白い愛人4
で、夜会である。
国王はウキウキしながら王后カサンドラが姿を現すのを待っていた。
「陛下、つい先ほど王后様が王城にお戻りになったとの報せがありました」
国王の侍従がコソッと伝えた。
「そうか」
国王は満足げに頷く。
チラッと王后の空席に目をやった。
だが、その先の段下には側室らが並んで座っている。
国王の視線は自分に向けられたと、笑みを浮かべて応えていた。
王后が離宮静養に行ったことは、この二週間で周知の事実となっている。
側室たちは虎視眈々と空席を狙っていたわけで。
「本日、王后が静養から戻ってきて、夜会にも参加する。皆、盛大に出迎えてくれ」
国王は高らかに告げた。
側室らは内心の舌打ちとは裏腹に、表面上は笑みを保っていた。
「陛下、喜ばしいことですわ」
第一愛人が言った。
「ああ、そうだな」
「ですが、静養から戻ったばかりの身体で夜会を盛り上げられるのかどうか……身体に無理をさせられないと思いますの。よろしければ、第一ダンスは私が」と第一夫人。
「あら、それでしたら、私の方が体力はありますし」と第二夫人。
「それをいうなら、一番若い私ですわ」と第七夫人。
「ダンスは踊れますの?」と第三夫人が片田舎生まれの第七夫人を煽る。
「ダンスが得意なのは私でしてよ」と第四夫人が参戦し、もちろん、第五、第六夫人も黙っていない……カオス状態に。
国王はその様子を頭の痛い思いで見つめていた。王后がいる夜会では、こんなに騒がしくはないのだ。
王后カサンドラが国王が望む側室を指名して、第一ダンスを踊らせるから。
とそこで、若き男女が国王の前に立つ。
「第一ダンスは僕たちが務めますのでご心配なく。華は目に映ってこそ心奪われるもの。虫のごとく耳障りだと愛でられませんよ」
若き皇太子が側室らに笑顔で言った。側室なら口を出さず華のように静かにしていろ、と暗に示したのだ。この言い様は、流石カサンドラの息子である。
王后カサンドラは嫡男と次男、二人の兄弟を産んでいる。十七年前と十五年前のことだ。
嫡男は十五で皇太子となり、婚約も整い、十八で婚姻の運びと決まっている。十七の皇太子は来年結婚式なのだ。
次男も今年十五となり、社交界にデビューした。この夜会にも後ほど登場する。
つまり、王后カサンドラの地位は盤石である。離宮へと静養に行けるほどに。
「そうだな、第一ダンスを頼んだぞ」
国王は皇太子の助け舟に任せることにした。
「では」
皇太子とその婚約者が最初のダンスを披露し、本格的に夜会が始まった。
その夜会場から少し離れた廊下で、カサンドラは七人の者に囲まれていた。
愛人六人と、カサンドラの息子第二王子だ。
「エスコートはお任せを、母上」
「頼もしいわ」
カサンドラは第二王子の腕に手を添えた。
「兄上がすでに夜会場でお待ちです。第一ダンスで皆の視線を集めておりますが、きっと母上が登場すれば視線を一身に受けましょう」
王后の登場だからではない。若返ったカサンドラに。周囲を彩る愛人たちに。
「父上の手折った華など、母上の足元にも及ばないです」
第二王子は『白い愛人』らを眩しそうに見回す。
「母上の育てた樹木の方が生き生きと眩しく、目を奪われますから」
ことさら輝くのは第一愛人だろう。齢百のエルフと人の半種族。彼を筆頭に、カサンドラから惜しみなく支援を受けていた愛人たちは、自信に満ち輝いている。
「それを言うなら、私が直に育てたのはあなたよ。あなたたち兄弟が一番輝いているわ」
カサンドラは第二王子の額をツンとつつく。
「母上には敵いません」
第二王子が恥ずかしげに照れた。
「さあ、汚華を蹴散らしに行きましょう」
カサンドラたちは夜会場へと向かった。
ざわめきが夜会場後方の入口から、前方の玉座の方へと広がっていく。人の波が一気に割れて、そこをカサンドラたちが優雅に進む。
前方へと進むにつれ、ざわめきよりも驚きで息を呑み、目を奪われ、静かな高揚が支配した。
国王は待ちに待ったカサンドラの登場に心躍らせたが……しかし、その一行に石化した。
二週間前、カサンドラが残した文を読んだときと同じだ。それは、側室らも同じ、それ以上だった。
カサンドラは側室らを一瞥して、微笑む。だが、カサンドラに歩調を合わせる愛人らは、側室らを一顧だにしない。見る価値もないということだろう。かつての婚約者たちであるが。
「陛下、私の『白い愛人』たちですわ。お約束通りに連れて参りました」
カサンドラはとびっきりの笑顔で言った。もちろん、そこで終わらないのがカサンドラである。
「ご紹介致しますわね。この彼は第一愛人ですの。齢百、エルフと人との半種族。十五年前にある貴族令嬢から婚約破棄されて、エルフの籍に戻れず、私が手を尽くして彼に森の管理をお任せしたの。荒れていた離宮の森は彼のおかげで心地よい森に生まれ変わったわ。私の長年の疲労も彼が癒してくれて、このように若返りましたのよ。彼の寿命は永いけれど、伴侶の年月を彼が吸って、同じ年月を生きようとしていたのだそう。だけど、十五年前、八十五歳との婚約に恐れをなした貴族令嬢は婚約破棄してしまったみたいね。彼とは会わずに。うふふふ」
カサンドラは第一夫人に思わしげに視線を送った。
第一夫人は驚愕して言葉を失っている。ただ、わなわなと体を震わせていた。恐怖からではない。悔しさが勝っていよう。いや、カサンドラの若さへの妬みも。自分がなれるはずだったその姿に。婚約破棄さえしなければ、若返りを授受できたのは自身だったのだから。
そこで、第一愛人がカサンドラの横に移動し、第二王子からエスコートを変わる。
「人世の機微に疎かった私の愚鈍さが原因だったのでしょう。その私の未熟さを知った陛下が私の代わりに華人として召し上げフォローしてくださったと存じます。大変、お手数をおかけ致しました。私自身も未熟さを王后様に育てていただき、やっとお二人のご恩に報いるべく、『白い愛人』の立場となれました。陛下は十五年も前に華人を手元に置くことができましたが、私は王后様の傍人となるに十五年もかかってしまいました。不甲斐なさに頭を垂れる思いです」
第一愛人がスーラスラと言葉を並べた。まるでカサンドラのようだ。まあ、カサンドラの十五年の年月を吸ったのだからか。
頭を垂れる思いであって、頭は垂れてはいないところとか。
「国を担うお二人の阿吽の呼吸なのでございましょう。婚約破棄の当人らを、一方は召して愛でる。残されたもう一方も捨て置くことなく育てる。こうして、私は……いえ私たち六人は、やっとこの場に立てました。陛下が手を差し伸べた華人(側室)七人と、王后様が手塩にかけて育てた傍人(愛人)六人が、こうして会することになったのですから、喜ばしい限りです」
この流れで、カサンドラが国王が召した側室らの後始末をしてきたことがわかったことだろう。
カサンドラに侍る『白い愛人』らがどんな素性の者なのかも。
「ぁ、ああ……」
国王は辛うじて応じた。頬が引きつっている。
カサンドラと第一愛人の口上は、国王の口を封じたから。言うならば、国王をぐうの音も出ない状況に追い込んでいたわけ。
しかーし、ここで終わらないのもカサンドラ。
「陛下のお優しい御心はまだまだ健在で、つい二週間前にもございましたのよ」
カサンドラは第七夫人にニーッコリ微笑んでみせた。
国王の側室は七人。カサンドラの愛人は六人。数が合っていない。周囲はカサンドラの続くだろう言葉を期待している。
こんなに刺激的な光景を目の当たりにしているのだから。
「聖女を召したと知っておりますわ。次の犠牲者……コホン、いえ次に私が手を差し伸べるべきもう一方は」
「おりませんわ!」
第七夫人が突然声を上げた。
「私は、私は……神殿で虐げられていたのを、陛下に救っていただいたのです。他の六夫人とは違います」
手を前に組み、瞳を潤ませながら第七夫人が発した。
「ええ、承知してますわ。低能力聖女でしょ。片田舎で月に数人を治癒するだけで女神だと称され、有頂天になっていた聖女が、王都の神殿に召され名声を手に入れようとしたけれど、日々治癒する力なく、その日々の修練をこき使わされたと勘違いしたのでしょ。そんな低能力聖女さえ見捨てない神殿は、治癒の底上げに薬学の知識をつけさせようと、薬草の栽培から始めさせたのだけれど、それを身も心もボロボロ虐げられたとご都合よく解釈した、ヒロイン思考のか弱き聖女ですってね」
カサンドラの口撃は第七夫人を確実に一撃した。口を半開きにして固まっている。
「ですから、第七夫人のもう一方とは、神殿。低能力とはいえ聖女を失った神殿、本来その聖女に治癒されるはずだったこの国の民だわ。その国民の不平不満が募れば陛下の評判を下げてしまいます。ですから、低能力聖女の抜けた小さな針の穴を埋めるべく、私が神殿に向かいましょう!」
ちょこちょこ辛辣な表現を入れるあたりは、流石カサンドラである。
ここまでの流れで、周囲は側室らに嘲笑を向けていた。
「『白い愛人』たちと薬草の栽培に励みますわ。では、失礼致しますわね」
カサンドラは軽く膝を折った。
「あ……」
国王が腰を浮かせる。
「大丈夫です、陛下。ちゃあーんと、薬草から……毒薬まで頭に叩き込みますわ。ああー、でもご安心くださいましね。薬に詳しくなっても、(毒)薬を誰かしらに盛ろうなどしませんから」
ニーッコリ、とカサンドラの視線は国王を見据えてから、ゆーっくりと、七人の華人たちを見回していった。
「ごめんあそばせ」
カサンドラは踵を返した。
だが、数歩進んで振り返る。
「お約束通り、どの側室よりも目立ってご覧にいれましたでしょ? うふふふ」
カサンドラは国王に軽くウィンクして、歩み出す。すぐに『白い愛人』らが侍り、国王の視線からカサンドラは見えなくなったのだった。
『カサンドラ、どうか私を第七愛人にしてくれないか』
国王からそんな文が神殿にいるカサンドラに届いたのは、あの夜会から一カ月後のこと。
すでに、側室らは皆カサンドラの毒薬発言に恐れ慄き、王城から退散していた。
『陛下は白くないのでお断り致しますわ』
カサンドラからの返答に、国王は灰になったという。
終わり
今年公開4作目となります。
本年度はこれにて公開終了。
今年も楽しく執筆できた1年でした。
では、来年〜
追記
感想ありがとうございます。
桃巴。




