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人に言えないこと①

 被害者について調べていて、ひとつ発見があった。

 広瀬が勤務する九鼎商事は雅恵が勤務するトレンド・ツアーリズムと同じビルにあった。同じビルで働いていたのだ。何処かで会っていたとしても不思議ではない。

 茂木は柊と共に九鼎商事を訪ねた。

 九鼎商事は中堅どころの専門商社で、大手製造会社の計測器の販売部門が独立して出来た商社をもとにしている。計測器の他に半導体装置、医療用分析装置などを取り扱っており、年間の売上高は六千億円を超え、専門商社の中でも平均年収の高い会社として知られている。

 九鼎とは古代中国に於いて王権の象徴であった三本足の金属製の祭器のことを言う。古代中国では、代々、九鼎を持つものが天子とされたが、古代王朝の周が始皇帝で有名な秦に滅ぼされた際、混乱の最中、九鼎は泗水の底に没した。周を滅ぼした秦王朝は九鼎に代わって新たに玉璽を作って帝権の象徴とした。

 壇ノ浦で平家と共に海の藻屑と消えた三種の神器のようなものだ。

 被害者である広瀬について直属の上司や職場の同僚から聞き込みを行った。

 広瀬の直属上司である係長の坂本肇(さかもとはじめ)からは「非常にまじめな人物」であり、「仕事ができて、明るい性格」、「誰からも好かれる好人物」であったという好意的な証言が寄せられた。

「同期では出世頭で、部として彼が居なくなってしまったのは本当に痛い。ここだけの話ですが、彼は内々で係長昇進が決まったばかりでした」と坂本は頭を抱えていた。

 職場には「あいつは人の恨みを買うような人間ではないし、あいつに限って、空き巣なんかに入るはずがない」と憤慨する先輩もいた。

「評判が良過ぎるのも怪しいものだ。人間、誰しも裏の顔がある」と柊は冷たく言った。

「柊さんも・・・」と言いかけて、茂木は言葉を飲み込んだ。

 柊に裏の顔など、ありそうもない。このままの人物だ。

 職場で無類に評判の良かった広瀬だが、ついに岡田我夢(おかだがむ)という同期の一人から、裏の顔を垣間見る話を聞くことができた。広瀬は測定器、岡田は半導体装置の販売を担当しており、顧客が重なることが多く、同期の中で特に広瀬と親しかったと言う。

 岡田は最初、「いい奴でしたよ。よく二人で飲みに行きました」と当たり障りのない話をしていたが、「このままでは広瀬さんを殺害した犯人が野放しになってしまいます。些細なことでも構いません。広瀬さんに関して何か知っていることがあれば教えて下さい。犯人逮捕のために是非ご拠力下さい」という柊の言葉に、暫く黙り込んだ後で「あいつ、ストーカーだったみたいなんです」と声を落として言った。

「誰かをストーキングしていたと言うことですか?」

「ええ。あいつがストーカーをしていた相手はどうやらこのビルで働いている女性のようでした」

 広瀬はたまたまエレベーターで一緒に乗り合わせた女性を一目で気に入ってしまったようだと言う。

「たまたま退社時に前を歩いていた女性が、そのエレベーターで出会った女性だということに気が付いて、そのまま家まで後をつけて行った――とあいつから聞いたことがあります」

 平沢雅恵だ!

「その女性が何処のどなたか、分かりますか?」

「名前は知りませんが、僕も何度かエレベーターで一緒になったことがありますので、顔を見れば分かると思います。綺麗な人です」と広瀬が答えた。

「それはこの女性ですか?」と携帯電話に保存してあった雅恵の顔写真を見せると、岡田は携帯電話を奪い取って、女性の顔をしげしげと見つめた。そして、「ええ、この人です。間違いありません」と力強く頷いた。

 ついに広瀬と雅恵が繋がった。

 広瀬は雅恵をストーキングしていた。有能で誰からも好かれていた広瀬には、ストーカーという裏の顔があったのだ。

「死んだあいつの陰口を言っているようで落ち着きません。ストーカーの話をしたと言うことは内緒にしておいてもらえますか?」と岡田は周囲を伺いながら言った。

「我々は警察官です。ここでお聞きしたことを、ぺらぺら外部に漏らしたりしませんよ」と柊は吐き捨てるように言った。

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