エピローグ
平沢雅恵から連絡があった。
高崎に戻って来ると言う。約束通り、雅恵が戻って来るまでに事件を解決することができた。いや、事件が解決したと聞いて、戻って来るのだろう。
事件が解決したことを報告に行かねばと思っていると、雅恵の方から県警に足を運んでくれた。「今、下にいます」と言われて、茂木は慌ててロビーへ降りて行った。
雅恵が待っていた。
元気を取り戻した雅恵は輝いて見えた。まさに男どもが群がる美しさだ。
こちらへとロビーにあるソファーに二人で腰を降ろした。
「ありがとうございます。犯人を捕まえて頂いて。まさか、根岸さんが犯人だったなんて・・・」
仮にも一緒に働いていた同僚だ。根岸の逮捕は雅恵にもショックだったはずだ。
事件のことは話したくないのか、「早いもので、一人暮らしを始めて二年目になります。妹はこの春、短大を卒業し、地元の銀行で働き始めました。短大時代から付き合っているボーイフレンドがいて、週末に家を空けることが多いようですが、意外にしっかりと家事をこなしていて安心しました」と身の上話を始めた。
「お姉さんとしても心強いでしょう」
「はい。久しぶりに家に帰って驚いたのは、お姉ちゃんはゆっくりして、と妹が作ってくれた料理の味付けが、自分の味付けにそっくりだったことです。もともと料理が得意だった母から私が教わったものです。作って食べさせている内に、自然と母の味付けを覚えてしまったようです。一人暮らしを始めてから、仕事と生活に追われて、料理を作る機会が減っていました。実家に戻って、妹が作ってくれる料理に、自分の味付けを発見した時、なんだか胸が苦しくなりました。申し訳なくなって、妹の作った料理を食べながら泣いてしまいました」
「妹さんも驚いたでしょう」
「いやだ、お姉ちゃん、急にどうしたのって、妹も父も、驚いていました。事件のことがショックだったのだろうと父は考えたみたいで、ゆっくりして行け。気が済むまで家に居ていいんだぞ、と言ってくれました」
「そうですか。でも、随分、早く戻ってこられたみたいですね」
「ゆっくりするつもりだったのですが、晶子さんから電話をもらいました。仕事の方は何とでもなるから、一月くらい休んでのんびりしてきてね。大体、あなた、日頃から働き過ぎなんだから、と晶子さんに言われました。でも、働き過ぎなのは晶子さんの方です。
晶子さんの声を聞くと無性に仕事に戻りたくなってしまいました。課長に任せておくと、また変なことをしでかして、後始末で走り回らなければならなくなってしまいますから」と言って笑った。
「お父さん、寂しがったでしょう」
「そうですね。少し寂しそうな顔をしました。あのマンションに戻りたくない、と言うと、俺が一緒に行ってマンションの契約を解約して、新しいマンションを探してやる。殺人事件があったんだ。出て行くと言えば大家だって仕方ないと思って、変なことは言わないだろう、と会社を休んでついて来てくれました。今、マンションの解約手続きをしてくれています。この後、二人で新しいマンションを探します」
「それは良かった」
「良い気分転換になりました。こちらに戻って来る時、妹が私のために、早起きをして弁当を作ってくれましたんですよ。駅弁を買うからいいと言ったのに。新幹線で妹が作ってくれた弁当を入れたバッグを開いたら、手紙が乗っていて、お姉ちゃん、頑張れ! と丸い文字で書いたメッセージと、絵の得意な妹が自分を模して描いた、可愛いらしい女の子が握りこぶしを作って応援している絵が描いてありました。への字口を結んだ女の子の顔を見た途端、また泣けてきちゃって――」
「殺人事件でショックを受けたからでしょう。それに、妹さんの成長が嬉しかったのではありませんか」
色々な感情がごちゃまぜになって洪水のように押し寄せて来たのだろう。
雅恵は「ああ~すっきりした」と両手を上げて伸びをすると、「すいません。自分のことばかり一方的にしゃべって。でも、刑事さんとお話ししていると、胸のつかえがとれたような気がします」と言った。
「僕みたいなもので良ければ、何時でも話を聞きますよ」
「あら。そんなこと言うと、本当に会いに来ちゃいますよ」と雅恵が笑顔で言った。
その笑顔に茂木はくらくらした。
帰宅したら見知らぬ人間の死体があったら~という発想のもと、書き始めた作品。出落ち感が強いが、その設定をつくり出す為に苦労した。