ダウン・トゥ・アース②
<本編>
舞月朔太郎は、心底辟易していた。何にか。それは、黒の神として過ごす生活に、である。
言ってしまえば、人間でいえば社会人生活がずっと続く様なものである。定年退職後や老後の安定して落ち着いた生活もなく、生活は代わり映えしない。人間関係も変わらない。別に休暇が無いわけではないが、それにしてもどこまでも仕事が付きまとう生活。
目標もゴールもない生活を過ごすうちに、舞月は何のために生活しているのか分からなくなってしまった。気が狂いそうだ。
更に、適当に過ごすには地獄の副ボスとしての責任は重いし、正直手に余る。それらの事に、すっかり、疲れ果ててしまった。
世元のテーブルの正面に手をついて体重をかけた舞月は、こう言う。
「あのな、界司。オレ、黒の神辞めようと思んだよな」
「ア??」
世元は、聞き間違いか?と思った。
「なんだ?よく聞こえなかったな。もう一度言え」
世元は流石に聞き間違いであって欲しいと思いながら、圧をかける。神の王の圧である、生半可ではない。空気が数トン重くなったのではないかと錯覚させる。
「だから、オレは黒の神を辞める、っつってんだ」
しかし億さず世元に正面切って、辞職を宣言する舞月。親密さと立場が他とは違うのだ、この程度でもどの程度でも恐れはしない。
「意味が分からない。理由を言え」
「黒の神として生きるのに疲れた。そんだけ」
「横暴だろ。神だぞ?辞めていいと思ってるのか?」
空気に電流が走ったかのようにピリつく。
「辞めていいかどうか決めんのはトップのオレらだろ?お前が辞めていいって言ってくれりゃ辞められんだよ」
「じゃあ駄目だ。神としての責任を果たせ」
「はーァ??意味わかんねぇ、んでダメなんだよ」
「神だからだ。神は神としての仕事を果たすべきだ」
世元は頑なだった。正直、焦っていて上手い理由が見つからなかったのだ。舞月が黒の神をやめるなんて、聞いていない。そんな寂しいこと、耐えられるはずが無い。片割れのようなものなのに。それが本音であった。
「オレ元人間だぞ??お前分かんねぇのか?ずっと神として仕事する事の辛さ!」
「分からんな。俺はこの生活を辛いと思ったことは無い。俺は生まれた時から神だからだ。とにかくダメだ、この話は終わりだ」
「勝手に終わらしてんじゃねーよ、ダメっつっても勝手に辞めるからな」
「だから横暴だと言ってるだろ!!!何度言えばわかる、朔、お前は神をやめたらいけない!!」
世元は声を荒らげて、怒鳴った。
「アァ!?お前は!初めから神だったから人間の気持ちなんて分からないだろッ。だから感覚が違ぇんだよいい加減にしろ!!お前こそ神なんて辞めちまえ!!人間に生まれ変わって同じ気持ちを味わえ!!」
舞月も呼応するように声を荒らげる。プッチンときた舞月は論理の飛躍した話を始めた。
「あ"ぁッ!?いいぞ、お前がそこまで言うなら辞めてやる神なんて!神だった頃の記憶も無しで、人間として生きてやるっ!!」
それに乗っかってしまうのが世元である。人間として生きる、すなわち100年のボーナスタイムの追加である。
世元のブチ切れ顔には迫力がある。怒っている鷹とか鮫とか雷雨とかアスペラトゥス波状雲みたいで、世界の終末を感じさせる。しかし舞月も同じくブチギレているし、怒る世元には慣れているし、位も高いからビビらない。
「それだけじゃ足りねぇよ!!心の底から神を辞めたい、なりたくないと思わねぇと駄目!!」
「はぁ!?」
世元は思わず驚いた顔をした。
「なんだそれ、生まれ変わっても無理だろ」
「そこは親に育て方をどうこうして貰えばいいだろ」
「はぁ…まぁ…それもそうだが」
世元は片手で頭を抱えた。頭が痛そうな顔をする。舞月は、なんとなく不服そうな顔をしている。思い通りにいくのか不安なのだ。
「…分かった。その方針で行ってやる。だが、俺が人間に生まれ変わっても意見が変わらなかったら、どうするつもりだ?」
「人間のお前を殴って従わせる」
舞月は迷わずそう言った。若干脳筋である。女子供には優しさのある男なのだが。
「全く横暴だなお前は。」
世元は仕方なさそうにため息を吐いた。だが、そこも嫌いでは無いのだ。
「お前に対してだけだっつーの」
「そうでもないだろ。…まぁ、いいが」
なんとなく嬉しさを感じてしまうのが悔しいが、ともかく方針は決まった。
1度人間に転生したことはあったが、その時は神としての記憶はあり、ある程度神としての仕事もしていた。それと違って、今回は神としての記憶はなし。正真正銘、人間として生きるのである。
そうして、世元の人生2度目の人間生活が幕を開ける。
〜〜~
「もう一度確かめるが、いいのか、世界殿。」
「構わない。朔との約束だからな。」
「貴方様が良いのであれば我々も構わないのであるが…。では、始めましょうぞ」
「ん」
話すのは、転生の神(ep.1と同じ)である。世元に呼ばれて、アストラルティア・セレステリア(ルツェルンのある星の天界)にやってきたのだ。
「では、約束事を確認しますぞ。まず、貴方様は神としての記憶を忘れて人間に転生し、人間としての生を知る。そしてどこかしらで、なんらかのきっかけに神の頃の記憶を思い出し、神として生きなければならない事を知る。そうして、嫌々ながら神としての仕事に就くことになり、舞月殿の気持ちを知る」
「あぁ、それで構わない。ところで、親はどんな人だ?」
「母親は、息子のことを溺愛するが、躾はしっかりする人である。それから、父親は仕事に励みつつ妻を愛し、子の世話もする人である。簡単に言えば、いい夫婦ですぞ。まぁ、会ってからのお楽しみでございましょう」
「そうだな。麗子は少し過去に行って、俺の年上になって生まれているんだよな?」
「左様にございます」
「よし、なら離れ離れにはならないな。では、行くとするか。」
大きな複雑な魔法陣の中心に、世元が立つ。
転生の神が両手を広げ、神力を込めて詠唱を始める。
「"我こそは転生を司る者。古き螺旋の因果を断ちちぎり、新しき世界の扉を開かん。未踏の未来へ、汝は覚醒する!魂よ、宿命を超え、更なる光を掴み、生まれ変われ!!転生!!"」
世元の体が発光して、光る粒子になる。
そうして世元は転生を果たし、無事親の胎の中に収まった。
〜〜~
<The brith on earth>
世元の親とは、一体どんな人なのか。
「おぎゃー!おぎゃー!」
「は、うま、れた…」
「ようやった、ようやったわ鈴…!!」
そう、鈴と秋斗である。2人も人間に転生してきたのだ。
〜〜~
親は誰になるのかと神々を集めて議論された時、真っ先に手を挙げたのは鈴であった。
「私に世界さんの母親をやらせて下さい!!お願いします!!」
土下座しないばかりの勢いで頭を下げるものだから、皆驚いていた。
「お、おぉ。まぁ世界産んで育てたいなんて言える肝の据わった女、お前くらいしかいねぇわ。うん、鈴で決定。相手もいるし」
「異議なし」
「やったぁ!!!秋斗さん、勝ち取りました!!」
「おぉ、やったなぁ!鈴が嬉しいならワイも嬉しいわぁ」
ゼウスと白越の決定で、鈴は世元の母親になることが決定した。
〜〜~
推しを育てるという大義を任された鈴は、しかし肝の据わった女で、億さずその瞬間を待ちわびた。普通、緊張して吐いたり頭痛がしたりなどの体調不良を訴えるはずである。悪阻はあったが、それはなかった。
そも、出産というのも股が物理的に裂けはさみで切られ、あの小さな穴から赤ん坊の体を出すという激痛の中の出来事。まずそれが怖くて当たり前である。死ぬかもしれない、命懸けの出産に鈴は1人の母として挑むのだ。しかも産むのは大好きな世元。責任重大である。
出産当日。
子宮口はまだ5cm。産むには早い。しかし激しい本陣痛が鈴を襲う。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「頑張りや、鈴!!あとちょっとやで」
秋斗の手を痛いほど握る鈴。鈴ってこんな強い力出せたのか、と思うほど強い力であった。
鬼気迫る顔で痛みに耐える。ラマーズ法の呼吸法で、必死に痛みを逃がす。
「子宮口10cm!鈴さん、いきんでください!」
「うぅ〜、う"ーん!!」
「頑張れ鈴!もうすぐ産まれるで!!」
(分かってます、産んでるの私なので!!)
そう思ったが痛すぎて唸り声しか出ない。無駄にイラついてもくるので当たりたかったが叶わず。
いきみの波がきた。
「ん"ー!!!あ"ーっ」
「頭出ました!そのままいきんでください!」
「う"ーっ」
どゅるん
「おぎゃー!!!」
「産まれましたよ!!」
「は、うま、れた…」
「ようやった、ようやったわ鈴…!!」
「元気な男の子です。この子はやんちゃそうですね!」
「は、は、看護師ってそんなこともわかるんですね…エスパーみたい」
「抱いてあげてください」
「はい…」
腕の中に小さな命が一つあり。私が産んだんだ。世界さんを。神々の王を。
「幸せにしますからね…」
ありったけの愛情を注いで、必ず幸せにしてみせる。そう、固く決意した。いつか絶望に打ちひしがれるその日すら、乗り越えられるように。
「ワイも頑張るわ。鈴は2ヶ月くらいはゆっくりしいや。」
「ありがとうございます。育児以外はできるだけ休みますね。」
「おう、好きなだけ休みや」
秋斗も仕事に育児と家事と大変になるが、鈴の体と界司の体が大事である。ここが頑張りどころだ。
「名前は決まっているんですか?」
「はい、世界を司る、界司と」
「素敵な名前ですね!きっと大きな子に育ちますよ」
「はい。大変なことも多いと思うんですけど…それも耐えられるくらい愛で支えたいです」
「素敵ですね。皆様の幸せをお祈りしています!」
鈴は愛おしいものを見る目で界司を見つめる。羊水で濡れた黒髪、まだ開かない瞳、幸せを握った手。そっとキスを落とし、優しく抱きしめた。
〜〜~
<日常>
早いもので、界司は高校生になった。勉強が良くできるので、地元の進学校に主席で入学した。入学式の挨拶もした。しっとりとゆっくり落ち着いた声で話す界司は支配者のオーラがした。そして何人もの人が被支配者堕ちしたのだ。
挨拶を聞く鈴は、
(カッコイイ!!カッコイイです界司!!圧倒的支配者!我らが王!尊い…!あぁ、よくここまで育ってくれましたね…。あ、涙が)
と、母としての気持ちと推す者としての気持ちを混ぜこぜにしながらポロリと涙を流していた。
界司は少し変わり者だったが、持ち前のカリスマ性でその不思議さは箔に塗り替えられ、独特なオーラで畏敬の念を抱かれていた。ファンクラブもできるくらいであった。
「ファンクラブを作りたい?あぁ、それなら3年の麗子さんが1番最初に作ってるから、それに入るといい。2番目から入るんだな。管理は麗子さんに聞いてくれ」
麗子はこの時高校三年生だったので、界司とは2歳差であった。この時既に2人は恋仲にある。幼なじみで、会話が出来るようになったあたりには2人は婚約をしていた。所謂、大人になったら結婚しよーね、というやつである。
麗子は、
(麗子さんだって〜!くすくす、かわいい〜♡)
と思いながらいつも名前を呼ばれていた。
部活動には所属せず、生徒会に入った。界司は生徒会長になる道が定まっているようなものだ。
そこそこ勉強も頑張って、青春もそこそこして、平和で楽しい高校生活を送っていた。
「腕相撲しようぜー!界司!」
「いいぞ」
「ヤッター!」
「ふん、俺と戦えることを光栄に思え」
「お前ってほんとおもしれーな!たかが腕相撲だぜ?」
魂こそ世元界司なので尊大な態度は染み付いているらしい。でも良き友に恵まれた界司は、冷笑や虐めといったものに関わらず、ここまで生きてこれた。
「レディ、ファイ!っあ!」
ダン!!
「俺の勝ちだな」
「つえー界司!!お前力強いもんな!!」
ニヤリと赤い目を弓なりにする界司。その色気に、見守っていたファンの女子はクラりときてふらついていた。
界司はよく告白される。麗子と付き合っていることは公言しているのだが、それでもワンチャンを狙ってくる女子が後を絶たない。
バレンタインにはあまりのファンの多さに下駄箱には到底入らなそうだったので、界司が態々、放課後に教室でまとめて受け取ると広めておいたのだ。クラスと名前も書いておくように言っておいた。お返しする時に使うのと、なにか変なものを入れる気が起きないように。
お菓子の回収を終え、服屋さんで貰えるいちばん大きいサイズの紙袋をいくつも持って疲れ気味の界司の顔を、麗子は心配そうに覗き込む。牽制の為に麗子はずっと隣にいて手を繋いでいたのだ。
「大丈夫?」
「あぁ…疲れた。これ、お返しした方がいいよな?手作りだと大変だな…。」
「チロルチョコとかでいいんだよ!それかチョコパイとか!」
「そうか。まぁあいつらに俺の手作りは身に余るよな。適当に菓子を見繕うか。」
「うん。でも、嫉妬しちゃうなー。こんなにモテモテだと!」
「何言ってる。俺には貴方だけだ、麗子さん。他に目移りすることなんて絶対ない。例え記憶が消えたとしても貴方を選ぶだろうな」
「ふふ、そうだね。」
(その通りだよ)
麗子はほくそ笑む。現に、神としての記憶が消えた今も麗子と付き合っているのだから。
また、麗子と界司のカップリングを推している人も少なくなかった。それは善良なファンだった。
男子に告白されたこともあった。その子は、陰キャでネチャついた、メガネの、にきび面のあまり身長の高くない男の子だった。世元は根から人間を愛しているのでなんとも思わないが、少し気持ち悪い男の子である。
「でゅふ、界司きゅんの〇〇を〇〇して、あんなことやこんなことをしたいでふゅ…!」
「はぁ?なんだお前気持ち悪い。そういう事はあまり人に言うべきじゃないぞ。断る。」
「…は、はぁ!?ボキの理想の界司きゅんはそんなこと言わない…!偽物だ!!」
男の子は界司に殴りかかった。それを軽くいなして、足をかけて転けさせる。
教室の中に入って、先生を呼んだ。
「先生」
「どうしました?世元さん」
「〇〇くんが僕に告白した後殴りかかってきました」
「はい!?怪我は!?」
「ないです。彼に指導をお願いします」
「分かりました、厳重に言っておきます。世元さんも、気をつけて下さいね。」
ちなみに苗字だが、地球担当の神が介入して特別に苗字を世元に変えた。やはり界司の苗字は世元でないといけない。
そんな日常を送っていたのだった。
〜〜~




