黒の洋館においでませ!④
次回で黒の洋館編は多分最後です。
「次は舞怡。妄想を司る子供だ」
雲の形をしたネームプレートに、舞怡と丸い可愛らしいフォントで書いてある。
ノックする。
「はーい」
幼めな可愛らしい声がした。
中から、ミントグリーンに薄藤色のメッシュが入っていて、おさげの髪型をしている幼女が出てきた。可愛いパジャマ姿だ。
「世界さん、こんにちは!お姉さんは、シュナ?神集会のひと」
小さく小首を傾げる。おさげの三つ編みが揺れる。
「そう!私はシュナ!全知全能だよ」
キュピ〜ン、とポーズをとる。ウィンクして星が散った。
「わー」
ぱちぱちと拍手をしてくれる。何この子、可愛い…!守りたい。
「舞怡は舞怡だよ。妄想の神。ねぇイマ。」
「イマ?」
「舞怡のイマジナリーフレンドだ」
世界さんが教えてくれる。
「そー、皆そう言うからイマって名前にしたの」
「へぇー。舞怡ちゃんは今寝てたの?」
「うぅん、起きてたよ!ずっとパジャマなの。気に入ってるの。着替えてもいいんだけど」
「そうなんだ」
まぁ確かにパジャマは過ごしやすい。私も1日ジャージの日とか稀にあった。
「舞怡ちゃんは何をしてる人なの?」
「一応拷問。あんまり上手くないんだけど」
「いや、舞怡の能力は強いぞ。受けてみると分かるが」
「どんな能力なの?」
「妄想に取りつかせちゃうの」
「受けると現実と妄想の区別がつかなくなる。自我も曖昧になるぞ」
「へぇ」
いまいちピンと来なかった。まぁとにかく怖いのだろう。
「受けてみる?」
「やめとけ、まじで怖いぞ」
あの世界さんがここまで言うとはどれほどだろう。
「うん、受けてみようかな」
世界さんがどん引いた顔でこちらを見る。貴方そんな顔も出来るのか。
「じゃあ、やるよ」
舞怡ちゃんが手を翳すと、ふわりと風が吹いた、地獄への扉が開いた風である。
何かが変わってしまう予感がする。悪い予感に、救急車を呼びたくなった。そんなものはこの世界にはない。
すると、次々と私の頭の中に色々な妄想が飛び交った。
私一人をここに生かす為に、実は沢山の大切な人が死んでいるという妄想をした。その苦しみが、私を願う心が、消えゆく鼓動がリアルに感じられる。
「きゃあああああっ!!」
私は思わず叫んだ。死なないで、皆死なないで…!宙に手を伸ばし、空を切る。知らないけど知っているような気がする顔の幻覚がモヤになって消えた。
「その辺にしとけ」
「うん」
またふわりと風が吹いた。この風は、天の助け…?最後にそんな妄想をして、正気を取り戻した。
「こ、こわかった…」
放心する。
「だろ?馬鹿にならないよな」
「怖かったなら、良かった?」
統合失調症とかこんな感覚なんだろうか。妄想が力を持って、全て現実になっているような感覚だった。しかもコントロールが効かない。自分の妄想1つで世界が滅んだり変化したりしてしまうような感覚。そんな責任誰にも持てやしないだろう。
「精神系ってさ、かかってるって分かれば対抗できるけどそうじゃないと狂うままだから怖いね」
「俺らの弱点の一つだろうな」
世界さんが少し苦い顔で言う。統合失調症なんかも、病識が持ちづらいと聞く。妄想の中でそれが妄想だと気づくのは難しい。
「でもねー、世界さん強いから精神系はあんまり効かないんだよね」
「かかろうと思えばかかれるがな」
「確かに強そうだもんね」
イメージ通りって感じである。
「舞怡ちゃんの好きな食べ物は?」
「綿あめ!」
「あら可愛い」
きっと、綿あめ作る時とかキラキラした顔をするのだろう。容易に想像がついた。
「部屋見てもいい?」
「舞怡の部屋?いいよ」
ドアを広く開けて、中を見せてもらう。
中は、雲とか星とかがモチーフになっていた。少し高くなっているところ、梯子で登ったところにベッドが設置されている。高いところに設置されたベッド、幼い頃は憧れていた。
雲のクッションとかある。
全体の色は舞怡ちゃんの髪のミントグリーン、薄藤色、それから星色の淡い黄色という感じだ。メルヘンチックで可愛らしい。
オルゴールが流れている。
「わー、可愛い!夢の中みたい」
「夢と言えば、舞怡ポペードールとも仲良いよ。シュナもポペードールの話、してたよね」
「そうなの!ポペードールは悪夢を司ってるけど、悪夢と妄想って似てるもんね」
「うん、能力も似てる」
確かにポペードールの悪夢を見ろは舞怡ちゃんの能力と通ずるところがありそうだ。
「あの椅子はね、イマの特等席!」
指さした先を見ると、不自然な位置に置かれたひとつの椅子。白くて背が雲の形になっている。
「へー、そうなんだ!…ん?」
よく見たら、至る所に霊がいる。皆頑張って体を小さくして隠れているが。もぞもぞ。動いている。可愛い。
「なんか霊多くない?」
「あ?またいんのか」
壁に寄りかかっていた世界さんが体を起こす。
天界の住人だろうか。黒の洋館の警備、ザルすぎないか?そもそも警備って概念があるのかも怪しい。
「おい、お前ら何勝手に居座ってやがる。でていけ」
「ひぃん」
「へぇん」
「僕がイマになるんだぁ、わぁん」
「あんな寂しい子ほっとけないわよぉ、うゎん」
皆それぞれの泣き声を上げて出ていく。
そのうちの一人が癇癪を起こして床で裏返った虫のようにバタバタし始めた。大人の女性だった。
「やだやだ舞怡ちゃんと一緒にいるんです!!」
「じゃあ善行積んで天使にでもなってこい、そしたら舞怡の部下になれるから」
仕方なさそうに世界さんがあやす。なんだろうこの絵面。見づらい。
「え、そしたら舞怡ちゃんの世話が出来ますか!?急がなくっちゃ、行ってきます!!」
元気を取り戻して出ていった。
「舞怡は独り言が多いから、寂しがり屋が集まりやすいんだよ」
「へぇ」
まぁ確かに現世でも、独り言が多い人の所に霊は集まりやすい。
「舞怡ちゃんが良いなら良かったんじゃないの?」
「…まぁ確かにそれも一理あるが、神の屋敷に一般霊いれんのはな。不法侵入だし」
「ふぅん」
仰る通りだと思う。
舞怡ちゃんとはそこでバイバイした。
「次は寧々」
向かいの扉だ。
「俺が先に出る。こいつは怖がりだから」
なるほど。頼れる背中である。
コンコンコン。
「寧々、いるか?」
世界さんの低い声が響く。
「は、はぁい」
気弱そうな小さな声が聞こえた。
かや色の髪を緩く横結びにしている。目は萌黄色(黄緑の一種)だ。白いクマ耳のついたフードを被っている。兎のぬいぐるみも抱えている。
弱々しい顔が上目遣いで世界さんを見上げている。私は世界さんの背中から横に顔を出した。
その目が私を捉えた瞬間、表情は恐怖一色に染まった。
「ひっ、きゃああああ!!!」
甲高い声が劈く。なに、と思った瞬間私の心も不安と恐怖が塗りつぶした。
「きゃああああっ」
自分の声が意識の遠くに聞こえる。自分で自分が分からなくなった。人が怖い。どんな風に見られているのかがどうしようもなく、気になる。醜くなって、蔑まれるような気がした。
「寧々っ!暴発してるっ」
「あっ、ごめんなさいっ」
世界さんが一喝する。どうやら今のは寧々ちゃんの能力が暴発したらしい。
世界さんの向こうからおずおずと前に出てくる。
「ひっ、ひぐっ…うえぇん」
すると段々泣き出してしまった。世界さんが寧々ちゃんの背中を摩る。
「大丈夫、怖くないよ」
私も安心させたくて言ってみる。
「怖く、ない…?怖いよ…」
怖くないと頭では分かっても、心はついていかないものである。
「そうだ、これあげる」
無から取り出したのは、紫のあざみ。安心出来るおまじないをかけた。
「なにこれ…?心が安らぐ…」
「安心の花言葉を持つあざみだよ。おまじないかけたから、落ち着くと思う!」
「ありがとう…お守りにする」
「因みに人間嫌い、孤独、触れないでという花言葉もありますよ。寧々にピッタリですね」
横からにゅっ、と晴右が出てきた。
「わ、いつの間に」
「叫び声が聞こえましたので…笑いに来ました。もう終わってしまいましたか?」
「心配して来たんだろ」
「そうなの?」
「…さぁ、どうでしょう?」
どっちなんだろう。どっちもありそうだ。
「気を使わせちゃった…ごめんなさい」
「いいのいいの。私はシュナ!寧々ちゃんは何してる人なの?」
「ご、拷問…?」
「なんで疑問形なの…?」
「ぁっ、ご、ごめんなさ、」
「あいやいやごめん言い方が悪かったね」
慌てる。
「寧々ちゃんの好きな食べ物は?」
「クリームソーダ…」
「可愛い〜」
「なんでも可愛いって言う人怖い…」
「何でもは言わないよ…!怖がらないで〜」
「ふ、ふふ」
笑った!!私は嬉しくなった。
「今度、異折ちゃんと小鞠ちゃんと洋食店行くんだけど、寧々ちゃんも行く?」
「ぁ、いいの…?行く…」
私の服の裾を小さく掴む。ぐっ、可愛い。AED持ってきて!!って気持ちだ。
「いい子だね…」
「褒めないで…怖いから…失望された時が」
そうか、褒められるのも怖いのか。
「そんな失望することないと思うんだけどね」
「ふ、不安になっちゃうの…」
「そっか〜」
難儀なものだと思った。
「寧々は不安の気持ちを移す力だから、不安な程能力が強くなるんだよ」
更に難儀である。
「普段は心が安らかだといいね。またね!」
「う、うん…また」
彼女はホッとしたような顔をして、扉を閉じた。




