✦ 第十三章:夢の彼方の残響(ゆめのかなたのざんきょう) ✦
楽しくて刺激的な読み物
始まりも終わりも分からぬ夢の中で――
ロイドはゆっくりと目を覚ました。
全身は土埃にまみれ、視界に映るのは、今まで一度も見たことのない赤い森。
木々の葉は炎のように揺らめき、空には紫の雲が垂れこめ、まるで血のように光を滲ませていた。
息を整えながら、ロイドはかすれた声で呟いた。
「ここは……どこだ? 一体、何が起きているんだ……?」
返事はない。
だが、風が囁く――言葉とも、祈りともつかぬ声で。
彼が一歩を踏み出したその瞬間、大地がわずかに震えた。
そして、闇の奥から重く、荒々しい声が響く。
> 「進め……立ち止まるな、少年よ。
お前の道は、まだ始まっていない。」
ロイドは息を呑み、後ろを振り返った。
「誰だ!? 誰が話している!」
> 「お前はまだ弱い……この力を扱うにはあまりにもな。
だが、恐れるな。꧂紅の眼꧁――それは始まりにすぎない。
闇の中には、まだ多くの力が眠っている。
強くなれ、ロイド……私は待っている。
一つだけ助言をやろう――家に帰れ。そこに、お前の“遺産”がある。」
その声は最後に低く笑い、森の中に反響した。
ロイドが叫ぶ。
「待て! お前は誰だ!? どういう意味だ!?」
しかし、その瞬間、世界は砕け散った。
硝子のように音を立てて、夢は崩れ落ち――
ロイドは跳ね起きた。額には冷たい汗が流れ、息は荒い。
自分の手が、誰かの手を強く握っていることに気づく。
視線を向けると、それは宮廷の医師の手だった。彼女はタオルで彼の額を拭いていた。
ロイドは慌てて手を離し、顔を真っ赤にして言った。
「す、すみません! そんなつもりじゃ……ただの反射で……!」
医師はくすりと笑い、柔らかい声で言った。
「気にしないで。いい反応よ。でも……女の手を握るには、少し早いんじゃない?」
「ち、違います! 本当に……!」
ロイドの慌てぶりに、彼女は微笑んだ。
「冗談よ。でも、寝言を言っていたわね。何か覚えてる?」
ロイドの表情が一瞬で硬くなった。
(もし夢のことを話したら……厄介なことになる。黙っておこう。)
「えっと……覚えてません。ただの悪夢だったと思います。」
「そう……なら、もう少し休みなさい。」
彼女が出ていくと、部屋に静寂が戻った。
ロイドは天井を見つめながら、あの声を思い出していた。
> 「……待っている。帰るんだ……お前の家へ。」
✦
医師が去った後、静かに扉が開いた。
師であるカインが、無言で入ってくる。
その足音は硬質な床に反響し、部屋の空気をわずかに震わせた。
「ロイド、大丈夫か? 体の具合はどうだ?」
優しくも、どこか張り詰めた声。
ロイドは弱く笑い、「大丈夫です、先生。ご心配をおかけしました。」と答えた。
短い沈黙の後、彼は顔を上げた。
「先生……俺、家に帰らなきゃいけません。」
「家に?」カインの眉が僅かに動く。
「……理由を聞いてもいいか?」
「夢で……いや、“誰か”に言われました。
帰れと。そこに……俺の“遺産”があると。」
カインは長い間ロイドを見つめていた。
やがて、深く息を吐き出し、静かに言った。
「分かった。だが気をつけろ。お前の周りでは、何かが動いている。」
「はい。ですが、これは俺一人で行くべき旅です。」
「……そうか。」
師はかすかに笑った。
「ならば、行け。だが約束しろ。命を捨てるな。」
「分かりました、先生。」
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夜の帳が降りる中、ロイドは城を後にした。
灰色の外套を羽織り、腰の剣が月光を反射する。
彼の背中を、静かな風が押していた。
「……母さん、父さん。俺、帰るよ。」
✦
森を抜ける長い旅。
月光が木々の隙間を流れ、足音が静寂の中に消えていく。
一歩踏み出すごとに、過去の記憶が蘇る。
炎の夜、悲鳴、そして母の声――。
(あの夜を、俺は……まだ忘れていない。)
やがて、彼の前に現れたのは廃墟となった村。
アルザラス――彼の故郷。
崩れた家々、風に舞う灰、苔むした井戸。
時が止まったような静けさの中、ロイドは立ち尽くした。
彼の家の前で足が止まる。
半分焼けた扉に手を触れ、囁く。
「ただいま……母さん。」
その時、微かな声が響いた。
> 「おかえりなさい……ロイド。」
ロイドの心臓が跳ねる。
「……誰だ!?」
返事はない。ただ風が吹き、灯した蝋燭の炎が消えた。
✦
床板の下から、小さな軋みが聞こえた。
膝をつき、手で探ると、そこに隙間が――。
彼は剣を突き立て、板を壊した。
その下には、石造りの階段が闇の奥へと続いていた。
ロイドは松明を灯し、ゆっくりと降りていく。
冷たい空気、湿った壁、古代の文字が青く光っていた。
そして――そこにあった。
黒く輝く剣が石に突き刺さっている。
黄金の紋様が刻まれ、その刃には一文が光っていた。
> 「꧂全力を尽くす꧁」
剣の下には古い封筒が一つ。
青いリボンで結ばれたそれを、ロイドは震える手で開いた。
> 「……どう始めればいいかな。
もしこの手紙を読んでいるなら、君は生きているということだ。
それだけで、私はこの上なく幸せだ。
今日、私は一つの知らせを受け取った。
君が――ロイド、お前が生まれるという知らせだ。」
ロイドの頬を涙が伝う。
震える声で続きを読んだ。
> 「この剣は私の魂だ。
私が鍛えた唯一無二の刃であり、誰にも渡さなかった宝だ。
この剣には私の“核”の力が宿っている。
完全ではないが、お前と共に成長するだろう。
そして、いつか――私の友が全てを教えてくれる。」
手紙の最後には、掠れた文字でこう書かれていた。
> 「息子よ。
もしこの場所を見つけたのなら、信じろ。
私は、お前を信じていた。」
ロイドは手紙を胸に抱きしめ、静かに膝をついた。
「……父さん。」
その瞬間――剣が青白く輝き出す。
空気が震え、光が彼を包み込む。
> 「紅の眼の継承者よ――これが、最初の“遺産”だ。」
眩い光の中で、ロイドは目を見開いた。
「これが……俺の、遺産……?」
光は爆発的に広がり、地下を飲み込んだ。
世界が再び、動き出す音がした。
✦ 第十三章 終 ✦
次の章でお会いしましょう




