男爵家の末裔③
燃えるゴミだが、ビーズクッションが含まれている為、回収ができない旨、回収業者からの注意書きがあった。ビーズクッションはゴミ回収車に回収される際、破裂し、中味のビーズが飛び散ってしまう。危険だし、ビーズが小さくて軽い為、飛び散ると回収が難しい。この為、他のゴミと混同せずに、ビーズクッションだけをゴミ袋に入れ、ビーズクッションであることを明記するよう、行政指導が出ていた。
要はゴミの分別を守らなかったため、回収されずに残っていたのだ。
もしやと思ってゴミ袋を開くと、中から血の付いたシャツと紙に包んだレンチが出て来た。
――証拠品だ!
と茂木は直感した。
鑑識で鑑定を行った結果、血痕は広瀬のものと一致した。またシャツの汗から根岸のDNAが検出された。ゴミの中には生活ゴミが大量に混じっており、中にダイレクトメールをそのまま捨ててあって、しっかり根岸の名前と住所が書かれてあった。根岸が捨てたゴミであることは一目瞭然だった。
ゴミ捨て場の防犯カメラの映像からも、ゴミを捨てた人物が根岸であることが確認できた。
「えっ! ゴミが捨てられずに残っていた――⁉」
取調室で根岸は絶叫した。
「犯行に使用したレンチを一緒に捨てたな。お前、燃えるゴミと燃えないゴミを一緒にしてはダメだろう!」と柊が怒鳴った。
問題はそこじゃない。
「俺が殺した。あいつ、平沢さんをストーカーしていたから――」と根岸は犯行を認めた。一旦、犯行を認めると饒舌になった。「俺は彼女の庇護者なんだ。彼女を、あいつみたいなストーカーから守るのが、俺の役目だ。だから、俺は常に彼女を監視していなきゃあならなかった。あいつを見つけた時、俺は思った。こいつを排除しなければならないってね」と立て続けにしゃべった。
「なんだ、それ。お前もストーカーじゃないのか?」と柊が言うと、根岸は顔を真っ赤にして、「違う! ストーカーはあいつだ。俺じゃない。言っただろう。俺は彼女の庇護者なのだと!」と声を荒げた。
広瀬の殺害については、「あの日、あいつはついに、ボーダーラインを超えた」と言う。雅恵の部屋のガラス戸を壊し、部屋に侵入したのだ。
「きっと下着を盗むつもりだったんだ。もう勘弁ならなかった」
根岸は背後から忍び寄ると、広瀬の後頭部をレンチで一撃した。
「あいつ、あっ! なんて、間抜けな声を上げて、あっさりくたばった」
「何故、レンチを持って帰ったのだ?」
「俺の指紋がついているじゃないか」と根岸は言ったが、広瀬を殺してしまったことに動顛して持ち帰っただけだろう。
「お前、レンチをどうした? 平沢さんの部屋にあったのか?」
「家から持って行ったよ」
「ほう~となると、お前、はなから広瀬を殺害するつもりだったのだな?」
「そうじゃない。あいつが反撃して来た時の為に、持って行っただけだ。護身用だ」
計画的な犯行だった可能性が高い。
事情聴取を終え、柊がため息をつきながら言った。「ストーカーがストーカーを殺害した、訳の分からない事件だったな」
「それだけ平沢さんが魅力的だと言うことでしょう」
「美女に群がる男どもか。ほら、目撃者だった中年の男――」と柊が言う。
「藤田さんですか?」
「あれも意外にストーカーだったのかもしれんぞ」
「ストーカーがストーカーを殺し、ストーカーをストーカーが目撃していたということですか? まさか。たまたま目撃しただけでしょう」
「まあ、世の中、ストーカーだらけじゃ困る」
柊の言う通りだ。