5話 「悪食」対「追跡」
「あー! 私のスープが!」
俺の下からノーティーの悲鳴が聞こえる。さっき俺が伏せた時に思いっきりスープを投げてしまったのが原因だろう。
「落ち着けノーティー。まだスープはこの鍋に入って——」
バシャッ!
俺がノーティーを宥めようと鍋を指さした瞬間、鍋に魔法が撃ち込まれ中身が地面にぶちまけられる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ノーティーは言葉にならない悲鳴をあげ、影を使って幽霊のような顔を大量に作り出した。
「「ダークヴォイス•フルコーラス!!」」
直後、ノーティーの顔と影から黒いビームが放たれ、それらは合体して一つの太い光線となって森を蒸発させた。
「な、なんてことしてんだお前!! 誰か他に人がいたらどうするつもりだ! つうかそれ以前にこんなことしたら大騒ぎになるぞ!」
「問題ありませんよ、予め人が獲物以外にいないことは確認済みです。……それに騒ぎなんか私がちょちょいと記憶を消せば済む話です」
彼女の目と声は完全に闇に堕ちていて、明らかに正気ではなかった。
食べ物の恨みは恐ろしいというのはよく聞く話だが、これはもう肉親を殺されたとしか思えない表情だ。
「さて、獲物の様子を見に行きましょう。相手は強いでしょうから、さすがに肉片にはなっていないはずです」
「お、おう」
俺はツッコミを放棄してノーティーの三歩後ろをついて歩く。
今の彼女を刺激しては、下手したら俺の命さえ危ぶまれることになるだろう。
「ッ! 伏せろ!」
恐怖も束の間、今度は怒り狂ったであろう敵が魔法を連射し俺達の肉を抉ってきた。
「はー逆恨みで乱射してきてますね。しかも——もぐもぐ、私とアルツトさんで使う魔法を変えている。ちゃんと狙う気はあるみたいですね」
戦闘中とは思えない擬音が流れる。ノーティーが魔法を全て食べてしまったようだ。
「殺人用と生け取り用ってとこですかね。どっちに殺人用が撃たれてるか聞きたいです?」
「聞かなくても分かるさ、俺の方だろ? スープ台無しにしたのも俺に向けて撃たれたやつだったしな」
「聞くまでもない質問でしたね」
それが分かれば、自然と敵の目的や正体も分かってくる。それはおそらく——
「扇動の魔人の仕業だな、これは」
「ええ、しかし本人ではない。奴が放った刺客と思って良いでしょう」
「随分と情報が早いこった。扇動自身が来ないだけありがたいが、厄介極まりないな」
情報が集まったとはいえ、依然こちらの劣勢は変わらない。
というのも、相手の姿が発見できないのだ。魔法を使っているのだろうか、魔力も探知できず気配すら察知できない。
「……もう一発アレ撃って良いですか?」
「良いわけないだろ! というかなんなんだよあの魔法!?」
あんな火力の魔法、上級魔導士でもそうそう撃てるものではない。連発なんてもってのほかだ。
「あれは合体魔法ですよ。本来13人必要なものですが私の影を使ってズルしてます」
「なるほどな。じゃ似たような原理で俺の魔法も増幅できたりしないか?」
俺が真に聞きたかったのはそこだ。聞く前にあれが合体魔法であるという目星はついていた。
そして同時に、俺はそれを使った敵の炙り出し作戦も思いついていたのだ。
「一応できますよ。何するつもりですか?」
「浄化魔法で敵の魔力全部消し飛ばす!」