無職(要相談)は、相談される側かもしれない
目を覚ましたとき、俺は石造りの天井を見ていた。
知らない場所、知らない服。でも不思議と焦らない。
「あ、これ転生だな」
理由は分からないけど、そう確信した。
そして次に思ったのは――仕事どうしよう、だった。
連れて行かれたのは冒険者ギルド。
人で溢れ、剣と魔法の匂いがする、いかにもな場所だ。
「職業鑑定を行います」
鑑定水晶が光り、文字が浮かぶ。
職業:無職(要相談)
備考:前例なし
ざわ、と空気が変わった。
「無職?」
「要相談って何だ?」
「前例なし……?」
俺は首を傾げた。
要相談。
相談が必要ってことだよな。
「えっと……相談って、いつすればいいんですか?」
その一言で、場が完全に止まった。
ギルド長が渋い顔で言う。
「相談する前に不適格だ。
前例のない職業は冒険者として扱えん」
「あ、そうなんですね」
納得はした。
でも同時に、別の考えが浮かぶ。
相談が必要ってことは、
この職業、まだ使い道が決まってないだけじゃないか?
「では、退去してもらう」
最速追放。
体感三分。
ギルドを出ようとしたとき、床を掃除していた年配の女性が声をかけてきた。
「はい、飴」
突然、手のひらに小さな飴が乗る。
「お腹すくと、判断鈍るからね」
「ありがとうございます」
「無職(要相談)?
じゃあ、これから相談される側になるかもしれないね」
その言葉が、妙に引っかかった。
ギルドの奥、資料室。
視線を感じてそちらを見ると、書類棚の影で――
誰かが鑑定結果を書き写し、静かに引き出しにしまうのが見えた。
俺と目は合わなかった。
でも、確かに“記録された”。
外に出ると、裏路地にゴミが積まれていた。
なぜか、その中の一つから目が離れなくなる。
「……これ、今拾わないとダメな気がする」
理由は分からない。
でも、触れた瞬間だけ、はっきりした。
――これは、ゴミじゃない。
そのときの俺はまだ知らなかった。
この判断が、
街と勇者パーティの運命を変え始めていることを。
ギルドを追い出された俺は、少し考えてから役所に向かった。
理由は簡単で、「働けそうな場所」がそこしか思い浮かばなかったからだ。
白い石造りの建物は、ギルドより静かで、人の顔が硬い。
受付の役人に事情を説明すると、相手は一切驚かなかった。
「無職(要相談)……なるほど。では仮職になります」
差し出された紙には、淡々と文字が並んでいた。
仮職業:街路清掃(清掃補助)
身分:非正規
危険区域:立入禁止
「働けるなら問題ありません」
「……即決ですね」
「仕事ですから」
正しい。
仕事は、感情でやるものじゃない。
支給されたのは、麻袋と手袋、それから簡単な地図。
担当区画は市場裏と裏路地。人目につきにくい場所だ。
最初は、本当にただのゴミ拾いだった。
空き瓶、壊れた箱、布切れ。
――でも、途中から感覚が変わった。
ゴミの山を前にしたとき、なぜか手が止まる。
「……これは、触らない方がいいな」
理由は分からない。
でも、近づくと嫌な感じがする。
逆に、少し離れた場所に転がる金具には、妙に惹かれた。
「こっちは……使える」
拾った瞬間、確信だけが残る。
理屈は後からついてこない。
気づけば、袋の中身は自然と分かれていた。
捨てるもの、使えるもの、今は分からないもの。
「分別、楽だな」
自分でも驚くくらい、手が迷わない。
市場の商人が、裏から顔を出した。
「お、今日は綺麗だな」
「そうですか?」
「害獣も寄らなくなった。助かるよ」
それだけ言って戻っていった。
褒められた感覚はないけど、悪くない。
役所に回収物を持ち帰ると、担当の役人が一瞬だけ眉を上げた。
「……随分、無駄が少ないですね」
「そうなんですか?」
「ええ。使える物と危険物が分かれている」
知らなかった。
でも、言われてみればそうだ。
その日、役所の奥で書類が一枚追加された。
「清掃補助・ユウキ:回収精度良好」
俺は知らない。
帰り道、鍛冶屋の前で呼び止められた。
「清掃の兄ちゃん。
この前の金具、助かった」
差し出されたのは、刃こぼれした短剣。
「直せなかったやつだ。捨てるよりマシだろ」
「……ありがとうございます?」
ゴミなのか、装備なのかは分からない。
でも、今は持っておくべきだと感じた。
その感覚だけは、外れない。
清掃の仕事は、思っていたよりも静かだった。
誰かに褒められることも、怒られることもない。ただ、街が少しずつ変わっていく。
三日目、裏路地のゴミが明らかに減った。
五日目、害獣を見かけなくなった。
一週間もすると、市場裏の空気が軽くなった気がした。
「……あれ?」
俺が変えた、という実感はない。
ただ、拾うべきものを拾い、避けるべきものを避けただけだ。
市場の商人が声をかけてきた。
「最近、裏が安全だな」
「そうですか」
「前は夜通るの嫌だったんだ。助かるよ」
それだけだ。
でも、その“それだけ”が増えていく。
役所に回収物を提出すると、担当が別の書類を確認していた。
「清掃区画の再配置、検討中です」
「俺、関係あります?」
「……多少は」
曖昧な返事だったが、書類の端に自分の名前を見つけた。
「回収効率:想定以上」
数字はない。
評価はある。
帰り道、ギルドの前を通ると、あの女性――マルタさんが相変わらず床を掃除していた。
「最近、歩きやすくなったね」
「そうですね」
「いい仕事してる顔だよ」
「そうですか?」
「そうさ。
街はね、静かになった時が一番うまく回ってるんだ」
その言葉が、妙に腑に落ちた。
その夜、宿に戻ると、宿主が言った。
「裏路地の評判、いいぞ」
「評判?」
「掃除が行き届いてるってな。
冒険者より役に立つ、って声もある」
それはさすがに言い過ぎだと思った。
同じ頃、ギルドの資料室。
静かな部屋で、ペンが紙を走っていた。
鑑定記録。
清掃報告。
役所から回ってきた回収データ。
リィナはそれらを一つにまとめ、日付を書き添えた。
「……異常なし。
でも、効率は明らかに高い」
彼女は一瞬だけ考え、分類棚を一段ずらした。
**“参考記録”**の場所に、ユウキの名前を移す。
まだ、問題ではない。
でも、無視はできない。
一方、俺は宿の部屋で、もらった短剣を眺めていた。
「……これ、本当にゴミだったのかな」
刃こぼれしているのに、握るとしっくりくる。
理由は分からない。
でも、今は手放さない方がいい。
その感覚だけは、はっきりしていた。
この時点ではまだ、誰も知らない。
街の“評価”が、
冒険者ではなく、清掃員に向かって傾き始めていることを。




