バレンタインとディップアートフラワー
チョコレートの甘みと苦味を混ぜたお話になりました。
実は1週間くらい前には書き上げてあっためていたのでほかほかです。どうぞお読みください。
立春を過ぎ、早春となったこの頃。節分を終えた世間は、バレンタインに向けて動き出す。
お店の店頭にも、チョコレートが飾られることが増えた。子供も大人も、なんだか楽しみな季節だろう。
シュナはルツェルンの街を散歩していた。
本日は晴れ。雲も所々あるが、降り出すほどではない。
「あ、シュナ様〜!」
「こんにちは〜」
信者の街の人にもよく挨拶される。あの人の名前は◯◯さん、願い事はお野菜が安くなること、信仰理由は心の支えになるのと私のファンだから。情報が私にだけ見えるように彼女の横にステータスの様に表示される。
信者は神力で全て把握しているのだ。
私が異世界から拾ってきた人達の寮にも、農家さんは住んでいる。国からルツェルンの農家に助成金が出ないか頼んでみるか。まぁ既に部下達幹部達が動いているだろう。願いはリスト化されているのだから。
歩いていると、とあるお店を見つけた。
看板を見る。
「ディップアートフラワー…?なんだろうそれ…」
ディップアートフラワー。皆さんご存知だろうか。別名アメリカンフラワーと呼ばれるそれは、カラフルなワイヤーとディップ液を使って作る、ガラスのような繊細なお花の作品。時間が経っても色褪せないので、いつまでもキラキラとした輝きを保ち続けるのだ。
どうやら作品を作れる体験型のお店のようだが、制作された作品も売っている。シュナは作品を見てみた。
チューリップ、カーネーション、フリージア、ダリア、デルフィニウムなど…様々なディップアートフラワーが売っていた。色も様々で、半透明のそれは陽の光を受けてキラキラ輝いている。因みに半透明と不透明のものがある。
中でも、大々的に飾られていたのは…
(バレンタインにもオススメ…?)
バラである。25色もの種類があって、選べるらしい。
(あっ、いいなこれ…私もアポロンに作ろう!)
決めた。愛する恋人にも届けよう、このお花を。
「こんにちは〜」
挨拶をしながら扉を開ける。
店内は、白い壁にウッドの飾りが付いているオシャレな造りだった。反対の壁は薄茶色の煉瓦でできていて、なんとなく工房っぽさがある。
「あら!シュナ様だわ〜!こんにちは〜」
中にいらしたのは、壮年のおばさまだった。くるくるとパーマのかかった短い茶髪、少し濃い目の化粧をしている。
「体験やってるって書いてあったんですけど〜、今日もやってますか?」
シュナは友好的で社交的だ。こういう時も躊躇いなく明るく話しかける。
「あら、丁度枠が空いてる時間なのよ。作っていかれる?」
「ぜひ!お願いします」
二つ返事で了承した。
という事でディップアートフラワー作りに挑戦する。
「そんな可愛らしいお洋服で大丈夫かしら?もしかしたらお召し物汚れちゃうかもしれないわ」
「あぁ…」
確かに。
今日の服装は、白い透けた襟にフリルの付いたシャツに、胸から下の、クリーム色のツイードのタイトなワンピースだ。確かにこれは汚れたら困る。いや神力で取れるけど、気分的にやりづらい。
私は指をパチンと鳴らし、白いシャツにオーバーオールに着替えた。中にはヒートテックも仕込んだ。店内は暖かいので、これで大丈夫だ。靴下は淵にフリルが付いていて、外踝にパールでお花が作られている、ガーリーなもの。髪もポニーテールに縛った。
テッテレー。どんな姿の私も可愛い。私はドヤ顔をする。
「あら〜素敵なお力ね!便利で羨ましいわ〜」
「ありがとうございます!転移魔法も極めればこれ出来そうですよね!」
私のこれは神力だけど。魔法は技術が要るのだ。私が魔法って言って使ってるもの、大概神力に頼ったものである。
「あら、そんな超難関魔法私には縁がないわぁ」
「そうですかね〜?ともかく、準備できました!よろしくお願いします!」
「はい、よろしくね〜」
席に座って、材料を用意してもらう。
「何色が作りたいかしら?色の種類はこちらよ」
「えーと」
なんせ25種類もあるから悩む。
そうだ、赤色を何本か入れて意味を込めよう。他の色も意味のあるものにして…。
「決めました!────」
「はーい、分かったわ。それで準備するわね」
ディップアートフラワー作りが始まった。
「まずはね、このゲージパイプにワイヤーを巻いて輪をつくって、それを花びらの形に整形します、こんな風に」
ゲージパイプとはディップアートフラワーで使うトイレットペーパーの芯みたいな筒である。
それに薔薇と同じ色のワイヤーを巻いて、輪にして花びらにする。
とりあえず先生と同じようにやれば失敗しないだろうと思い、花びらの形の細部まで真似した。
バラの花びらは外側を大きく中を小さく作るらしい。夫々の大きさで花弁を作った。
「そしたら、それを1枚ずつディップ液に浸してね。浸したやつはこっちのスタイロフォームに刺して乾燥させてちょうだい」
「はーい」
スタイロフォームは要は発泡スチロールである。そこに刺して乾かすのね。
「30分から1時間くらいかかるから、店内見ててくれていいわよ〜、テレビもあるからね」
「ではお言葉に甘えて…」
私は店頭のお花をまた見に行った。
家にもこのディップアートフラワーを飾ろう。自室にしようかな、玄関にしようかな。自室かな。ピンクか赤色をメインにしよう、私の自室はピンクがメインだから。
決めた。赤白ピンクのカーネーションにしよう。花言葉は、赤色が真実の愛、白が尊敬、ピンクが感謝、気品などである。他にも花言葉は沢山あるが、省略した。
「あ、これください!」
「あら!お買上げありがとうございます!4000エニーのカーネーションが3つで、12000エニーです」
「カードで!」
私のお買い物ではカードもよく使う。大金を財布に入れておかなくていいから便利なのだ。
暫くして、ディップした花びらが乾いたらしい。
「これを小さいのを内側から順番にくっ付けてバラの形にしてね」
これが意外とバランスが難しかった。この方が美しいかな…とか思いながら微調整して作ったのだ。アポロンも喜ぶといいな、と思いながら。
「くっつけたら、根元のワイヤーをグリーンテープで止めます。これで完成ね!」
「おー!!可愛い〜!!」
「上手にできたわねぇ!」
1輪目は赤色である。後は他の乾かしたやつもまとめて、バラにしていこう。
黙々と花弁をまとめて、テープで止めて、遂に6輪のバラが完成した。
「出来たー!」
愛情を込めて一生懸命作った、世界で一つだけのディップアートフラワーが完成した。
「ラッピングして紙袋に入れるわね。プレゼント用かしら?」
「あ、うん!恋人にね、渡すの!」
シュナは照れ照れとしながらそう言った。
「あらあら!可愛いらしいこと!素敵だわ。きっと喜んでくれるわね」
「うん、喜んでくれるといいな!」
「気合い入れてラッピングしちゃうわね〜」
「お願いします!」
そうしてラッピングも終えた紙袋に入ったものが手元に届いた。
「バラ1輪で5000エニーなので、6輪で3万エニーね!」
「はーい、カードで!」
お支払いも終えて、ほくほくした気持ちでお家に帰った。
服も元の服に神力で着替えおいた。
帰宅する時の空には太陽が燦燦と輝いていて、ディップアートフラワーも光を受けて煌めいていた。
スキップしたくなったので、ディップーアートフラワーは亜空間にしまっておいて、ルンルンスキップして帰った。
「シュナ様!おかえりなさいだぜ!」
「うん、ただいまオリエンス!」
家に帰るとオリエンスが出迎えてくれた。
「紅茶淹れるか?」
「あ、オリエンスって紅茶淹れられるんだっけ」
「まぁ一応、この家に来てからは普通に淹れられるようになったぜ!お湯沸かしてポットに茶葉いれて少し待つだけだからな!」
「あ、そっか!最近淹れて貰わないから忘れてた!」
そういえば私の服に紅茶を飛ばしたことがあったな。紅茶を淹れること自体はできるのであった。
その後はメープルアベニューの紅茶とお菓子を少しつまんでティータイムをしていた。
食事用のテーブルではなく、テレビの前のL時型ソファに座る。寛げるので。
シュナは背筋がピンと伸びていて、足すら揃えていた。バレエを習っていたから姿勢がいいのだ。その姿は令嬢の様に清楚で淑やかで、正しく女神の神々しさを伴っていた。
隣で両足を広く開いて同じ紅茶を飲んでいたオリエンスは、
(あー…綺麗だなー…)
と思っていた。なんとなく、後ろめたさすら感じるほど清廉潔白で、綺麗だった。自分が卑しいものに思えるようだった。
尊敬するシュナ様。その近くに立つ悪魔として、自分は足りているだろうか。
「オリエンス?お菓子なくなっちゃうよ?」
「あ、おう!食うぜ!」
(…。まぁ、いいか)
なんとなく釈然としないが、ひとまず置いておくことにした。
上手く淹れられた紅茶も、少し苦く感じた。
〜〜~
そんなこんなで、バレンタイン当日。
その日は天界で1日デートをした。
夜に、ライトアップされた噴水の前でアポロンとシュナの2人は向き合った。
「バレンタインはね…はい、どうぞ!」
紙袋から取り出したのは、ディップアートフラワー。赤が三本、茶色と黄色と紫色が1本ずつである。
意味を書いたカードもついている。
「えーと、なになに?赤三本が、愛しています。茶色が、全てを捧げます。黄色が、愛。紫色が、尊敬。なるほどな。愛情が込められてるって訳だ」
「うん!」
それを貰ったアポロンは胸がいっぱいになって、泣きそうになった。
シュナを抱きしめる。
「俺も、愛している。ありがとう、シュナ。本当に嬉しい」
思わず涙がぽろりと零れて、アポロンの頬を伝う。それほど、手作りのディップアートフラワーを貰うのは嬉しかった。
「ちょっと神力かけたんだけど、わかる?」
「ん?おう。浄化と無病息災と幸福の願いだな。見たら分かる」
「さっすがアポロン!」
見ただけでかけた神力が分かるって結構ハイレベルである。流石アポロン、略してさすアポ。
アポロンは、本当に本当に嬉しい。が…
「シュナの作ったお菓子も食べたかったぜ…」
ということである。
お泊まりの時なんかには一緒にご飯を作って食べる、なんて事もするが、シュナの作ったお菓子は滅多に食べられない。それもあってアポロンは、バレンタインに大いに期待していたのだ。
勿論ディップアートフラワーのバラも嬉しかった。多分朽ち果てるまで玄関に飾り続けるし、毎日出勤前、帰宅後に見ては癒されるのだろう。シュナの作ったディップアートフラワーは、彩雲の様に奇跡的なバランスと色合いであり、赤子の笑顔のように癒しのパワーと輝く価値があった。
だが、アポロンはシュナの手作りのお菓子が食べたかった。アポロンにとってはどんな高級チョコレートよりも、シュナの作ったお菓子には価値があったのに。
ちょっと寂しそうな顔をするアポロンに、シュナが笑みを見せる。
「ふふふ、アポロン!目つぶって、手出して」
「ん?おう?」
シュナは持っていた紙袋の中にもう一度手を入れる。
そして取り出したのは…!
「はい!お菓子!ガナッシュサンドクッキーとマカロン!意味は特にないけど、美味しそうだったからこれにした!」
「お、おおおおおっ!!!よっしゃああぁ!!!」
アポロンはこの世の全てが手に入ったかのように大いに喜んだ。いや、バレンタインに貰う恋人からのお菓子なんて、この世の全てと言っても過言ではないだろう。だからアポロンは、この世の全てを手に入れたのだ。もう、欲しいもの全部がここにある。
透明な袋に、赤色のリボンの付いたラッピング。シュナの渡したガナッシュサンドクッキーとマカロンは、キラキラと輝いて発光して見えた。天恵、天禄。それは神々しくて、神聖で愛らしい雰囲気をしていた。
「ありがとう、シュナ…!!」
「ふふ、どういたしまして」
アポロンは上を向きながら、涙を流して喜んだ。よっしゃ、この世の全てが手に入った。
「お返しは楽しみにしててくれ」
「うん!楽しみにしてるね」
2人はもう一度抱きしめ合って、温もりを確かめた。
「あ、アポロン…」
「ん?あぁ、」
シュナは物欲しそうな顔をした後、目をつぶってキス待ち顔をする。
アポロンはそれに応えて、優しくキスをした。シュナのぷるっとした唇と、アポロンの保湿された唇が重なる。お互い美容には気を使っているのである。まつげが目の前にあり、その長さが分かった。
「泊まってくよな?」
「もちろん!」
シュナはわくわくで胸がキラキラと音を立てるように喜んだ。今日はLOVERINのえっちな下着を着けている。アポロンの反応に、乞うご期待。
ということで、今夜はとびきりのお楽しみだったのでした。




