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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第1章

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拾われなかった尊厳

拾われなかった尊厳


 決闘の翌日。


 広場の喧騒が嘘のように、

 役所は静かだった。


 俺はいつも通り、

 清掃袋を担いで裏口から入る。


「……あ」


 資料室の前で、

 人だかりができていた。


 役所職員、ギルド関係者、

 それから――市民。


 真ん中には、

 机が一つ。


 その上に、

 分別済みの回収物が並んでいた。


「これは……」

「昨日の?」


 リィナが、

 淡々と説明している。


「決闘に関連して回収された物品の、

 最終確認です」


「危険物ではありませんが、

 所有権と内容の確認が必要なため」


 つまり――

 公式な場だ。


 俺は、

 少し遅れて気づいた。


「……あ、

 それ俺が拾ったやつですね」


 全員が、

 一斉に俺を見る。


「ゴミとして捨てられてたので」


 いつもの理由だ。


 リィナが、

 一つ目の布包みを開く。


 中から出てきたのは――

 ノート。


 市民が、首を傾げる。


「日記?」

「……表紙に名前、あるわね」


 リィナは一瞬だけ躊躇ってから、

 読み上げた。


「“理想の英雄像・自己演出案”」


 空気が、止まった。


「内容、要約します」


 淡々と、容赦なく。


「“困っている市民に声をかける角度”」

「“頭を撫でる際の距離感”」

「“涙を見せるタイミング(計算)”」


 誰かが、

 小さく言った。


「……キツい」


 次の袋。


 中から出てきたのは、

 可愛らしい装飾のついた軽装備。


 サイズは、

 明らかに小さい。


「これは?」

 職員が聞く。


「勇者装備の改造品です」

 リィナが即答する。


「“市民に安心感を与えるため、

 柔らかい印象を演出する”

 と、メモが付いています」


 ざわっ、と人が引いた。


「……それ、

 戦闘用じゃないよな?」


「はい」


 次。


 最後の包み。


 俺は、

 思い出した。


「……それ、

 正直拾うか迷いました」


 開かれる。


 中身は――

 大量の紙束。


 タイトルは、

 太字でこう書かれていた。


《英雄として愛されるための

市民感情誘導プラン》


 完全に、

 終わった。


「……街が荒れていた方が、

 感謝されやすい、

 と記載があります」


 リィナの声が、

 少しだけ低くなる。


「“危険は定期的に必要”

 “解決頻度は月三回が最適”」


 沈黙。


 誰も、

 勇者の名前を呼ばない。


 マルタさんが、

 腕を組んで言った。


「性癖っていうよりさ」


 一拍。


「病気だね、これ」


 誰も否定しなかった。


 俺は、

 気まずくなって言う。


「……あの」


「はい」

 リィナが答える。


「これ、

 清掃的には――」


「はい?」


「可燃ですか?

 不燃ですか?」


 一瞬。


 そして――

 吹き出す音。


 誰かが笑い、

 誰かが耐えきれずに笑い、

 ついには、

 場全体が崩れた。


「……尊厳は、

 可燃だな」


 誰かが言った。


 リィナが、

 正式に記録する。


《勇者パーティ関連私物:

社会的信用、完全喪失》


 俺は、

 袋を持ち直す。


「じゃあ、

 これ処理してきます」


 返事は、なかった。


 もう――

 拾われるものは、

 何も残っていなかった。


 勇者パーティの処分は、早かった。


 とても、事務的に。


 掲示板に貼られたのは、

 短い文面だけだった。


《勇者パーティ認定の一時停止》

《調査完了までの活動制限》


 理由は、書かれていない。


 書く必要が、なかった。


 市場では、

 誰もその話題を大きな声でしない。


「……あの人たち?」

「触れない方がいいよ」


 それで終わりだ。


 英雄だった人間は、

 噂にすらならなくなる。


 俺は、いつも通り清掃区画を歩く。


 昨日まで“危険”とされていた場所に、

 子どもが走り込んでいく。


「こら、

 そこ走らない!」


 母親が呼び止める。


 危険は、

 もうそこにない。


 それだけだ。


 昼前、役所の担当が声をかけてきた。


「……街、

 本当に変わりましたね」


「そうですか?」


「苦情が、

 一気に減りました」


 それは、

 清掃的には最高の結果だ。


「おかげで、

 予算の使い道も見直しになります」


 勇者への依存が、

 減ったということ。


 ギルド前。


 マルタさんが、

 いつもの位置にいた。


「落ち着いたね」

「はい」


「英雄がいなくなったのに、

 平和だ」


「清掃が、

 ちゃんと機能してるからです」


 彼女は、

 満足そうに笑った。


「仕事が世界を救う、

 ってやつか」


 飴を一つ、投げてくる。


 今日は、

 いつもより甘かった。


 資料室では、

 リィナが書類をまとめていた。


「最終報告、

 終わりました」


「どうでした?」


「“異常なし”です」


 それが、

 一番の皮肉だった。


 彼女は、

 少しだけ言い淀む。


「……あなた、

 これからどうします?」


「清掃、続けます」


 即答だった。


 彼女は、

 小さく笑う。


「でしょうね」


 夕方。


 倉庫の前を通りかかる。


 中は、

 ほとんど空になっていた。


 再定義された素材は、

 必要な場所へ回された。


 残ったのは、

 本当にゴミだったものだけ。


「……分別、

 終わったな」


 それだけ確認して、

 扉を閉める。


 街は、

 もう勇者を必要としていない。


 でも――

 清掃は、必要だ。


 俺は袋を担ぎ直す。


「次の区画、

 行くか」


 誰にも注目されない。


 誰にも期待されない。


 それが、

 今の俺の仕事だ。


 そして――

 それで十分だった。


 夕暮れ。


 街路の掃除を終えて、

 俺は袋を軽く叩いた。


「……今日は少ないな」


 ゴミが減った。

 それだけ、街が落ち着いたということだ。


 ギルド前を通ると、

 マルタさんが椅子に座っていた。


「終わった?」

「はい」


「英雄騒ぎも?」

「多分」


 彼女は、満足そうに頷く。


「いい終わり方だったね」

「終わりですか?」


「一区切り、って意味」


 飴を一つ渡される。


「拾われなかったのはさ」

「はい」


「ゴミじゃない」


 少しだけ間を置いて、

 彼女は続けた。


「あの人たちの“立場”だよ」


 勇者という肩書。

 期待される役割。


 それを、

 街がもう拾わなかった。


 資料室の前では、

 リィナが鍵を閉めていた。


「今日で、

 決闘関連の記録は全て完了です」


「お疲れさまです」


 彼女は、

 ほんの少しだけ視線を落とす。


「……あなたの名前、

 書類から消しておきました」


「え?」


「“清掃担当”としては残します」

「でも、

 英雄とか、

 余計な肩書は」


 それが、

 彼女なりの守り方だった。


「ありがとうございます」


 それだけで、

 十分だった。


 三人で、

 しばらく無言になる。


 街の音が、

 普通に戻っている。


 子どもの笑い声。

 店の呼び声。

 遠くの足音。


 マルタさんが、

 ふっと笑った。


「世界を救った感想は?」


「……ないです」


「正解」


 リィナも、

 小さく頷いた。


「あなたは、

 救おうとしてない」


「だから、

 壊さない」


 その言葉が、

 胸に落ちた。


 俺は、

 袋を担ぎ直す。


「じゃあ、

 次の区画、

 行ってきます」


 マルタさんが手を振る。


「いってらっしゃい」

「また明日」


 リィナも、

 小さく会釈する。


 夕焼けの中、

 俺は歩き出す。


 拾うものは、

 まだある。


 拾われなかったものも、

 確かにある。


 でも――

 拾う必要がないものは、

 拾わなくていい。


 それが、

 俺の仕事だ。


 異世界転生したのに、

 職業欄は「無職(要相談)」のまま。


 最速で追放されて、

 生活費のためにゴミ拾いをしている。


 それでも――

 今日も街は、

 ちゃんと回っている。


「……明日も、

 清掃日和だな」


 俺はそう呟いて、

 次の路地へ向かった。


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