救済編 現代日本にいた引きこもり
カタカタ、カタカタ。暗い部屋の中、キーボードを叩く音が響く。ブルーライトが顔を照らす。
「ハァー、うざ。この敵、なんなん?」
中ボスがなかなか倒せない。
イライラして、洗っていない頭をガシガシと搔く。もう何日風呂に入ってないか分からない。
まぁずっとクーラーの効いた部屋にいるから大丈夫だろうと思っている。
食事は、母親が扉の前に置いてくれるのでそれを食べている。洗い物も母任せ。寄生虫のように母親に頼って生きていた。
「…あ、負けた」
ハー、とため息を吐いて、パソコン画面から顔を上げて天井を仰ぐ。
こんな生活、いつまで続けるのだろうか。何となく学校に行くのが面倒臭くなって、特に理由もなく高校を休みがちになった。やがて不登校になり、そのまま退学してニートになった。
ただ、気力がなかった。学校に行くにも、働くにも。好きでこんな生活続けている訳でもないが、抜け出すための力を持つ訳でもない。
沈んだ気分はずっと上がらないままだ。世界が暗く見える。実際暗いのだけど。
エナドリを啜る。部屋には汚いゴミとゴミ袋が散乱している。エナドリの空き缶も大量にある。この間虫も見てしまった。
天井の模様が歪な笑みに見えた。瞬間、少しだけ部屋が明るくなった錯覚に襲われた。徹夜続きが効いたかもしれない。そろそろ1度寝なければ。
「クソッ」
空になったエナドリ缶を投げる。
いっそ、誰かがこんな生活から引きずり出してくれればいいのに。…そんな神様みたいな存在、いるわけないか。
「はは、神様がこっから連れ出してくれればな」
自分の声が、空虚な部屋に響く。
「いいよ、私が連れ出してあげる」
背中から声がかかる。…幻聴?後ろを振り向くと、扉に寄りかかった銀髪碧眼の少女がいた。暗い部屋の中、そこだけ明るく感じる。いつの間に部屋に入ったのだろう。音がしなかった。
「こっちにおいで。夢を見せてあげる」
少女が扉を開けて、外に誘い出す。私は誘蛾灯に集る蛾のように、そちらに引き寄せられた。
「こっちこっち」
少女が誘うままに、歩いていく。家の外に出た。外は雲に覆われていて、思いの外眩しくない。
少女は歩くのが早い。少し小走りになって、運動不足なので息が上がった。
気付けば、高いビルの屋上にいた。どうやって入ってしまったのだろう。ぼーっとしていて記憶が無い。
「私の世界においでよ。楽しいよ、きっと!」
壊れたフェンスの向こう側で、少女が手招きする。
あぁ、あぁ、神様。暫く動かしてなかった表情筋が、引き攣った笑みを形作る。
私の世界というのは、あの世の事だろうか。
雲の隙間から日が差して、顔を照らした。
少女の差し出した手を取る。
ゆっくり体が倒れる。そのまま、宙に体を投げ出す。少女と共に落ちていく。強い風が全身を叩く。内臓に浮遊感を感じて、気持ち悪い。
落下していく。そのまま、私の意識はプツリと切れた。
〜〜~
◯◯市の高層ビルで、飛び降り事件が起きました。警察は自殺とみながら、調査を続けるそうです。
〜〜~
気付いたら、知らないベッドで寝ていた。
知らない家だ。それも豪華な。
部屋を出る。正面の広いリビングに、あの神様がいた。
「あ、お嬢さん、目が覚めた?」
「え、はい…ここは?」
おずおずと、いたたまれなさを感じながら聞く。
「私の家!君が住むのはここじゃないんだけどね」
「そうなんですね…。それより、私死んだはずじゃ?」
「あぁ、うん、死んだよ!1回ね。こっちの世界で生き返らせたの」
いまいちよく分からない。
「はぁ…?貴方は誰なんですか?」
「私はね、シュナ!神だよ」
「神様…」
私を転生させたくらいだから、本当なのだろう。私を怠惰な地獄から救ってくれた、神様。
「現代日本で神力使うのは憚られたからさ、こっちに連れてきちゃった。ごめんね?」
「そんな、謝らないで下さい。寧ろ感謝してます」
「ほんと?良かった!君にはね、プレゼントがあるよ」
「プレゼント…?」
むふふ、と楽しそうな顔をする神様。
「それはね、気力と才能と容姿!才能は好きな物を1つ選べるよ」
「え…気力と才能と容姿?」
「うん。」
気力を与えるとは。副作用のない強力な抗うつ薬、しかも効果は永遠という優れものを与えるようなものだ。
「それから、私の管轄下の寮に住めるけど、住みたい?」
「えぇ、住む所ないですし」
「才能のオススメはね、料理かな。私の寮、初めて入るのが君なんだけど。まだ料理人いないんだよね」
「そうですか…じゃあ、それで」
「うん!じゃ、それ〜!」
神様はそう言うと、私の体にえいやっと手をかざす。すると、私の体に気力がみなぎった。それから、料理の知識が頭の中に溢れる。
「す、すごい…!」
「生活費と給料はね、私の宗教の費用から出すから大丈夫だよ。これでも結構大きい宗教だからね、心配しないでね」
社会的弱者の保護的な感じだろうか。
「宗教やってるんですか。入ります、私」
「あ、ほんとー!嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうな顔をするので、言ってよかったと思う。
「それじゃあ、宜しくね!名前は?」
「雫です。」
「それじゃ、雫ちゃん、よろしくね!」
笑顔で手を差し出される。その手を取った。死ぬ時の気持ちとは、打って変わって明るい気持ちで。
「それから好きな容姿にできるよ」
「じゃ、じゃあ…黒髪にビビットピンクでメッシュいれて、細く白くして、身長高くしたいです。目は地雷系っぽく」
「任せろい!おりゃー!」
すると、少しだけ目線が変わった。
「鏡、あそこにあるよ」
「見てきます!」
見ると、そこには理想的な地雷系とパンク系を合わせたような美人がいた。可愛すぎる。テンション爆アゲだ。
「めっちゃいい感じじゃん!あ!ありがとうございます」
「ううん、喜んでもらえて良かった!また何かあったら言ってね」
ブンブンと首を縦に振る。
あぁ、シュナ様。私の神様。私の信仰心は天元突破した。
「あ、そうだ、今度一緒に洋服買いに行かない?雫ちゃんの洋服、興味あるんだけど」
「勿論です!光栄です」
一緒にお買い物の約束も取り付けたのであった。
その日から、寮には色々な入居者が来た。中には日本人もいた。同じように空へと導いたのだろか。僅かな嫉妬を感じる。
それから、剣聖とか魔道士とかファイターとか、攻撃力高そうなメンバーもいる。何かあったら戦力になるんだろうな。
寮の外装は、シュナ様の趣味であろう薄ピンクと白のガーリーな様相だ。部屋の内装は好きにしていいらしい。パンク系と地雷系を合わせたような内装にしよう。心が踊る。
私は入寮者の、彼ら彼女らの料理を作っている。皆美味しそうに食べてくれるので、やり甲斐を感じている。
「今日も美味しかったよ」
「ありがとうございます!」
そう言って貰えると、作りがいもあるものだ。賄いのお茶漬けを食べながら、幸せを噛み締める。夏は冷やし茶漬けが美味い。
剣聖さんや魔道士さんには、美味しい魔物を狩りに行ってもらうこともある。レッドドラゴンの肉とか届いた日には、肉パーティを開いた。
結構頻繁に、鹿や牛の魔物を倒しては持ってきてくれるので、肉類は困らない。
それから、薬を作る魔女の才能というのを授かった人もいるらしい。薬屋を開いているのだとか。そちらからは新鮮なハーブなどの薬草もいただけるので感謝している。
作物を育てる才能を貰った人もいた。曰く、「シュナ様のお役に立ちたい!美味しい野菜をお届けします」との事だ。そういう道もあるのか。
その人を手伝いたいと何人か農業の道に進んだ人もいるので、農家さんはいっぱいいる。
そこから美味しい野菜が沢山送られてくるので、野菜類も困っていない。
さらに、農家を手伝いたい!肥料や農業機械を作る才能が欲しい!と言った人もいるらしい。その人印の肥料を使っているらしく、成長が恐ろしく早いのだ。
ほんと、生産者には頭が上がらないものである。
やがて、料理する為の材料の量が増えたので、業務用冷蔵庫と冷凍庫をシュナ様に買って貰った。なんでも、シュナ様が拡張魔法を施したから大きい扉の中は更に広くなっているらしい。入口が広くなったので、色々ものが入れやすくなった。
シュナ様は、
「いっそまるまる一室、冷凍室と冷蔵庫室にしちゃう?」
と言っていたが、そこまでの量ではないので遠慮しておいた。
その人達とは良い友達になっていて、毎日会うのが楽しい。皆それぞれ新しい人生を満喫しているようだ。
私は生きる理由を、目的を見つけた。それも全てシュナ様のお陰だ。感謝してもし切れない恩だった。
現代日本の引きこもり少女は、異世界のコックへと転生した。
そうしてシュナは、また1人の人を幸せにした。そして、激重感情を抱いた信者を増やしていくのである。
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