千種 ーちぐさー
この3話で現代の状況がちょっと見えてくるかなと思うのですがどうでしょう?
うれしいことがあった。
庭の薔薇が咲いたのだ。四季咲きなので冬に咲くこともあるのだけれど、珍しいと思う。
昼間、庭に出た時、美樹も克也もうれしそうに眺めていた。
美樹は4歳になった。生まれて8ヶ月になる克也のいいお姉ちゃんだ。
克也の素早いハイハイに付きあって「すごいかっちゃん!!」「そんなにハイハイできない!」と仲良くじゃれ合っている子ども達を見ていると、本当に幸せだと思う。
克也が生まれたばかりの頃はなかなかハードだったけれど、今はだいぶ落ち着いて生活を楽しめるようになってきた。
仕事に復帰するまで、この時間を大切にしなければ。
ガラス窓の向こうが暗くなってきた。
もうこんな時間。
今日も夫は遅い。子供の夕食時間には間に合わない。
作り置きしていたハンバーグと離乳食で何とか済ませよう。
3人で夕食を食べ終え、やけに外が静かだと思ったら、雪が静かに降ってきていた。
雪は音を吸収するというけれど、降っている時もそうなの?
寒いから人通りがないのか。
克也と美樹はリビングでゴロゴロしながらそれぞれひとりあそびをしている。
ガラス越しに外を見ると暗い中に薔薇が見えた。
花びらがこの雪で痛むかもしれない……。
はさみを持って庭へ出ようとした。
「ママ! どこ行くの?」
「庭の薔薇を切ってくるね。雪が当たると花びらがクシャっとなっちゃうかもしれないから」
「うん、行ってらっしゃい!」
一緒に行きたいと言いださなくて良かった。
「かっちゃんのこと見ててね!」
急いで玄関から庭へ出ると、庭に面したリビングのガラス窓から美樹がこちらを見ていた。
手を振ると安心したように手を振り返して、克也の方へ行った。
お姉ちゃん、頼みましたよ。
私は薔薇の植え込みに近づき、咲いている薔薇の茎を確認するとはさみを入れようとした。
突然、後ろに人の気配がする。
創也さん? 遅くなると言っていたけれど早く帰れたの?
振り返ると知らない男の人だった。
いや、どうしてか懐かしい気もする。なぜだろう?
しかし、この状況はおかしい。
私は走って玄関へ戻ろうとするが、男の人に腕をつかまれてしまう。
リビングのガラスの向こうには美樹と克也がいる。
戻りたかった。
なのに、身体から力が抜けていくのがわかった。
美樹がガラスの向こうで驚いている顔が見える。
美樹!!
美樹が視界から消えた。男の方に身体を振り戻されたのだと気が付いたのは、視界いっぱいに広がった闇の中を舞う白い雪が見えたからだ。
首に鋭い痛みを感じて、身体が急に冷たくなり、動かない。
お願い、美樹と克也だけは……。
読んで下さりありがとうございます。