白い愛人3
その日、午前中で政務を強引に終わらせた国王は、離宮へと馬を走らせた。
王城と離宮とは馬車で一刻ほど、乗馬の早駆けでは半刻ほどの距離である。
国王はひとりアフタヌーンティーを楽しむカサンドラの後姿を確認し、ホッとひと安心した。
『白い愛人』たちは、森の中。第一愛人の棲家にいる。
「王后」
国王は弾む息で呼びかけた。
そして、振り返ったカサンドラに息を呑む。
「っ、……」
目を見開き、絶句した。
「あら、陛下」
カサンドラはフッと笑っている。
「ど、うしたの、だ?」
「どう? ああ、アフタヌーンティーをしておりますが」
「そうではなく……その、だな」
国王が若返ったカサンドラをマジマジと見つめた。
「あら、失礼しましたわ。三十五が着用するドレスでないのは百も承知しておりますが、この一週間『白い愛人』たちに労っていただいたおかげか、若々しくなりましたの。私、陛下のお気持ちが痛いほどわかりましたわ。ええ、実感しております。側室ーー愛人というのは良いものですわね。気持ちが昂ると言いますか、英気を養えるとも。ただただ散歩やら会話をして、これほどの効果があるのですから、……夜の睦みまで進めば、きぃっとぉ、もぉっとぉ、すっごぉーくぅ、効果抜群なのでございましょうねえ。うふふふ」
「ぁ、ぅ、その、ぃゃ……」
国王がカサンドラの口撃に言葉を詰まらせた。
「ささ、どうぞ喉を潤してくださいな。早駆けは愉しゅうございましたか?」
カサンドラに促されて、国王は席についた。出されたティーを気を落ち着かせようと一気に飲み干す。
「はい、では夜道になる前にお帰りくださいませ」
「は?」
「ですから、お帰りを」
「待て待て待て、もう少しのんびりさせ」
「そんな時間を取ってしまえば、陛下の睡眠時間を奪いかねませんわ。どうぞ、王后の宮にお帰りくださいましね。私は本日六人の『白い愛人』たちと一緒にツリーハウスで星空観賞ですの」
言葉を遮るようにカサンドラは続けた。
ガッシャン
驚いた国王がカップを音を立ててテーブルに置く。
「ろ、ろ、六人、だと!?」
「ええ、残念なことに、陛下に倣えませんでしたのよ、一人足りなくって。もうひとり増やす努力は致しますわ」
カサンドラは優雅にカップに口をつけた。
しばし、放心する国王。
なんとも言い難い雰囲気が流れる。
だが、その間に国王は気持ちを持ち直した。というか、その愛人とやらの姿が見えないことで、別の考えが頭を過っていた。
「……カサンドラ」
「あら、名を呼ばれるのは久しぶりですわね」
「……王城に戻ってきてくれ」
「ええ、よろしくってよ」
「そうか、ありがとう」
「私の『白い愛人』たちも引き連れて戻りますわ」
「どこにもその姿が見えないようだが?」
国王は周囲を見回してみせた。
「疑っておられますのね」
「まあな。私の気を引くため、私の気持ちをチクチクと突くための方弁だろ?」
若返ったカサンドラに国王が甘い視線を向ける。
「なんの魔法かは知らぬが、側室ばかりにかまける私を振り向かせようと、カサンドラは頑張ったのだな。側室の存在で傷つき弱った心を、言葉の鎧で守り、言葉の刃で私に気づかせたのだろう。大丈夫だ、カサンドラ。私の一番は君だけ」
あらま、都合の良い思考ですこと。とカサンドラは呆れた。若返った私に食指が動いたのね……気色悪っ。とも。
「では、一週間後に戻りますから、夜会を開いてくださいませ。どの側室よりも目立ってご覧にいれましょう」
「ああ、わかった! カサンドラ、君が一番だと大々的に披露してくれ。私は今君に夢中だ。自信を持って私の胸に戻ってきてくれ」
国王が立ち上がる。
カサンドラは立ち上がらず、軽く手を振っておいた。
「見送ってはくれぬのか?」
国王が眉間にしわを寄せる。
「陛下、若返りの術は二週間の安静が必要でございます」
侍女がうまい具合に口を挟んだ。
「そうであったか。王后よ、大事に致せ」
国王は颯爽と帰っていった。
カサンドラと侍女は顔を見合わせる。
「素敵な話術をありがとう」
「はい。陛下は見送りの抱擁をしようと下心満載でしたので」
「だよね。鼻の穴が膨らんでいたし」
「はい。気色悪……コホン、失礼致しました」
侍女はきっと失礼とは思っていないだろう。
その夜、カサンドラはもちろん星空観賞を愉しんだのだった。




