白い愛人1
「あんっの野郎!」
王后カサンドラは口汚く叫んだ。
ただし、一瞬でスンと澄ました表情へと切り替わる。
心荒らげるほどの妬みはないから。
どちらかといえば、面倒事を増やしやがってとの感情からだ。
「またですか?」
侍女が呆れたような声色で言った。
「ええ、またよ」
カサンドラはしらけた気持ちでフンと鼻で嘲笑う。
「これで七人目の側室。……一週間分ね」
側室を召す報せをカサンドラはグシャと握り潰し、丸めてポイッとゴミ箱へ投げ入れた。
「ご自身を入れていませんよ?」
侍女がボソッと言った。
気心の知れた侍女ならではの返しだった。
「昨日もそうだったように、私の閨には熟睡するためだけにいらっしゃるのよ。そりゃあ、毎晩励んでおられたらねえ?」
王妃と六人の側室で、一週間のルーティーンだったわけ。そこにまた新たに一人加わるらしい。
「もういっそのこと、この場を留守にしてしまわれたらいかがでございましょう。陛下は寝に来るだけなのですから、ベッドだけご所望なのでしょうし」
侍女があっけらかんと言った。
「あら、それも良い考えね」
「それ『も』でございますか?」
侍女がカサンドラを窺う。
流石は王后の侍女。ちょっとした言い回しでも気づく有能さだ。
「フフフ」
カサンドラは愉しげに笑った。
「何かお考えが?」
「ええ、陛下が側室を召すなら、私も『白い愛人』を持とうかと思っていたのよ」
さてさて、
機嫌を取らねばな、と国王は贈り物持参で王后の宮へと向かっている。
新たな側室の報せを出してから、一週間経った。
王后は、報せを出してすぐに第七夫人の宮を整えてくれた。侍女含め、傍人まで完璧に。
その手際の良さにいつも感服する。
「ふ、ふぁあああ……」
あくびが出るのは仕方がない。
新たな側室を召したからだけでなく、他の側室にも相応の熱を持って接するからだ。
そうしないと、不平不満があふれ出てしまうから。側室同士の対抗心たるや苛烈極まりない。
その苛烈さを削ぐには……閨で疲れさせれば良い、との単純明快な対処方法だ。
だが、一週間、昼(政務)に夜(閨)にと続ければ、側室でなく自身の疲労の方が一番蓄積されるわけでして。
「やっと、眠れる」
国王は王后の宮での休息を願っていたのだが……
「へ、陛下、大変です!」
先触れを出した者が慌てて戻ってきた。
「どうしたのだ?」
「王后の宮に誰も居りません! もぬけの殻でございます!」
「は?」
その者の顔が尋常でないくらいに焦っていて、冗談ではないことがわかる。
国王は足早に王后の宮へと向かった。
***
陛下へ
お盛んに励んでおられたことと存じ上げます。
お疲れの身体をどうぞ労ってくださいませ。
誰にも気兼ねなく心身休められますように、宮を明け渡しますわ。どうぞ、熟睡なさってくださいな。
私も同様に、離宮で静養します。
同様……といえばですが、
側室増し増しの陛下に倣い、私も愛人を持とうかと思っております。
けれど、陛下に倣わないこともありましてよ。
私は立場ある王后ですからね。
陛下のように夜の睦みは致しませんわ。
『白い結婚』ならぬ『白い愛人』ですの。
白い愛人にチヤホヤされて過ごそうかと思います。
陛下も白いシーツの上の側室とイチャイチャお過ごしくださいませね、今まで通りに。
私は『白い』関係ですが、陛下は何色の関係でございましょうね?
では、これから先も今まで通りに私の宮で一週間の疲れを癒してくださいな。
あらやだ、私ったら、間違えました。一週間とは限りませんわね。これから先の側室数の増減を加味しておりませんでした。先を見通せないなんて、王后としてお恥ずかしい限りです。やはり、心身の静養が必要なのでしょう。
庭園で散歩したり、他愛もない会話でお茶会をしたり、楽器のセッションとか、お買い物も良いかしら。ただただ、空を眺めて過ごしたりも。時には背を預ける乗馬も素敵ですわね。恋人と過ごすような白い関係で心身を労りますわ。愛人と。
陛下も心身ご自愛くださいませ。
陛下の王后カサンドラより。
追記
陛下に倣いますので、私も七人まで愛人は持てますわよね?
***
国王は王后の宮に残された文を読み、石化した。
4話完結予定




