✦ 第十四章:追憶の樹の誓い ✦
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ゆっくりと瞼を開くと、闇が少しずつ薄れていった。
代わりに現れたのは、星々のように漂う光。
まるで果てしない宇宙の中に立っているかのようだった。
彼の足元には、透明な大地が広がり、鏡のように星空を映し出している。
風も音もない。
ただ、永遠の静寂が四方を包み込んでいた。
足音が微かに反響する。
一歩進むごとに、夢の深淵へ沈み込んでいくような感覚に襲われた。
「……ここはどこだ? またこの夢か?」
彼は独り言を呟きながら周囲を見渡す。
その瞬間——
星々の彼方から響くような、重厚で荘厳な声が響いた。
> 「再び会ったな……紅き少年よ。」
ロイドの身体が固まる。
振り返っても、そこには誰もいない。
「またお前か……! 誰なんだ! なぜ毎回俺をここへ呼び出す!?」
低く響く笑い声が、虚空の中で反響した。
> 「驚くのも無理はない……だが、これは必要なことだ。
なにせ、お前は“友の息子”だからな。」
「……友の息子?」
ロイドの瞳が大きく見開かれる。
> 「そうだ。……お前の父は、この俺の友だった。」
空間の前方に光の渦が生まれ、
やがてそれは巨大な人影の形を成した。
黒い外套をまとい、赤い稲光がその身体の隙間を走る。
顔は見えず、ただ深い蒼炎の瞳だけが、ロイドを見つめていた。
> 「お前の父は、奇跡のような剣士だった。
ただの戦士ではない。
“剣”そのものを愛し、そして“剣”に愛された男だった。」
ロイドの喉が詰まる。
「……父を知っているのか? 本当に友だったのか?」
> 「ああ。
剣と魂を共にした兄弟のような存在だった。
だが……彼は果たせぬ夢を残して逝った。」
男の声に、微かな哀しみが滲む。
ロイドは拳を握りしめ、かすれた声で言った。
「父は……“光を越える剣”を作ろうとしていた……。」
> 「ああ、覚えているとも。
だが、その志はお前に受け継がれた。
お前の中に彼の血が流れ、意志が宿っている。
だからこそ、俺はここに来た。
お前を——鍛えるためにな。」
「……鍛える?」
> 「そうだ。お前の父のために。
俺はお前の師となり、導きとなり、影となる。
そして、誰も到達し得なかった領域へ導こう。
まずは、お前自身の“基礎”を知ることだ。」
その言葉と同時に、
ロイドの足元に複雑な魔法陣が現れた。
光の柱が立ち昇り、
空には古代の文字が無数に浮かび上がる。
> 「第一の柱——“氣(Ki)”。
それは内に宿る生命の力、魂の響き。
極めれば、風の呼吸を感じ、
敵の鼓動を聞き、自らの身体を完璧に操ることができる。
普通の戦士と、“伝説”を刻む者との差はそこにある。」
ロイドの心に、燃えるような情熱が宿る。
> 「第二の柱——“紅眼”。
それはお前だけに与えられた“真理を見抜く眼”。
だが使い方を誤れば、お前自身を喰らう諸刃の剣だ。」
ロイドの瞳が微かに熱を帯び、
赤い光がその奥で瞬いた。
> 「そして最後の柱——“父の剣”。
それはただの武器ではない。
この世界と俺を繋ぐ鍵。
真の意味を知るのは……次の“段階”に進んだ時だ。」
「……次の段階?」
> 「ああ。お前の次の行くべき場所——“竜の地”だ。
そこが、お前の最初の試練となる。」
空が揺れ、地が裂け、
星々が砕け散るように消えていく。
「待て! お前はいったい——!」
> 「俺は、“お前の父の誓い”を継ぐ者。
そして今度は——お前の番だ、ロイド。」
その瞬間、光が世界を覆い尽くした。
✦
ロイドは飛び起きた。
全身から汗が流れ、荒い息をつく。
彼の手には黒い剣と、父の遺した手紙。
周囲は静寂に包まれた古い地下室。
月光が天井の隙間から差し込み、
埃がその光の中で漂っている。
「……“竜の地”。」
ロイドは低く呟き、
剣を握る手に力を込めた。
「父さん……。
俺が必ず、あなたの願いを継ぐ。」
黒い刃に赤い光が反射し、
地下の闇を照らす——それは、新たな運命の火花だった。
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灰色の空。
太陽の光は弱く、厚い雲の向こうで震えているようだった。
ロイドは静かに荷物をまとめていた。
干し肉、古びた外套、
そして、幼い頃に父母と共に写った色褪せた写真。
それは、ただの思い出ではない。
“生きる理由”そのものだった。
彼は崩れた家の前に立ち、
小さく呟いた。
「……もう一度、戻らなきゃな。
でも、その前に——やることがある。」
背中に剣を背負い、
風が彼の外套をはためかせる。
冷たい風に混じるのは、灰と過去の匂いだった。
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森を抜け、山を登る。
霧が立ち込め、足元は滑りやすく、
だが彼の足取りは迷いがなかった。
途中で耳に届くのは、懐かしい声。
母の優しい呼び声——
「ロイド、ごはんできたわよ!」
そして、父の厳しくも温かな声——
「こらロイド! 俺の剣を勝手に触るな。
お前にも、いつか自分の剣ができる。その時までは我慢だ。」
ロイドの足が止まり、
指先が震えた。
そして、目の前に現れたのは——
山頂の巨大な桜のような樹。
幹は太く、
淡い桃色の花弁が風に舞っている。
それは、かつて家族で訪れた場所。
笑い声が蘇る。
「……あの日、ここで三人で笑ってたんだ。」
彼は樹に手を当て、
微かに微笑んだ。
「……でも、全部……あの夜で終わった。」
炎、悲鳴、そして血。
その全てが脳裏を過ぎる。
ロイドの拳が震え、
涙が一粒、土へと落ちた。
「絶対に……許さない。
お前たちを必ず、俺の手で——。」
その時、風が吹き抜け、
樹の葉がざわめいた。
——{憎しみは、やがてお前の一部となる。}
ロイドは目を見開き、
「……今のは……誰だ?」と呟いた。
だが、すぐに頭を振り、前を見据える。
✦
彼は樹の前に座り、
小さな木箱を取り出した。
箱には古代文字のような模様が刻まれている。
中には写真と、
母がかつて書いた手紙が入っていた。
ロイドは写真に指を滑らせ、
静かに微笑んだ。
「……これでいい。ここで眠っていてくれ。」
素手で土を掘り、
箱を大切に埋めた。
「俺は誓う……。
この箱を開けるのは、“すべてを終えた時”だけだ。
父さん、母さん、見ていてくれ。
俺は、この世界に俺の名を刻む。」
風が唸り、花びらが彼の周囲を舞う。
まるで世界そのものが、その誓いを見届けているようだった。
ロイドは立ち上がり、
剣を肩に担ぐ。
「……行ってくる。勝利の報せと共に、必ず戻る。」
背を向け、一歩を踏み出す。
雲の切れ間から月が現れ、
黒い刃に赤い光が宿る。
——それは、“宿命”の証。
地の下、彼の埋めた木箱から、
淡い紅の光が漏れ出していた。
それはまるで、
過去そのものが、彼の誓いを受け入れたかのようだった。
✦
空には荒々しい風が渦巻き、
まるで自然さえ、何か大きな変化を予感しているようだった。
しかし旅立つ前に——
ロイドには、もう一つ訪れるべき場所があった。
✦
遠く離れた北の国。
雪に覆われた城の庭園で、
一人の少女が笑っていた。
長い桜色の髪が風に舞い、
紅の瞳が陽光を反射して輝く。
「えへへ……今度こそ、見つけられないでしょ!」
木々の間を駆け回るその姿は、まるで春そのものだった。
「アリス! アリース! どこへ行ったの!?」
遠くから、侍女の声が聞こえる。
アリスは慌てて木に登り、息を殺す。
「ふふっ、これで完璧……!」
だが、背後から声が響いた。
「見~つけた、いたずら姫様。」
「ひゃっ!? う、うそでしょ!? ずるいー!」
侍女マリンは腰に手を当てて微笑んだ。
「言い訳は聞かないわよ、アリス。
まだまだ吸血鬼の姫としては修行不足ね。」
アリスは頬を膨らませ、
「むぅ~! 私は天才ヴァンパイアなんだから!」
マリンは優しく笑い、
「はいはい、天才様。……でも、陛下がお呼びですよ。」
アリスは目を瞬かせた。
「お父様が……? きっと、素敵な贈り物ね!」
嬉しそうに笑う彼女の瞳は、
紅い宝石のように輝いていた。
✦
一方その頃——
人間の王都では、
王と“剣鬼”カイン、そして将軍たちが円卓を囲んでいた。
「陛下、提案がございます!」
一人の大臣が声を上げた。
「西の交易都市を強化いたしましょう。
敵は油断し、我らが手薄と見るでしょう。
その隙を突いて、一気に包囲するのです!」
カインは軽く笑い、首を振る。
「悪くない。だが甘いな。
今の魔族どもは、もう愚かではない。
奴らなら、陽動を仕掛けて我々を動かし——
本命を“王都”に向けるだろう。」
室内の空気が凍りつく。
「……では、どうなさるおつもりですか、“剣鬼”殿?」
カインは指にした銀の指輪を回しながら答える。
「二重構造の策だ。
表の軍と、裏の“影”。
命令で動く者と、“目的”で動く者。
我々は光と闇、両方を使うべきだ。」
王は静かに頷いた。
「つまり……“影の戦争”を始めるということか。」
カインの唇が僅かに吊り上がる。
「いや、“狩り”を始めるんだ。
敵が獲物を喰らおうとした瞬間、
その口の中で牙を砕いてやる。」
ざわめく議場。
だが、王の一言がすべてを静めた。
「……よかろう。
今日より、“剣ではなく智の戦争”を始めよう。」
その頃——
激しい雨の中を、フードを被った青年が歩いていた。
ロイド・フロンティア。
彼の視線の先には、
遠くにそびえる王都の城壁が見えていた。
雷鳴が轟き、稲光が夜空を裂く。
嵐が来る。
それは、運命の嵐の始まりだった——。
✦ 終 ✦
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