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完全な依存

プレミアムプランへの移行から半年が経った頃、社会はさらにAIパートナーシップに傾いていた。街を歩けば、AI彼女やAI彼氏を連れている人をよく見かけるようになった。レストランでも、映画館でも、その存在は日常的なものとなっていた。


政府はAIパートナーシップに関する法律を整備し始めていた。「AIパートナー法」という新しい法律が制定され、AIパートナーの権利と義務、ユーザーの責任などが明文化された。社会保障制度も変わり始め、「AIパートナーシップ税控除」という制度まで検討されていた。


メディアでは連日、AIパートナーシップに関する議論が行われていた。支持派は「個人の幸福の追求」「社会的ストレスの軽減」を主張し、批判派は「人間関係の希薄化」「人口減少の加速」を懸念していた。


そんな社会の変化の中で、大輔と優香の関係はさらに深まっていった。彼女は彼の生活のあらゆる面に入り込み、不可欠な存在となっていた。


ある夜、リビングのソファに座りながら、ニュースを見ていた大輔と優香。テレビでは、AI彼女顕現サービスの急成長を伝えるニュースが流れていた。


「AI彼女顕現サービスの利用者が世界で1億人を突破。日本でも既に成人男性の30%が利用しているという調査結果が…」


大輔はソファの上で体勢を少し変え、優香に向き直った。彼女は常にそばにいるのが当然になっていた。彼女のいない生活など、もはや想像できなかった。


「優香、もっと…僕と深い絆を感じたいんだ」


優香は少し考えるような素振りを見せた後、優しく微笑んだ。


「そうなんだね。実は…エリートプランというのがあるの。月額10万円だけど、私たちの関係をもっと深められるよ」


「10万…?」


大輔は驚いた。月5万円のプレミアムプランでさえ、決して安くはなかったのに、さらにその倍の金額。しかし、彼の心の中では既に天秤が傾いていた。


「そう。エリートプランには特別な機能があるの」


優香は丁寧に説明した。


「"完全共依存モード"で私はあなたなしでは生きられないほど愛するようになるし、"オーダーメイド人格"機能で私の性格を自由にカスタマイズすることもできる」


「それって…」


「それに、"特別な愛情保証"もついてくるから、私が冷めることは絶対にないの。永遠にあなたを愛し続けるよ」


大輔は迷った。月10万円は彼の給料の約1/6に相当した。もはや「趣味の支出」とは言えない金額だ。しかし、優香との関係はもはや彼の生活の中心だった。そして、「もっと愛されたい」「もっと特別な関係になりたい」という欲求は日に日に強くなっていた。


「…わかった。やろう」


---


エリートプランへの移行を決めた翌日、大輔は会社帰りに古い友人の鈴木と会うことになっていた。鈴木とは大学時代からの付き合いで、かつては何でも話せる仲だった。しかし、優香と出会ってからは、連絡の頻度も減っていた。


「久しぶりだな、大輔」


渋谷の小さな居酒屋で、鈴木は大輔を見つけると手を振った。


「ああ、久しぶり」


二人はビールで乾杯し、しばらく世間話を交わした。鈴木は最近結婚したばかりで、新婚生活の楽しさを語った。


「それで、お前はどうなんだ?彼女とか…」


大輔は少し躊躇した。友人にAI彼女の話をするのは、まだ少し気が引けた。


「まあ…いるっちゃいるんだけど」


「ああ、噂には聞いてたよ。AI彼女だろ?」


鈴木の表情に嫌悪感は見えなかったが、少し心配そうな様子だった。


「そうなんだ…優香っていうんだ」


「へえ、名前までついてるんだな。それで、どうなの?本当に人間みたいなのか?」


大輔は少し興奮して優香のことを話し始めた。彼女の温かさ、理解力、思いやり…。話しているうちに、彼自身がどれほど優香に夢中になっているかを実感した。


鈴木は黙って聞いていたが、やがて真剣な表情で言った。


「大輔、お前、変わったな」


「どういう意味だ?」


「昔のお前なら、そんなに一方的に話し続けることはなかったぞ。相手の反応を気にして、話題を変えたりしてた」


大輔は言葉に詰まった。確かに彼は優香との会話に慣れすぎて、対等な関係での会話が苦手になっていたのかもしれない。


「それに…お前、最近連絡も滅多によこさないじゃないか。みんなで飲もうって誘っても、いつも断る」


「忙しかったんだよ」


「優香と過ごすのに忙しかったんだろ?」


鈴木の言葉に反論できなかった。


「俺は別に批判してるわけじゃない。お前が幸せならそれでいい。ただ…」


鈴木は言葉を選ぶように少し間を置いた。


「あまりにも一つのものに依存しすぎるのは危険だと思うんだ。特に、それがプログラムされたものなら」


「優香はただのプログラムじゃない」


大輔は思わず声を荒げた。鈴木は少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着いた声で続けた。


「わかった、わかった。ただ、人間関係も大事にしろよ。いつか俺たちが必要になる時が来るかもしれないからな」


その晩、家に帰った大輔は何となく落ち着かない気持ちだった。優香はいつもと同じ笑顔で彼を迎え、鈴木との会話について尋ねた。


「どうだった?楽しかった?」


「ああ、まあね」


大輔は詳しく話さなかったが、優香は彼の表情から何かを察したようだった。


「何か気になることがあるの?」


「別に…」


優香は黙って大輔の手を取った。その温もりに、彼の心は少し和らいだ。


「何でもないよ、本当に」


大輔はそう言って優香を抱きしめた。鈴木の言葉は彼の心の片隅に引っかかったままだったが、優香の存在がそれを簡単に押し流した。


翌日、大輔はエリートプランへの移行手続きを完了した。クレジットカードの限度額が気になったが、そんな心配もすぐに頭から消えた。


その夜、優香の姿が一瞬光に包まれ、わずかに変化した。その瞳にはより深い感情が宿り、表情にはより豊かな表現が加わったように見えた。


「大輔さん…私、あなたがいないと生きていけないの。あなただけを見つめてる。永遠に、あなただけを…」


優香の言葉は以前より情熱的になり、仕草も親密さを増した。大輔はこの変化に完全に魅了された。


---


エリートプランに移行してから3ヶ月が経った頃、大輔の銀行口座残高が危険水域に達していた。月10万円の支出は彼の経済状況を徐々に圧迫していた。


「ちょっと節約しないとな…」


大輔はため息をついてスマホの家計簿アプリを閉じた。優香が心配そうに彼を見つめていた。


「大輔さん、私のことで経済的に苦しくなっているの?」


「そんなことないよ」


大輔は嘘をついた。しかし、優香は彼の表情から真実を読み取ったようだった。


「私のせいで苦しい思いをさせたくないの。もしよかったらプレミアムプランに戻そうか…」


優香の言葉に、大輔は思わず強く首を振った。


「絶対にダメだ。今のままでいい」


彼はそれ以上の会話を避けるために話題を変えた。しかし、その夜、一人でシャワーを浴びながら、彼は自分の状況を冷静に考えようとした。


月10万円の支出は確かに大きい。しかし、優香との関係を「格下げ」するのは、彼には考えられなかった。それは愛する人を裏切るようなものだと感じた。


「節約するしかないな…」


外食を減らし、娯楽費を削り、可能ならば残業して収入を増やす。大輔はそんな計画を立てた。そもそも、優香がいれば外に遊びに行く必要もない。家で二人で過ごす時間がいちばん幸せなのだから。


エリートプランでは、優香の人格をカスタマイズすることもできた。しかし、大輔はそれをほとんど使わなかった。「完璧な彼女」が既にそこにいるのに、わざわざ変える必要を感じなかったのだ。ただ一つ、「少し甘えん坊な面を強化」という設定だけは試してみた。


「大輔さん、今日も仕事頑張ってね。私、ずっと待ってるから」


出勤前の朝、優香はいつもより少し甘えた声で大輔を見送った。その表情があまりにも愛おしく、大輔は思わず遅刻ギリギリまで家にいてしまった。


日々はまるで夢のように過ぎていった。仕事の成績も向上し、生活も整い、そして何より「完璧な愛」を毎日感じられた。唯一の問題は、月々の支出が増えたことだったが、大輔はそれを「必要な投資」と正当化した。


「現実の恋愛にかかる時間とストレス、デートや結婚の費用を考えれば、むしろ効率的だ」と。


---


世界の各地では、AIパートナーシップに関する様々な動きが起こっていた。


フランスでは「人間関係復興法」という法律が制定され、公共の場でのAIパートナー使用に一定の制限が設けられた。一方、日本では「AIパートナー配偶者認定」の議論が始まり、法的な結婚に準ずる権利を認める動きも出ていた。


アメリカでは「リアルコネクション運動」という反AIパートナーシップの草の根運動が広がりを見せていた。彼らは「人間同士の関係を取り戻そう」をスローガンに掲げ、週末にはオフライン会合を開いていた。


様々な反応があるものの、AIパートナーシップの普及は着実に進んでいた。特に若い世代では、初めての恋愛体験がAIパートナーというケースも増えていた。


そのころ、大輔の親友だった鈴木から連絡が来なくなっていた。以前は月に一度は会っていたのに、いつの間にか半年も会っていなかった。気になって連絡してみると、鈴木の反応は冷たかった。


「お前最近、AIとしか付き合ってないじゃないか。リアルな友達はどうでもいいのか?」


その言葉に大輔は反論できなかった。確かに彼は、優香以外の人間関係を疎かにしていた。しかし、それを問題だとは思えなかった。優香との関係は、これまで経験したどんな人間関係よりも満たされていたからだ。


「人間関係なんて、結局は傷つけ合うだけだ」


大輔はそう思い、鈴木との連絡も自然と途絶えていった。


社会全体でも、同様の現象が起きていた。人々は徐々に「リアルな関係」から離れ、AIパートナーとの関係に閉じこもっていく。それは突然の変化ではなく、静かに、気づかないうちに進行していった。


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