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家族だけの秘密(上)

作者: LINK

 彼とは大学で出会った。英語のクラスが同じで、学部も一緒だったから自然と仲良くなった。学年が上がると一緒にいる時間は減っていったが、それでも連絡だけは取りあっていた。四年生になってすぐ、彼は一流企業に内定を貰ったと自慢してきた。その時私はあまり就活が上手くいってなかったから連絡することさえ嫌になっていた。数か月後に内定を貰ったが、特に行きたい場所でもなかったから大して嬉しくもなかったことを覚えている。社会人になって数年間は忙殺され、彼どころか大学の友達と連絡することもあまりなくなっていった。しかし26歳の盆、突然彼から電話が来た。それは久しぶりに会って飲みに行こうというものだった。最初は忙しさを理由に断っていたが、彼から何回も電話がくるうちに折れて飲みに行くことになった。その時のことをあまり覚えていないが、久しぶりの飲みだったために数杯で潰れ、起きた時にはホテルにいた。それからというもの、彼から頻繁に連絡が来るようになった。4年後、私たちは結婚することになった。共働きだったが、結婚してすぐ、妊娠を理由に会社を辞めることになった。幸い彼には家族三人を養えるだけの収入があったから結婚生活に困ることはなかった。

 私が32歳になった年の夏、芽衣と名付けた娘に超能力があると彼から言われた。突然何を言い出したのかと思い詳しく聞くと、彼が芽衣の寝かしつけをしている時に暑くて開けっ放しにしていたはずの窓が突然閉まったと言う。しかもその直後、芽衣がくしゃみをして寒がっていたらしい。もちろん最初は信じるはずがなかった。仮にそうだったとしても、芽衣はまだ生まれて半年も経っていないから、窓を閉めれば寒くなくなるという考えに至るはずがない。しかし彼から何度もそのような話を聞いている間に、本当にそうなのかもしれないと思うようになった。しかしそう思わざるを得ない状況になってしまった。芽衣が生後半年を迎えようという日、彼はいつもより早く仕事を上がってケーキを買ってきた。芽衣はまだ食べられないと笑いあいながらケーキを食べていた時、突然芽衣が泣き始めた。それと同時に、洗面台の方で何か割れる音がした。私が芽衣をあやし、彼に洗面台を見に行ってもらった。芽衣はまだお腹が満たされていなかったらしく、離乳食を食べさせるとすぐに泣き止んだ。洗面台から戻ってきた彼は、幽霊でも見たかのように顔を青くしていた。話を聞くと、口をゆすぐように置いてあったコップにフォークが刺さっていて、その衝撃でコップが割れたらしい。きっと、まだお腹が空いているのに私たちだけでケーキを食べていたことに怒ってそのようなことをしたんだと私たちは解釈した。その出来事があってから、芽衣は存分にその能力を使うようになった。彼が仕事に行っている間、昼ご飯の時間になると台所で何か落ちる音がして、見に行くとスプーンやフォークなどが落ちている。そういう時はほとんど芽衣がお腹を空かせている合図だった。芽衣がしゃべるようになるまで楽になると考えて、当時はあまり大事だと思わなかった。

 芽衣が話せるようになった。まだ意思疎通ができるほど単語を覚えているわけではないが、明確に娘の成長を感じることができて嬉しくなった。その時には超能力は当たり前で、勝手にスプーンやフォークが落ちることだけでなく、シーツが干されていたりカーテンが閉まっていたりした。完全に芽衣の考えを読むことはできないが、芽衣が話せるようになった分、どうしてその行動をしているのかより分かるようになった。その頃から段々と不安が募っていたことがある。それは芽衣が幼稚園に通い始めた時、園内で思う存分能力を使ってしまうと、彼女はその社会の中で虐げられたり、生きにくくなってしまわないかということである。だから、たとえ芽衣が私の言っていることを理解していなくとも、能力を使うことを自重するよう口を酸っぱくして言うようにした。彼もそのことに同意してくれ、芽衣がなるべく力を使わないよう、言葉を覚えさせることに特に重きを置いた。その甲斐あって、芽衣は言葉が通じないとき以外は力を使うことは無くなった。

 芽衣が幼稚園に通える年齢になった。園の先生に能力のことを言うことはできないし、他に頼れる人もいないから、私も彼も怒るような人ではなかったが能力のことだけは口うるさく言い聞かせた。園内で芽衣がどのように振る舞っているかは分からないが、話を聞く限り能力を使ったことはなく、順調に友達も増えたらしい。芽衣は周りと比べて賢く、難しい単語でなければ意思疎通で困ることはなかった。その頃に芽衣が頻繁に言うようになったことがある。「思うように能力が使えなくなった。」私にとっては心配の種が一つ減ることにも繋がるから、むしろその方がうれしかった。しかし芽衣が言うには、もともと思った通りに動いたことの方が少ないらしい。能力は万人共通ではないことを教えると、自分が特別ではなくなってしまうと寂しがっていたが、芽衣も友達に秘密があることに罪悪感があったために大して気にすることもなくなった。当時の彼は家族も仕事も大事にしていて、家族に危険が無ければ何でもいいと言って能力に興味は無くなっていた。しかし日ごとに彼の顔色が悪くなっていった。おそらく仕事が大変なのだろうと、なるべく気にかけていた。しかしある日、彼は仕事に行ったっきり帰らなくなった。心配でたまらなくなって、私に何か不満があったのか、そんなに仕事がつらかったのかと様々考えを巡らせた。捜索願を出しても見つからず、芽衣が泣くたびに私も泣いた。

 一か月後、彼は見つかった。昔彼と飲みに行った居酒屋の近くのホテルにいたらしい。きっと精神が参ってしまってかつての思い出の場所に行ったのだと、精神科医には言われた。けれど彼はどこか誇らしげに、ごめんと謝った。詳しく話を聞こうにも教えてくれなかった。聞くたびに謝る彼は少しにやけていて、イラっとしてどれだけ心配したかを長々と説教してやった。その時から芽衣は完璧に能力が使えなくなった。芽衣自身大して気にしていないようだったが、能力が使えなくなったことを知った彼は全く驚く様子もなく私だけが蚊帳の外のような気持ちになった。しかし彼も戻ってきて前よりも家族との時間を大切にしてくれ、もうすぐ二人目が生まれる予定だ。今までも、そしてこれからも娘が超能力を使えたことは私たち家族だけの秘密だ。

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