事件のその後③
夜が明けたルツェルンの空は、雪雲こそあれど晴れていた。降り積った雪が、前夜の降雪を示していた。
シュナとアポロンは、転移門でとりあえず天界の家に行った。廊下を歩いていると、トイレの前に1つ死体がある。
「…」
シュナは泣きそうな顔をしながら、それを治して生き返らせた。アポロンは隣で手を繋いでくれていた。大きな手とその温もりが心の支えになっていた。
廊下は寒かった。こんなところに放置されて、嫌だっただろう。気持ちを考えると、心が痛む。いたたまれない。
分身がムクリと起きる。
「あれ…これどういう状況…?サタナ!」
(はい。かくかくしかじかです)
「えぇっ私殺されてたの!?あ!リーダー!生き返らせてくれてありがとう!手伝う?」
「うん、お願い」
シュナは心底心痛という顔をしていた。生き返った分身は案外ピンピンしているが。
その後、各部屋を回って生き返らせた。アルマロスを生き返らせる時が、1番胸が苦しかった。他は分身だが、彼女だけは魂を持って生きた天使である。巻き込んでしまったことも、1度死なせたことも申し訳なかった。
各部屋の血も神力で掃除した。もう天界の家に、事件の跡はない。シュナの心にだけは、深い傷が残ったが。
「パールのお墓、ホアフロスト島の東海岸にあるから良かったら行ってあげてね」
「うん!また行くよ〜」
「じゃ、私は下界の方に行くね」
「またねー!」
シュナはアポロンと一緒に下界の家に行った。
アスモデウスがリビングに鎖に繋がれたまま座っていた。隣にはメアリーもいる。
「あ!ただいま。鎖解くね」
「おかえりなさいませ、我が君。あの後どうなったのです?」
「かくかくしかじかだったよ」
「左様ですか。奴は死んだのですね。…我が君、泣きそうな顔をしております。お辛いでしょうに」
「辛いけど…うん…。ちょっと引きこもりたいかな…」
「承知いたしました。食事などはこちらにお任せください」
鎖を神力で消して、アスモデウスは軽く体を伸ばしながら話した。
「我が君は大丈夫だったのですか?」
「あぁうん、ついた傷とかは生まれ変わった時に全部無くなったから。パールを統合した後だったから治せたんだね」
「左様ですか。今夜はゆっくりおやすみくださいませ。今カモミールティーを入れてまいります」
「うん、ありがとう」
まず、損傷した家の中を神力で完璧に直した。早く悪魔達を治してあげたかったが、階段の部分も損傷していたので、上に上がるためには先に直す必要があったのだ。
上の階に上がって、部屋を1つずつ開けていく。
まずはパイモン。例に漏れず、首を切られて死んでた。
「ぐすっ、ぐす」
シュナは泣き出してしまって、アポロンが背中を摩っている。アポロンはシュナを泣かせた今はなきパールに激しい憎悪すら抱いたが、愛するシュナの分身ということもありやり場のない気持ちだった。これが赤の他人だったらどれ程残酷に拷問して地獄に叩き落としたことか分からない。
首をくっ付けて傷を治し、体を治して、生き返らせた。
パイモンは高い鼻からスーッと冷たい息を吸った。生き返ったと分かった。そのまま眠っている。
「…寝かせといてあげよう。まだ知らなくていいよ」
「そうだな。隣のヤツも生き返らせるか」
続いて、アリトン。この男は細マッチョなので、パイモンの隣にいてもパイモンに圧がかからなくていいかと思って隣になったのだ。他は大男なので。まぁ今更怖いなどとは思わないとは思うが。その辺は気遣いされていたのであった。
穏やかな死に顔だ。切られていることに気づいていない。
また、首の位置を戻して治して、体も治して生き返らせる。
アリトンは、目を覚ました。
「あれ、主様?なぜいらっしゃるのです?アポロンさんも」
「えっと…明日説明するね」
「は、はぁ。分かりました。もうすぐ朝のようですね。なぜか寝た気がしないのですが…まぁいいですね」
「うん。うん、ごめんね…ほんとに…」
「シュナ、お前が気に病むことじゃない。続きをやろう」
その後、アメイモン、オリエンスも同じように治した。
シュナも眠い目を擦り始めた。
「どうする、寝るか?」
「寝れるかな…アポロン一緒に寝てくれる?ペッド広いよ」
「別に狭かったとしても俺は嫌じゃねぇけど、シュナとくっつけるし。まぁじゃあ今夜は一緒に寝るか」
「うん、ありがとう。服そのままでいい?」
「あぁ、問題ねぇ。カモミールティー貰ったら寝ようぜ」
「うん…」
2人は下に降りて、カモミールティーをいただいた。フルーティーな味わい。温かくて、落ち着く。僅かな安らぎをシュナは感じた。
これで、シュナの心以外は元通りになった。
「ありがとう、アスモデウス。寝るね、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいませ。辛い時は頼ってくださいね」
「うん、ありがとう…」
アポロンと共にシュナの部屋に行く。シュナの部屋は1階である。
着替えるのも億劫だったので、神力でぱっとパジャマに着替えた。
「寝よっか」
「おう。おやすみ。子守唄でも歌うか?」
「子守唄…うん…私のプレイリストの曲歌って!」
「仰せのままに、お姫様。ちょっと転移門でリラとってくるな」
アポロンはシュナのスマホを唯理有にハッキングさせて同じ曲を聴いているので歌えるのだ。
アポロンの温かい腕の中で、アポロンの少し低い耳に馴染む声と柔らかいリラの音を聞きながら、シュナは眠ろうとした。リラの音も歌声も本当に上等で、柔らかく上品で、心に染入る音であった。流石は音楽の神様である。
突然、涙がぽろぽろと零れた。
「ひっく…うえーん」
「よしよし、生き返ったからもう大丈夫だからな。シュナは悪くない。ゆっくり休め」
「うん、ぐす」
アポロンの胸に涙を押し付けて、泣いた。分身が大切な人達を殺したことが、大切な人達が1度死んだことが、本当に悲しかったし罪悪感も酷かったのだ。
「私の分身がやったって知ったら皆嫌な気分になるよね…怒るよね…うぅーごめんなさい…」
「怒らねぇよ。今回のことはパールが悪いんだろ?怒られるなら俺が庇ってやる。明日、俺がいる時に皆に話せ。俺が守るから」
「ありがとう…でも死なせちゃったの悲しかったし申し訳なかったな…何度死んでも生き返らせるために頑張るけどさ…」
「そうだな。死んだら一緒に居られねぇからな」
「ふぅ、ぐす…」
そうして暫く涕泣していた。アポロンの胸元はびちゃびちゃになったが、アポロンは気にしなかった。寧ろ役得であった。パールは憎いが、好きな女を慰めさせてくれてありがとう、とすら思っていた。
「背中、とんとんして…」
「おう」
リラはサイドテーブルに置いておく。背中をトントンしてもらいながら、いい声の上手い子守唄を聴きながら、暖かいシュナは段々眠くなって、眠りについたのでした。
「…寝たか」
小さな声でアポロンは呟き、シュナを優しく抱きしめる。その身に余る苦痛と災難が降りかかったことだろう。どうか、その一部でも自分が担えればどれほど良かっただろうか。ただ傍で慰めることしかアポロンにはできないが、それでもシュナの気持ちが軽くなるならこの上ない喜びなのであった。
今日明日が休日でよかった。恋人の苦しい時に一緒にいられないなど、耐え難い苦痛である。もっとも、1番苦しいのはシュナだが。
そんな事を考えながら、うとうとする。シュナの涙をそっと指で拭い、目尻にキスをする。その後自分も寝たのだった。
〜〜~
次の日、皆を集めてテーブルに座る。洋食の朝食は、アポロンの分も用意されていた。
メニューは、フレンチトースト、ウィンナー、スクランブルエッグ、サラダ、ベーコン、チーズ、じゃがいものポタージュ。
アメイモンとメアリーが作った。朝から豪華なご飯を食べられる幸せを一同は甘受している。
「美味しそうだな。態々ありがとな」
「いいのです!アポロンさんにもお世話になってるのです」
「左様。これしきのこと」
メアリーはにこりと笑ってそう言った。アメイモンも同意する。
「…」
シュナは涙で腫らした目で、黙りこくって下を見ていた。
「「「…」」」
一同はシュナが話し出すのを静かに待っている。急かしはしない。
「ご、ご飯食べよっか…!」
ちょっと無理して歪な笑みを浮かべたシュナは、とりあえずそう言った。
「はいなのです!」
「「「いただきます!」」」
シュナは下を向いてご飯をフォークでつついた。あまり食欲が湧かないが、食べた方が精神も回復するだろう。大人しくご飯を食べ始めた。
温かいご飯を食べると、ホッとしてリラックスする。口も少し緩くなる気がした。
「えっとね…。実は…」
シュナは口ごもった後、ぽつぽつと話し出した。
「…ということなの。私の分身が迷惑かけてごめんなさい…私のせいなの…」
「だからシュナのせいじゃねぇよ」
「だけどさ…。…そうなのかなぁ…」
「あぁ、悪い、責めたかった訳じゃないんだ。悪いシュナ」
「いいよ…。皆は、どう思う?」
シュナは下を向いて垂れ下がった触覚の髪の毛の隙間から、涙目の青色をチラつかせ、皆の意見を伺う。
「俺としては、殺されたことは自分の弱さが原因だと思うから、シュナ様には怒ってねぇぜ!修行が足りなかったな!」
「同じく」
「そうですね。僕は、僕が殺されたこと以上に主様が悲しんでいることが心配です。衰弱していらっしゃるでしょう?」
「そうですわよ、私達はシュナ様が無事ならそれでいいのですわ。寝てる間に済んだ話だし、ショックはそんなに大きくないんですの」
「そもそも俺らは悪魔だぜ、戦闘も殺されかけたりするのも慣れてるからな!」
皆優しくて、温情に溢れていた。殺されたことを自分が原因と言うばっかりか、シュナの心配までしてくれる。
悪魔達4人はこう言ってくれたが、アスモデウスはどうだろう。その精巧な顔の眉根を寄せて、口元に手を添えていた。何か言いたげである。
「ありがとう。…アスモデウスは?」
「そうですね…。戦闘した事については別にいいのですが…。実際に対応した私としての意見ですが、至上の神とやらがパールに指示した真犯人なのではないでしょうか?」
「あっ…確かにそんな事も言ってたね」
そういえば、パールはやけに至上の神とやらに固執していた。
「あぁ、至上の神と言えば、世界さんがパールは精神支配を受けていたっていってたぞ。シュナが壊れてた時に」
「えっ、そうなの!?じゃあパールは至上の神に精神支配を受けてて、それで皆を攻撃したってこと?」
「そうだろうな。だからそいつが悪い。世界さんならなにか知ってるんじゃないか?」
「そうかも…!世界さんに聞きに行くね」
「おう、そうしろ。俺も行く。1回犯人を怒らねぇと気が済まねぇ」
ということで、ご飯を食べた後世界さんに連絡をとった。丁度休日だということなので、お休みの所悪いが話を聞きに行くことにした。
「よく来たな」
「こんにちは…」
「邪魔するぜ、世界さん」
アポロンと2人で黒の間に行く。相変わらず仄暗い。世界さんのオーラと似た冷たく重たい空気が充満している。
奥の王座で世界さんが足を組んで待っていた。
「キノコを生やしそうな暗い顔をしてるな」
「まぁ大切な人達が1回死んだからね…。暫くは引きずる気がするよ」
「そうか。まぁ今日来た理由は分かる。先日の件の犯人についてだろ?」
「うん。それで、誰なの?」
「それはな────────」
続く




