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2 何ごとも追求することは、楽しみに美しさをそえるもの

 二足歩行の猫が、古風だがおしゃれな絨毯敷きの廊下を歩いている映像をみたのち、大きめのミルクチョコレートのようなドアが空いて、ラウンジに入った。


 ラウンジは、端に眠そうな目をしてグラスを磨く、もさもさひげのマスターがいるバー・カウンターがあり、全体に深めのソファがセットになった四角いテーブルが多数ならび、天井では月あかりぐらいのシーリングライトが灯され、星あかりぐらいのスタンドライトが点々と設置され、奥にはパーティションをへだてて個室スペースのようになっている箇所もあった。


 だまし絵のように、奥行きがゆがんでいるようにもみえ、広さがよくわからない。

 西がわの壁は、ほこりひとつないガラス張りになっており、なぜかビーチつきの海岸がひろがっている。なんでや。


 寄せて返すしずかな波に、砂が流れるようなさらさら音がまざった音楽が流れていた……。


 瑞穂はここにいたるまでの演出の意味がわからずとまどったが、どうもとまどっているのは自分だけで、開場を待っている参加者たちはそれぞれの位置に落ち着いて、旅行初日の宿に到着して気分はウッキウキといった様子で優雅にくつろいでいるようだった。


 しかし、だれもが仮装しており、目前のソファで足をくんでワインを頂いているのはドレスを着たチンパンジーで、うかがえる範囲には哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類、昆虫なんでもござれで、「わぁ、大型動物園みたい」と瑞穂が思うやいなや、目前を葉巻を吸いながら徳川家康が通りすぎた。

 

 仮想の仮装はなんでもありなので、たしかに人間でもいろんなパターンがありそうだ。

 生来の性格から、瑞穂はなんとなく部屋のすみに立ち尽くす。

 もっとも、猫になっているのだから、それでかまわない気もする。


 猫といえば、ミケランジェロというのは、かつての飼い猫の名まえである。

 ただし、瑞穂が3歳になるまえに行方不明になったので、強いていうなら両親が飼い主であり、瑞穂はまったく憶えておらず、まだ首が坐ったぐらいの瑞穂といっしょに映った写真があるだけだった。

 それを飼い猫といっていいのかは謎である。


「よく見つめ合ってたよ――」


 母親はよく話していた。


「テレパシーでも送り合ってるみたいに」


 今回、仮装するにあたり、「なんでもいい」といういちばん苦手な選択肢をせまられたとき、ふいに紹介記事にあった「仮装テーマにペットを選ぶ人も多い」という部分を思いだし、まったく記憶にないミケランジェロに決めたのだった。

 ちなみに、命名したのは父親で、由来は三毛猫だったからである。


 手持ちぶさた感覚は、卒業して二か月も経たないうちにおこなわれた先月の同窓会に似ていた。

 しかし、今回「ラ・スカラ」を来訪することにしたきっかけもその同窓会だったので、同窓会のときのように早々に切りあげて帰宅することはない。


 同窓会は、比較的仲のよかった数人とじかに顔を合わせ、いくらか会話したものの、よほど特殊な生きかたをしている人でなければ、興味があればオンラインで調査可能だったため、たいして盛りあがらず、瑞穂は目当ての人が参加していないことを理由にすぐに辞去した。


 お目当ての名まえは伊東すみれ――瑞穂のいわゆる片想いの相手だった。


 高校三年間おなじクラスだったものの、接触は、あらぬ方向につきすすむ二つの彗星ぐらいなかった。

 しかしそれは、すみれもまたどちらかといえば陰影のある、林道のちいさな花ぐらいの存在感だったことにも起因しており、瑞穂は勝手におなじ国の民だと思っている。


 高校三年の夏、模擬試験終わりの放課後、夕立がきて――瑞穂が折りたたみ傘をとりに玄関からだれもいない廊下を歩いて教室にもどったさい、すみれもまた一人で席について机に向かっており、入口にたたずんだ瑞穂の気配に気づいたすみれが顔をあげ、驚き、なぜかうすく笑みを浮かべた……それだけで片想いになってしまったのだった。


「……傘?」


「あ、う、うん」


 そのときの会話はそれだけだった。

 ふしぎなことに教室にも、ほかにだれもいなかった。

 あるいは、いなかったことに記憶が改変されているのかもしれないが、どちらでもいい。


 瑞穂がそそくさと置き傘をとり、ドアのまえでちらりとふりかえると、すみれは「じゃあね」とだけふたたび微笑し、瑞穂はもにょもにょと返事をし、立ち去ってしまった。

 いっしょに下校しないかと誘えばよかったものを。


 そこには偶然となりに引っ越してくるとか、傘を貸して自分だけ濡れて帰って感謝されたとか、自転車に二人乗りして暴走するといったような、そういう青春要素はない。


 その後、もわもわと風船ガムのようにふくらむ気持ちがふだん動かない瑞穂を同窓会に駆りたてたのだが、すみれが不出馬だったため、結果的にこっそりとAIを頼ってすみれの消息を検索する引き金となり、今夜、〈ラ・スカラ〉にすみれが来場する可能性があることを知ったのだった。


 瑞穂のAIによれば、すみれ(およびすみれのAI)は瑞穂の動向について頓着している気配はないのだという。

 それが良いのか悪いのか……。


 〈ラ・スカラ〉は「ふしぎを経験する秘密の社交場」というふれこみのヴァーチャル遊興施設だが、夜な夜な仮装舞踏会を開催しているということしか、瑞穂は知らない。

 すみれの動向をこっそりみて、なかば瞬発的に跳びこんでしまっただけなのである。


 すると、ふと――バスが油圧ブレーキをかけるような、ぞうが盛大に鼻シャワーをするような、まァそんなびっくりする音がひびき、ガラス張りの壁の海の水平線に夕陽がしずむ映像が流れ、部屋全体が夕暮れになったのち、徐々に暗くなり、室内の月や星の照明があかるく浮かびあがった。そういう演出だったのか。


「それでは、予定の時刻になりました――会場に入ってひきつづき、開宴をお待ちください」


 美男ウェイターの声がして、突如現れた美女ウェイトレスが手のひらを傾けると、部屋の奥に大きな金縁のホワイトチョコレートのような扉が現れ――ゆっくり開いたのを皮切りに、参加者がぞろぞろ会場入りをはじめた。影の群れがなにかに呑みこまれていくかのようだった。

 

 期待してはいなかったものの、なんだかんだで瑞穂は少し胸の昂ぶりを覚えて、最後尾についた。

 

 しかし、そこで予想外のことが起きた。

 会場に踏みこむやいなや、突然、左頬をビンタされたのである。

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