」
「なし」
「処理時間は?」
「二分三十」
受付は満足そうに頷いた。
周囲から、小さな拍手。
評価の空気。
ユウキは、床に残った破片を見ていた。
魔獣の残骸はない。
だが――壊れた棚、割れた器具。
「……副損害」
ミーナが静かに言う。
カイルが、こちらに気づいた。
一瞬、視線が交わる。
「?」
カイルは首を傾げる。
「依頼人か?」
「違う」
ユウキは答える。
「通りすがり」
「なら、下がってくれ」
カイルは興味を失った。
「ここは回ってる」
その言葉に、レオルが少しだけ引っかかった顔をする。
「回ってる、か……」
カイルはもう振り向かない。
次の依頼書を受け取り、仲間に投げる。
「次、即時」
「判断不要」
四人は、また走り出した。
残されたのは、
拾われすぎた破片と、
判断されなかった後処理。
ユウキは、ゆっくり息を吐いた。
「……あれが、この町の“速さ”だ」
ガルドが腕を組む。
「で、どうする?」
ユウキは、壊れた器具を一つだけ拾い上げ、すぐに戻した。
「まだ、何もしない」
「見るだけだ」
ミーナが頷く。
「“自壊点”を待つ、ということですね」
「そう」
ユウキは言った。
「速すぎる判断は、必ず“踏み外す”」
遠くで、また依頼完了の声。
この町は、今日も完璧に回っている。
――まだ。




