第一章:決裂の夜
この章は主人公の視点で書かれています。
✧ 序章 (Prologue) ✧
生まれた瞬間から、私は欠けていると言われた――
核がない、未来がない。
胸の奥で震えるものによって価値が測られる世界で、私は沈黙そのものだった。
だが彼らが理解しなかったのは……虚無もまた力だということ。
無は刃となり得る。声のない叫びこそ、最も凶烈な咆哮になり得る。
私は奇跡でも英雄でもない。
ただ意思によって研ぎ澄まされた悲しみの欠片、そして狂気の淵で揺れる笑い。
名は――ロイド。
核を持たぬ者……だが、すべての核を打ち砕く者。
核とは単なるエネルギーではない。命の刻印だ。
それはお前が誰であるか、何を成せるか、この世界での限界を決める。
竜の核? 永遠の炎、山を裂く雷鳴。
魔族の核? 溶岩のように沸き立つ血、肉体を超える力を与え、そして持ち主を喰らう。
吸血鬼の核? 血を糧とする闇。
エルフの核? 癒し、光、森の秘奥。
人間は……最も弱いが、最も多様である。
この核を基盤に世界の序列は築かれた。
竜族が頂点に立ち、魔族がその背に続き、吸血鬼が影に潜み、人間とエルフは残滓を貪る。
そして私は?
核なき存在。
虚無を認めぬ世界における虚無。
だが、ただ一人、真実を見た。核がすべてではないと。
刃と虚無を隔てるもの――それは、それを握る手だ。
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✧ 第一章:崩壊の夜 ✧
(ロイドの視点)
八歳の時、私の世界は壊れた。
街は静かに眠りにつこうとしていた。灯火がオストリアの壁を照らし、風が商人の声を闇へと運んでいく。小さな我が家だけはまだ光に包まれていた。
床に座り、私は父が鉄を打つ姿を見つめていた。
一打ごとに、胸の奥で新たな鼓動のように響き、火花が散り、時が止まったかのように見えた。
背後では母が質素な服を縫い、その笑顔が部屋を満たしていた。
静かな生活……だが、それが私の全てだった。
私は小さな声で父に尋ねた。
――「ねえ父さん……どうして僕だけ核がないの? 僕は壊れているの?」
父の槌が止まった。誠実な瞳で私を見つめる。
――「誰がそんなことを言った?」
うつむきながら答える。
――「みんな……僕を笑うんだ。核がない、力がない……だから僕は何の価値もないって。」
父は笑った。その温かな笑いが、私の心の氷を砕いた。
――「ロイド、剣は核で鍛えられるんじゃない。忍耐で、折れぬ心で鍛えられるんだ。空の鉄だって、どんな金属より硬くなる。忘れるな。」
私は微笑んだ。ほんの一瞬、自分が欠けていないと信じられた。
だが――それが父の最後の言葉となった。
空が震えた。紫の光が地平を裂き、重く響く咆哮――魔族だ。
父は剣を握り扉へ駆け、母は私の手を痛いほど強く握った。
煙の中、父の声は揺るがなかった。
――「ロイド、何があっても……走れ。振り返るな。」
理解できなかった。
だが次の瞬間、扉は砕け、闇が雪崩れ込んできた。
歪んだ影、赤い瞳、夜を裂く絶叫。
最後に見たのは、倒れゆく父の笑顔――まるで「走れ」と告げるように。
だから、走った。
生まれ持った宿命から逃げる子供のように。
だが火は速く、血は深く、叫びは大きかった。
灰の中から……私は一人だけ生き残った。
涙を枯らした瞳、壊れた笑いを口から漏らす少年として。
あの夜……全てが崩れた。
あの夜……虚無が生まれた。
煙の中から歩み出た私は、終わらぬ悪夢をさまよう者のようだった。
裸足は焼けた大地を踏み、灰は肌にまとわりつき、私を呑み込もうとした。
私は笑った……歪んだ笑いを。涙を流しながら。
人々の目に映ったのは、ただの浮浪児。聖なる秩序の欠陥。
彼らの視線は憐れみと嫌悪の混じったもの。私の存在そのものが空気を汚すかのように。
核なし。家族なし。何もなし。
世界は私から全てを奪い、壊れた人形のように捨て去った。
最も恐ろしいのは……私がそれを受け入れてしまったこと。まるで本当に自分は間違いであるかのように。
長い日々、私は彷徨った。飢え、弱り、野良犬のように食べ物の欠片を探した。
狂った笑い声が私に先んじて道を進み、子供を怯えさせ、大人を嘲笑わせた。
泣いているのか笑っているのか……もはや分からなかった。違いすらないのかもしれなかった。
そして――あの夜、森で。
風が荒れ、私は足を引きずり、寿命の尽きた老人のように歩いていた。
腹は飢えに叫び、視界は霞み、全てが幻のように揺れていた。
足はもはや体を支えられなかった。
その最後の瞬間、かすんだ目が遠くに影を捉えた……そこに立つ誰か。儚き希望のように。
私は手を伸ばした……そして倒れた。
闇が私を呑み込み、残っていた世界をすべて連れ去った。
| 第一章 終 |
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どうか、私とロイドの頂上への旅を応援してください。
なお、この小説は18歳未満の方には適しません。