待っていた男②
マンションの周りは深夜にもかかわらず、野次馬に報道陣が押し寄せていた。
警官の隣で雅恵は腕を抱えながら悄然と佇んでいた。美しい人だ。茂木は一瞬、足を止めて、雅恵を見つめた。身長は百六十五センチ程度だろう。髪型はショートボブで、色白、目が大きくて、瓜実顔、もう美人を絵にかいたような女性だ。
茂木はもう一度、遺体の身元確認を頼んでみた。最初は「無理です」と嫌がっていたが、「大丈夫です。僕がついています。一緒に確認しましょう」と言うと、雅恵はじっと茂木の顔を見た後、「はい」と小さく頷いた。
茂木について部屋に戻ると、雅恵は茂木の体に隠れながら顔だけ覗かせて遺体の顔を確しかめた。
「お知り合いですか?」と尋ねると、「いいえ。知らない人です」と雅恵は首を振った。
若い男だ。よく言えば整った、悪く言えば特徴のない顔立ちをしていた。遺体は苦悶に歪んだ表情をしており、生前の印象と異なるかもしれなかった。だが、見覚えのない人物だと雅恵は言い張った。
「本当に知り合いではないのですか?」
茂木が念を押す。遺体が雅恵の知らない人物であるなら、留守中に赤の他人が自宅で殺害されていたことになる。
どう考えても不自然だ。
雅恵は「はい」と頷くと、「もう良いですか?」と口を押えて部屋から飛び出した。茂木は雅恵を追いかけて部屋を出た。そして、マンションの入り口の植え込みの陰でえづいている雅恵を見つけた。雅恵の苦しげな様子を見て、背中をさすってあげたくなったが、相手は若い女性だ。セクハラになってしまう。黙って見守るしかなかった。
「今日、どなたか訪ねて来る予定はありませんでしたか?」
「いいえ。誰も・・・」と雅恵は意外に強い口調で答えた。そして茂木と目が合うと、「いやだ・・・すいません」と恥ずかしそうに俯いた。
何か嫌なのだろうか?
「被害者は庭に面したガラス戸を割って部屋の中に侵入した模様です。被害者は空き巣狙いで部屋に侵入したのかもしれませんね」
「空き巣・・・ですか。やっぱり一階なんかに住まなければ良かった」
住宅街で昼間は人通りがあるが、夜は寂しい場所だ。一本向こうの表通りには、あちこちに防犯カメラが設置してある。だが、マンションの周囲に防犯カメラはない。確かに、一階だと物騒かもしれない。
「帰宅するまで、何処で何をしていたのか、できるだけ詳しく教えてもらえませんか?」
「あ、はい」と雅恵は仕事を終えてからの行動を茂木に伝えた。それを茂木は丁寧にメモを取ると、「今晩、泊めてもらえそうな人はいますか?」と尋ねた。
窓ガラスは割られているし、殺人事件とあってまだ暫くは鑑識作業が続くことになる。
「実家は名古屋ですので、今晩は職場の友人の家に泊めてもらいます。後で着替えだけでも取りに戻らせて下さい」
「分かりました。間もなく遺体が解剖のために搬出されますし、鑑識作業が一段落したら、お知らせします。もう暫くこちらで待機しておいて下さい」
「解剖」、「遺体」という言葉を聞いて、雅恵は身をすくませた。
茂木の言う通り、もうかなり遅い時間だ。会社の同僚に連絡して、今晩の寝床を確保しておかなければならない。雅恵は携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。
捜査に戻ろうと、茂木が背中を見せると、雅恵は急に心配そうな顔をした。