9話 闘技場
この絶体絶命の状況で俺が出した結論。それは炎に向かって浄化魔法を撃って防ぐことだった。
生半可な防御では貫かれる。だから俺が防御するのはアジテートの炎だけ。
こちらに向かってくる人々は、集団戦のスペシャリストに頼めば良い。
「私が止めなかったらどうするつもりだったんですか、まったくもう」
人々はノーティーの影の槍に貫かれ、動きを無理矢理止められた。
「こ、この野郎……!!」
「動いちゃダメですよ、死にますから」
無理に動こうとした男に対し、ノーティーはさらりと恐ろしいことを警告する。
影の槍は内臓まで刺さっているので、脅しなどではなく事実を述べているだけにすぎない。
「チッ、防がれちゃったか。ならもういちおぼぶっ!」
余裕そうにしているアジテートにヴィクトリアの渾身の右ストレートが炸裂し、アジテートの体がくの字に曲がった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
続け様にヴィクトリアのラッシュが放たれ、アジテート身体はボロボロになっていき——ガラスのように砕け散った。
「むっ、消えた!?」
「さっき本人が分身って言ってたし、解除されただけだろ。分身なんて舐めた真似してきやがって」
それで俺達を倒すのには十分。そう判断されたということだ。随分と舐められたものだ。
「私の意見ですが舐めている、というより分身を寄越さざるを得なかったのだと思いますよ。奴なら倒せると判断している時点で本人が来ますから」
「それはなんでなんだろうね? 本体が今現在分身に任せられない場所にいるのかな」
「その可能性は十分あります。私達を警戒してたとか、アルツトさんの言う通り舐めていた線もありえますけど」
「警戒してたってのは考えにくいけどな。だってあいつはヴィクトリアの存在は知らなかったはずだ」
今回、アジテートを退けられたのはヴィクトリアの功績が大きい。
奴からすれば、俺とノーティーの二人しかいないはずだったのだから、警戒する理由はあまりない。
「違うよ、警戒するとこはあったもん。それはノーティーちゃんが本気を出してない点。正確には自身にリミッターをかけてるのかな?」
「……バレますか。ヴィクトリアさんの言う通り、私は自分の異能に制限をかけています」
ノーティーは若干眉をひそめて頷く。本人としては隠しておきたかったのかもしれない。
「理由は私の力を最大限引き出すと、心身共に未熟な私の身体が力を抑えきれず、暴走してしまうからです」
「前に言ってた力に振り回されるとかってやつか。確かにそれは警戒するかもな、自爆としては使えるわけだし」
「おい、そっちのよく分からん話の前にまずオレ達を助けちゃくれねえか!? そろそろ痛くてショック死しそうなんだが!!」
「あっ、まっずい今助けます!」
長身の男が話を遮るように叫ぶ。
そういえばすっかり串刺し被害者の会の存在を忘れていた。あの様子だとノーティーも素で忘れているだろう。
「えーっと、ポーション飲んでと」
ノーティーは自分に治療用のポーションの自分の口に運ぶ。本人に怪我はないはずだが、一体何をするつもりなのだろうか。
「ぺぇっ!」
ノーティーが口に含んだ液体は、手品のように影の口へと移動し、人々に降り注ぐ。
なるほど、こういう使い方もできるのか。
「あーーー助かった。ありがとよ、嬢ちゃん。元はといえばお前達のせいっぽいが礼は言う」
「オレら逃げてない上にお前さん殺そうとしたからな、文句は言えん」
「あはは……」
俺は苦笑して頭を掻く。責められてもおかしくなかったが、この人達は大丈夫そうだ。
「ここは血気盛んな人達が多いんだけどね。強さが全ての世界だから、負けたら自分の責任って考えの人が多いんだよ」
ヴィクトリアは俺に耳打ちで説明してくれる。喧嘩はするけど潔いってことで良いのだろうか。
「あ、ヴィクトリアの姉貴お疲れ様です! 珍しいですね、この時間に酒場にいるの」
長身の男はヴィクトリアの存在に気づくと、彼女に深々と頭を下げた。
「マッくんもお疲れ様。この人達と色々話したいんだけど、どこか良い場所ないかな?」
「それなら是非うちの宿屋をお使いください! ここから近くて安いですよ!」
「いや、うちの喫茶店もおすすめですよ!」
後ろにいた男が口を挟む。商売根性逞しいというべきかなんというべきか。
「うーん、話長くなりそうだし宿屋にしようかな。それじゃ二人ともいこっか」
ヴィクトリアは俺達の腕を掴むと、優しく力強く俺達を引っ張っていった。
「あの、あの人達ってなんなんですか?」
「あれはね、ヴィクトリアが通ってる闘技場の人達だよ。良い人達でしょ?」
ヴィクトリアはあっけらかんとした口調で答える。問題点を分かっているのかいないのやら。
「通ってるだけであんな感じにならないでしょう!? そもそも私の記憶が正しければここの闘技場は確か女人禁制のはず……」
「そうだよ。だから入るのには苦労したよ、最初門前払い食らっちゃったし」
「は、はい?」
ノーティーは本気で困惑した顔を浮かべる。当たり前だ、明らかに違法な手段を用いているのが目に見えているからだ。
このいかにも優しそうな彼女が、だ。
「押してダメならもっと押してみろって言うじゃない? だからね、ヴィクトリアは乱入して選手を全員倒したの」
「——————は?」
ノーティーの表情が凍りつく。脳が理解を拒んでいるのだろう、俺も以前全く同じ反応をしていた覚えがある。
「そしたらすっかり大人しくなっちゃって、女人禁制も撤廃になったんだよね。今ならノーティーちゃんも出られるよ!」
「え、あぁ……はい」
ヴィクトリアの戦闘狂っぷりを目の当たりにして、ノーティーは面食らったようだった。返事の歯切れが悪い。
「あ、私宿の手続きしてるから二人とも街を探索してきなよ。ここは商業も盛んだからね!」
「わ、分かりました! アルツトさん、行きますよ!」
ノーティーはハッとしたような表情を浮かべると、俺を連れて街の中へと繰り出していった。
「おいおい、随分と乗り気だな?」
「そりゃ当然です、ここでしか手に入らない特別な素材があるんですから!」
ノーティーは目を輝かせて俺の両肩を掴んでくる。おそらく料理関連だろうが、ここの名産と言えば牛肉。
普通の人なら喜ぶだろうが、『悪食』の彼女がここまで喜ぶとは思えない。
「素材って?」
「決まってるじゃないですか、屈強な野郎どもの精気ですよ!」
……そういえばこいつも大概頭がおかしいんだった。