第25話 対・魔魚作戦
40分後。俺は速読魔法で魔物についての教本の内容を完全に理解した。
魔魚カンディルーは元々、もっと暑い地方に生息するヴァンデリアという普通の魚だったそうだ。
今から12年程前にミシュルミー川に放流されたらしい。
放流した者や放流された経緯等は不明だ。
それでも当初は、そこまで危険視されていなかった。
ヴァンデリアはもっと高温で生息する種。
だから冬になれば全滅するだろう。
そうみなされていたからだ。
それにヴァンデリアは確かに肉食で何でも食べるが、船の上の人まで襲うような魚では無い。
だから漁業者に補助金を出して、真冬まで耐えてもらえば問題は無くなる。
その筈だった。
しかし冬、一部のヴァンデリアが、周囲の魔素を吸収する事によって魔物化してしまった。
その原因ははっきりしない。
絶滅の危機で生存本能が刺激されたのが原因ではないか。
それともたまたまミシュルミー川の一部に魔素溜まりが出来ていて、魔物化しやすい環境にあったのではないか。
他にも色々言われているようだ。
魔物化すると多少の悪環境でも、魔素さえあれば耐えられるようになる。
そしてミシュルミー川の中でもダグアル付近は水流が緩く、平野部で気温が高めの川が合流するので他の場所より水温が高い。
そんな環境なので餌となる魚や小動物も多い。
結果、魔獣化した魔魚カンディルーはダグアル付近に居着いて、それらの餌を食べて繁殖。
あっという間に増加してしまった訳だ。
魔魚カンディルーの性質についてだけではない。
こういった魔獣や魔物を発生させなくする方法についても、教本には載っていた。
魔獣や魔物が増える方法は、
① 魔素の凝集により発生する
② 元となる動物が大量の魔素を取り込み変化する
③ 元となる動物と同様の繁殖を行う
の3通りだ。
ゴブリンのように元になる動物がいない魔物の場合は、①の魔素凝集でのみ発生する。
そして元となる動物がいる魔獣でも、世代を重ねるごとに繁殖能力が弱くなり、①の発生方法が多くなるらしい。
魔魚カンディルーは、発生して既に10年以上経っている。
そして魔魚ではないヴァンデリアは、ミシュルミー川では冬を越せない。
だから現在の魔魚カンディルーは、主に①の方法で増えている筈だ。
そして①のように魔素の凝集による場合、発生する魔物や魔獣は周囲にいるものと同種となる事が多いらしい。
ゴブリンが多い地域ならゴブリンが発生する事が多くなるし、コボルトが多い地域ならコボルトが。
トロルが多い高山地帯なら、平野部では滅多に見られないトロルも普通に発生する。
つまり魔魚カンディルーが多くなれば、更に魔魚カンディルーが発生しやすくなる。
逆に言うと魔魚カンディルーが少なくなれば、発生しにくくなる。
数が多いが比較的無害な水スライムとかが、代わりに発生する事になる訳だ。
だから数多く発生する魔物であっても、常時依頼で地道に減らすのは無駄では無い。
ただどうせなら魔魚カンディルーが発生しにくくなる位、大量に討伐したいものだ。
そして教本には魔魚カンディルーの生態についても載っていた。
大きさは通常20cm程度までにもかかわらず、肉食で獰猛。
捕食対象は自分より小さい相手にとどまらない。
大きい動物であっても皮膚を食い破ったり排泄孔等から入ったりして体内に侵入し、肉を食い漁るなんて事をする。
更には人間や動物を感知して船の底を食い破るなんて事まで。
このような性質の結果として、ダグアル付近のミシュルミー川は漁業にも河川交通路にも使えなくなった訳だ。
さて、それでは魔魚カンディルーを捕らえる方法について。
漁業者風に大量捕獲を狙う方法と、数釣りをする方法、両方を思いついた。
大量捕獲の方は四つ手網とも呼ばれ、前世では水深の浅い海岸や川端などで行われていた方法だ。
使うのは一辺6m位の四角い大きな網。
これを水面下に沈めておき、上に餌を撒いて、魚が集まったら上に上げて魚を捕るという仕組み。
つまり大きな網を一気に上に上げる設備が必要となる。
数釣りの方は、サビキ釣りと呼ばれる釣り方だ。
餌をまいて魚の群れをおびき寄せ、疑似餌がついた針を沢山付けた仕掛けで釣り上げる方法。
この釣り方なら初心者でも、魚の群れがいれば数釣り出来る。
1時間に100匹以上なんてのもよくある話らしい。
あくまで本で読んだ知識で、実際にやった事はないけれど。
必要なのはサビキ用の仕掛けと竿。
そして両方で共通して必要なのが、カンディルーをおびき寄せる為の蒔き餌。
これは動物や魔物等の肉を買ってミンチにすればいいだろう。
いずれにせよ、必要なものは全て思いついた。
それではさっそく準備にとりかかるとしよう。
まずは面倒そうな網と、網を上げる仕組みから製作にとりかかる。
魔魚カンディルーは決して大きな魚では無い。
つまり網の目が細かくなければ無理だ。
なおかつ魔魚に耐えられるだけの頑丈なものでなければならない。
普通の糸だと船底すら食い破る歯でかみ切られてしまう。
市販の網では無理だろう。という事で自作決定。
本当は木炭魔法加工物質細密管で作れば理想的だろう。
しかし目が細かい6m四方の網に必要な分、木炭魔法加工物質細密管を作ると考えると正直辛い。
だから材料は、俺が一番使い慣れていて材料もストックしてある鉄。
一日だけの使用なら、錆びを気にしないでいい。
魔法収納内の鉄を細く長く伸ばしてピアノ線を作る。
これをワイヤーにしたものを格子状に並べ、それぞれの交点を熱で溶接。
更に袋状になるよう端部分等を溶接。
安直な作りだけれど1日くらいは大丈夫だろう。
無茶苦茶重い網になったので、これを支える支柱、そして引き上げる為の骨組みも頑丈に作る。
あまり鉄ばかり使うと重くなるし鉄の在庫も勿体ない。
だからこちらは、木炭由来魔法加工物質で。
大分流木を使ってしまった。また何処かで拾ってこよう。
そう思いつつ次に竿も作る。
今度作る竿はリールを使わない、いわゆる延べ竿という形式のもの。
長さは5.4m位でいいだろう。
勿論これも木炭由来魔法加工物質で作ればいい。
そして今度のサビキ釣りの仕掛けに使う糸。
これは魔魚カンディルーが噛んでも切れないくらいの強さが欲しい。
ならばやっぱり木炭魔法加工物質細密管をより合わせた物を使うのがいいだろう。
今回はせいぜい10m位だから、そこまで難しくはない。
針は食い込みの良さを考えると、木炭魔法加工物質より鉄の方がいいだろう。
疑似餌は舌平目の皮を使って作ろうか……。
道具を一通り作るのに2時間くらいかかった。
ただもう少し情報が欲しい気がする。
他に必要なのは餌の調達と、現場での道具の調整と設置作業。
バラモさんに聞けば魔魚についてもう少し情報が入るかもしれない。
そう思いつつ俺は家を出る。




