Abyssus abyssum invocat(地獄は地獄を呼ぶ)①
なんかカッコイイラテン語を見つけたのでタイトルにしてみました。タイトルの読み方は、アビュッスス・アビュッスム・インウォカト、です。
後日。家に帰って、また一日を過ごして布団から起きた。昨日は家に引きこもっていたのだ。テレビを見たり本を読んだりしながら過ごしていた。
(なんか今日気分沈むな…)
なんだか今日は気分が沈む。朝から泣きそうだ。
暗い顔をして、光の届かない深海色の目をしてピンクの掛け布団を見つめていた。沈鬱である。
時計を見る。9時。どうやらいつもより寝すぎたらしい。
(とりあえず朝ごはん食べよう…)
扉を開けて、リビングに出る。テーブルには既にご飯が置いてあった。他の皆はもう食べて仕事に行ったようだ。
「おはようございます、シュナ様。ご飯温めますね」
「ありがとう、アスモデウス」
朝ごはんはホットサンドらしい。あとオニオンスープとサラダ。サラダにはベーコンとクルトンが乗っていて、シーザードレッシングがかかっている。
「中身なに〜?」
「照り焼きとハムチーズ、卵です」
「美味しそう」
シュナは陰の差した柔らかな笑みを浮かべて、ナイフとフォークを持って待った。
「出来ました。お召し上がりください」
「ありがとう!いただきます」
「…本日は気分が宜しくないようですね。ご予定は?」
「うーん、誰かの所遊びに行こうかな。予定ないけど」
「畏まりました。お楽しみくださいませ」
もくもく、もぐもぐとホットサンドを食べる。とろけたチーズ、甘い照り焼き、ふわふわの卵。美味しいご飯を食べるとなんとなくエネルギーが湧いてくる。でも、気分は陰鬱なままだ。
「美味しい〜」
「それは良かったです」
…もくもく、もぐもぐ、イェッイェッ。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
洗い物も任せて、部屋に戻る。服を決めよう。
今日は寒の戻りで少し冷える。ウシャンカを被ろう。
上は水色で袖に白いリボンが編まれたトレーナー。インナーにレースのトップスを着る。下は白のシフォンミニスカートを履こう。レースの靴下と白いスニーカーを履く。
白みピンクの、いちごみるくのようなメイクをする。スノーピンクのグリッターを涙袋に塗った。
めんどくさいなと思ったが、折角遊ぶので髪の毛もお下げにした。水色のリボンを付けて、前髪も巻く。
「うん、かわいい」
鬱々とした気分はともかく、シュナは可愛さに自信があった。今日も私はかわいい。自己肯定感爆上がりんりんって感じだ。
梅の花の香りの香水を振る。もう梅の花も散ってきたが、まだぎりぎり季節だろうということでこの香りにした。甘くて爽やかな香りに心を満たされる。
カバンを持って、外に出た。
「まぶし…」
無意味に空は晴れている。果てしなく広がる空の空虚さが虚しかった。胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。
でもアポロンの象徴する太陽は、いつ見ても心が温まるものだった。好きな人が常に見守ってくれているような気持ちだ。幸せを感じた。
私はとりあえず天界に行った。天界の私のお家に行ってみる。
「いらっしゃーい!どうしたの?」
「スマホ使いたいなと思って…」
「ふーん、ゆっくりしてってねー!」
シュナの分身に温かく迎えられて、部屋に入る。コタツはまだ片付けてないらしい。まだ寒の戻りがあるからね。
スマホを出して、自撮りをした。ぴえんの自撮り。イヌスタグラムに適当な文章と一緒に投稿する。
"今日はちょっとブルーな気持ち(. . `)誰かと遊ぼうと思うよ〜!朝ごはんはホットサンド!美味しかった♡"
朝ごはんの写真も載せておいた。因みにフォロワーは4万人くらいいる。結構人気が出ていて、天界でもグッズとか写真集とか出そうかなと思った。
アプリを出して、世界さんにメッセージを送る。
「なんか今日気分沈むんだけどさ、誰かと話せたりしない?アポロンお仕事中なんだよね。だれか今日休みの人いないかなぁ?」
まぁ多分世界さんもお仕事中なので、今日お仕事のないお友達を斡旋してくれたらいいなと思ったのだ。
すぐメッセージが返ってきた。世界さんはメッセージの返信が早くて助かる。
「それなら朔と話したらどうだ?あいつはいつもスローライフを送っているからな」
「あ!いいねそれ。連絡先教えてくれない?」
「これだ。URL」
「ありがとう!」
ということで舞月と連絡をとった。
どうやら暇してるらしい。
「家来る?」と言われたので「じゃあ行く!」と軽く返事をした。
ヒヤッと嫌な予感がする。なんだろう?
「どうしたの?」
「いや、なんか嫌な予感がして…大丈夫かな」
「まぁ大丈夫なんじゃない?遊ぶ相手決まって良かったね!楽しんできなよ〜」
「う、うん!楽しんでくるね」
手ぶらで行くのはなんなので、天界のお菓子屋さんでカステラを買っていった。
私は転移門で舞月の家に行った。
リーン
独特なインターフォンの音が鳴る。舞月の家は和洋折衷の家だ。渋い深緑色の壁に、木のデザインがあしらわれている。
「いらっしゃい。ゆっくりしてけな」
「ありがとう!お邪魔します」
内装はクリーム色の壁に、焦げ茶の木のデザイン。扉は障子だ。廊下には行灯が置いてあってお洒落である。
リビングの天井には和紙で出来た丸い照明が吊るされている。茶色い革張りのソファが低い机の前に置いてある。
「これ手土産ね!カステラ」
「あ。ありがとう。じゃあお茶淹れてくるな」
キッチンでお茶を淹れながら舞月朔太郎は考える。
(俺達会ったの1回きりだよな??なんで家で遊んでるんだ?小学生か??仲良くなるの早すぎだろ)
正直人見知りの舞月には荷が重い、フッ軽根明のシュナの相手など。
しかし舞月は女子供には優しい。長い間神をしている自分から見ればぴよぴよのシュナの遊び相手くらいしてあげても構わない。
あと舞月は甘いものが好きなので、カステラを持ってきてくれたシュナは好印象である。因みに好きな食べ物はプリンである。
「どぉぞ」
「ありがとう!いただきます」
陶器の湯呑みに煎茶が入る。カステラのザラメのカリカリした食感と甘みが美味しい。カステラ自体のふわふわした甘みも好きだが、下のザラメに注目してしまうのは、シュナだけだろうか。
「…何して遊ぶ?」
「おハナシ!」
「おハナシ…うん。おハナシね。何話そうか」
「あのね…実はしたいおハナシがあって。いい?」
「おぉ、どうぞどうぞ…」
なんとなく幼稚園児を相手取ってるような気分になりながら、舞月はシュナの相手をする。
「この間戦った、パールなんだけど。私の分身で、あの子が私の部下の悪魔と、友達の天使と他の分身を殺したの。もう生き返らせたんだけど、そのショックがなくならなくて」
「おぉ…」
(思ったより重いおハナシが来たな…)
幼稚園児がする話ではなさそうである。舞月は思案する。どう励ますのが正解だろうか…。
「…オレも仲間殺したことあるから、仲間が死ぬ気持ちは分かるよ」
「…そうなの?」
「あぁ、そいつが裏切って寝返ったんだ。裏切り者には制裁を加えなきゃいけねぇ。俺はあいつを殺して地獄に落とした。その時のあいつの顔、今でも覚えてるよ。後悔してるような顔だった。怯えてて、可哀想だったけど許せなかったよ。こっちも仕事…お仕事だったから」
舞月は幼稚園児に話しかける気持ちで、言い直した。
「そうなんだ…。大変だったんだね」
「お前もな。辛いだろ。好きなだけ泣いてったらいい」
「舞月は泣かなかったの?」
「いや、まぁ…オレはそこそこ泣きやすいやつだから…まぁ…悔しくて泣いたな。どうしてコイツの心を守ってやれなかったんだろう、って思って。でも俺は殺る時は殺るからさ、冷酷に。それでこそ黒の神だろ?もう引退したけど」
シュナはなんとなく、舞月のこの情に厚い所とか、やる時はやる所とかが人を惹きつけたのかもしれないなと思った。シュナは話を聞いているうちに感情移入してしまって、涙目だった。パールに殺された子達の事もどんどん想起してきて、涙が止まらなくなる。
「確かにね。カッコイイね。ぐすん」
「あんがと。殺したこと自体は悔やんでねぇ。でも悲しかったな、裏切られたって知った時は。…って、俺の話ばっかじゃ仕方ないだろ、お前も話したいことあれば話せよ」
「うん…。本当に、な、涙が。止まらなくて。隣で話してくれるの、助かるよ。ありがとう。でも、生き返らせれて、よかった、私、神様でよかった…。」
神になったから出来た縁だったが、神で良かったと心の底から思った。
大切な人を喪う悲しみというのは、人間である限り乗り越えなければならなかった。しかし神になったシュナはそれを気にしなくて良くなったのだ。まぁ相手が延命を望むかどうかという問題はあるが…。少なくとも殺された時には、生き返らせることができる。大切な人を喪わずに済むというのは、シュナの心に大きな安心を齎した。
そんな事を考えつつ、シュナの心のひび割れは硝子の様な音色で室内に零れた。
舞月はそっとティッシュを渡す。柔らかくて高級なやつを使っている。アザラシが印刷されてるやつを、マカッサルエボニー(縞黒檀)で出来たティッシュケースに入れている。旅行した時に買ったのだ。
「すん…すん…」
「煎茶、お代わりいるか?」
「お願いします"…」
舞月に出来ることは、お茶のお代わりを淹れることくらいであった。別に女性を励ました経験が無いわけではないが、器用な立ちでもない。どちらかというと男と男のぶつかり合いとかを好む方なので、繊細な女子の、花の乙女の手入れの仕方はいまいち知悉しないのである。
「…手合わせでもするか?」
「て、手合わせ…!?」
「アッ、違ったか…?運動したらすっきりするかもしれないと思ったけど」
結局舞月の励まし方はそういう方向に転がるのである。これが世元であったならば、ちょっと荒廃した土地で本気で殴り合うだけで励ませるのだが。男ってそういう生き物である。
「うーん…なんか美味しいお菓子とかないの?」
「ぶっ、人の家に来てお菓子を奪ってくヤツいる?しかもまともな対面2回目だし…。ちょっと待ってよ、オレのオキニのプリン持ってくるからさ」
やっぱり落ち込む女の子には甘いものだと相場が決まっているのだ。決して殴り合いで励ます訳では無い。アマゾネスじゃないんだから。
しかしなんだかんだ優しいのが舞月朔太郎であった。オキニのプリンを分け与えて済度するなんて、慈悲の塊である。まぁ泣いている女の子には殊更優しくするのだ。
因みにそのプリンは1個5000円近くする超高級抹茶プリンなのだが、シュナはその事を知らない。優しいおにーさんがくれた、甘さ控えめの上品な味わいの抹茶プリン。傷ついた心に染みる思い出の味になったことだろう。
「美味しい…!ありがとう、舞月!」
「良かった良かった。女の子泣かせとくのも罪悪感があるからな。出来ることがあってよかったわ」
「優しいんだね、舞月!」
「まぁね」
舞月もプリンをつつきながら、煎茶を飲んで口の中を湿らす。
「で、手合わせするか?」
「好きなんだね、手合わせ…。私弱いよ?」
「じゃあ稽古つけてやるよ」
「じゃあお願いしようかな…!」
抹茶プリンを食べた後は、軽く運動することにした。
なんとなくアポロンもスマートに書けなかったし、舞月も陰キャ臭いのは、私が人生経験が少なく陰キャだからなんでしょう。悲しい…。センスを求めます…。




